ワイン好き令嬢のお見合い肖像画5

 それから、2週間ほどかけてセリーヌ様のお見合い肖像画を完成させた。


《セリーヌ・ワイト ワイト公爵令嬢 22歳

 ワインの知識が豊富な令嬢。北方のワインブームの火付け役となる準備を、着々と進めている》


「よしっ!!!!」


 これで安心して、ローデリック公子に肖像画を納品することができる。


 後日、俺の描いた肖像画は、ワイト公爵領産のワインとともに北方に届けられた。

 ワインのボトルには、俺がデザインしたラベルが貼られていた。



* * *



 半年後。

 俺はワイト公爵に呼びだされた。


「先日、娘がマクレゴン公爵家に嫁いだ」


 公爵の執務室、秘書一人をのぞいて人払いされた静かな部屋で窓の外を見つめながら、ワイト公爵は俺に言った。


「おめでとうございます」

「少し前まではどうなることかと思っていたが、娘とローデリック公子の仲は良好だ。それに、ここ最近の娘はワインブームの火付け役として、社交界でも注目の的だった」

「はい。存じております」


 ゆっくりと公爵が俺を振り返る。


「お前のお陰だな」


 ワイト公爵はジッと俺を見つめた。


「……いえ、私は絵を描いただけで……」

「謙遜するな。娘の幸せ、ワインブームの莫大な利益、お前がワイト公爵家にもたらしてくれたものは大きい」

「そんな……もったいないお言葉です」


 いつも怖そうな公爵閣下にそんなに褒められると、どうしていいか分からなくなるな。


「国の筆頭貴族として、功績には報いねばならない」


 公爵がそう言うと、秘書の人が俺に書類の束を見せてきた。


「お前の父親が我が領のワインの購入を希望していたのを思い出してな。ワイト家の経営するワイナリーの最高級ワインに、ラントペリー商会の購入枠を作ってやる」

「あ……ありがとうございます!」


 ワイト公爵家のワインはロア王国で一番の品質だ。その中で最高級のものは、人気がありすぎてワイト家とコネのある一部の大商人しか仕入れられないものになっていた。

 そのワインを取り扱えるということは、ロア王国内でのラントペリー商会の格を上げてくれる。古参の有力商会と肩を並べられるということだ。


 これは、商人が大枚をはたいてでも欲しがるブランドイメージをいただいたようなものである。

 ワインラベルがうまくいったことで、良いご褒美をもらえた。


「それと、もう一つ……」


 ――さらに何かもらえるの!?


 公爵は一呼吸を置くと、鋭い目で俺を見据えてニヤリと笑った。


「近いうちに、お前に良いことが起こるだろう」

「……はい?」

「話は以上だ。今後も、定期的にワインラベルのデザインを依頼するから、よろしく頼む」

「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」


 そう言って、よく分からないまま、俺はワイト公爵の執務室を退出した。



* * *



 さらに1週間が経った頃――。


「君はすごいね。先々代からの王家の懸案けんあん事項を解決するなんて」


 今度はバルバストル侯爵に王宮に呼びだされた俺は、開口一番そう言われた。


「王家の懸案事項? 何のことで……」

「はい、これ」


 バルバストル侯爵は、俺の前に一枚の非常に美しい装飾のほどこされた書類を出して見せた。


勅許状ちょっきょじょう。後日正式に発表されるけど、君、来月に男爵位が授与されるから」

「へ?」

「王家ではね、先々代の国王の時代から、優秀な実業家を貴族に取り込もうという計画が進められていたんだ」

「実業家を貴族に? どういうことで……」


 貴族って、土地持ってて伝統を重んじる人種のことじゃないのか? 実業家――商人とは合わないような……。


「もともと、王家からしたら貴族の数は多い方がいいんだよ。少数の貴族が強い権限を持つと、王家にとって目の上のたんこぶになるからね」

「そういうものなので……」


「うん。それで、国内で力のある者には全て爵位を与えておきたいんだ。財力も力だからね。王家の秩序外に強い勢力ができるのが一番嫌なんだよ」

「なるほど」

「私が商人たちの支援をしていたのもその関連でさ。国内の商人をできるだけ制御下に置いておきたかったんだ」


 ふむふむ。バルバストル侯爵の屋敷が商人たちに開放されているのには、そういう理由があったんだな。


「でも、貴族たちからすれば、王家が新しく爵位を与えるのは許せない行動なんだ。貴族の人数が増えれば、それだけ希少価値が減るからね」

「あ、はい。それは、何となく分かります」

「色々あったんだよ。……先々代の時代に一度有力商人を貴族にしたんだけど、反発がすごくてさ。結局、その商人は冤罪をかけられて酷い目に遭ったし」

「えっと……」


 ちょっと待て。そんな危険な爵位を俺に与えるのか!?


「ああ、今回は大丈夫だよ。何せ、貴族派筆頭のワイト公爵がOKをくれたしね」

「ワイト公爵……」


 ん? 先日会ったときに、良いことが起きると言ってたのは、まさかこのことだったのか……?


「それと、反発が一人にいかないように、国の有力商人何名かにまとめて爵位が授与されるんだ。君一人が苦労するってことはないよ」


 そう言って、バルバストル侯爵はニッコリと笑った。


 ……苦労するのは苦労するんだな。


 ワイト公爵、これがお礼のつもりなら、正直、要らなかったです!!


 だが、俺のそんな心の叫びは、俺が男爵になることに感激して号泣する父と母を見て封印せざるをえなくなった。

 特に父の喜びようはすさまじく、それから3週間くらい、彼はずっとニヤニヤしていたのだった。







◆ ◆ ◆


 以上で4章完結です。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。

 明日からあと数日、番外編の投稿があります。

 そちらもよろしくお願いいたします。

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