ワイン好き令嬢のお見合い肖像画4

「今日もまた最初にクルクル回るのかしら?」


 翌日、再びワイト公爵邸を訪問すると、開口一番、セリーヌ様にそう問われた。


「それは大丈夫です。本日はどんな構図で絵を仕上げるか案を考えてきたので、まずご相談させてください」


 そう言って、俺はセリーヌ様にスケッチブックを見せた。


「まあ、こんなに描いてきたの? 一晩で、すごいわね」


 セリーヌ様は感心したように言った。


 絵の構図は考えられたけど、セリーヌ様とローデリック公子の問題の解決策は全然浮かんでないんだよな。

 どうしたものか。


「うん。どれも良いけど……ねえ、一つ注文をつけていいかしら?」

「はい。どのような?」

「ワインよ! ワイト公爵令嬢といったらワインなの。絵の中にもワインのボトルを入れたいわ」

「なるほど、そうですね。どのボトルを描きましょうか」

「そうね……」


 セリーヌ様が侍女に視線を向けると、昨日と同じように、彼女たちは何本ものワインのボトルを運んできた。


 セリーヌ様は手づからそれを1つずつテーブルに並べていく。


 そういえば、こちらのワインのボトルをちゃんと見るのは初めてかもしれない。

 日本のドラマとかだと、ソムリエが仰々ぎょうぎょうしくボトルをお客さんの前まで持ってきていたと思うんだけど。こっちではあまりボトルを見せびらかさないんだよな。


 ……ん? ボトルが、何か違う。

 って、そりゃそうか。異世界なんだし。


 けど、全体的に前世で見たボトルより地味だな。

 こっちのワインボトルには、ラベルが貼られていなかった。

 代わりに、ボトルの首に小さな紙が巻かれていて、産地や種類が分かるようにはなっていた。しかし、字が書かれただけの紙では、ふつうの値札と大差がない。


 そうか。これが……俺にできることだ。


「そのワインボトルって、販売用ですか?」


 俺はセリーヌ様に話しかけた。


「ええ、そうよ。少し前までは樽で販売していたのだけど、最近、高品質なものはボトルで密閉してるの。その方が酸化しにくいから」

「なるほど。樽でまとめて出荷するより、びんに分けた方が単価も上がるでしょうしね」


 そう俺が言うと、シルヴィアが横から、


「流石、商人の息子。そういうところはすぐにピンとくるのね」


 と、言った。

 いや。話を合わせるために、適当に言ってるだけだよ。


「たしかに、ボトルの方が高額で売りやすいっていうのは事実よ。私としては、ボトルごとに開封してすぐに飲みきることで、いつでも品質の良いワインを楽しめることの方が大事だけど」


 相変わらずセリーヌ様はワインへのこだわりがすごい。


「どうせなら、良いワインには、もっと高級なイメージを持たれるように工夫してもいいかもしれませんよ」


 と、俺はそんなセリーヌ様に提案してみる。


「どういうことかしら?」

「失礼します」


 俺はスケッチブックを持ってキャンバスを離れ、セリーヌ様に近づいた。


「たとえば、このボトル。このままだとシンプルすぎます。こういう感じで、ワインの味をイメージで伝えるイラストを描いて、胴部分に貼り付けてみてはどうでしょうか」


 俺はスケッチブックを切り取って、ボトルに巻いてみせた。


「あ、かわいい」


 甘口のワインに合わせた妖精の絵を見て、シルヴィアが弾んだ声で言った。


「絵の横に、産地やブドウの品種、収穫年なんかも書き込みます」


 俺はイラストに合わせて、即席でロゴのような字体を作って情報を書き込んだ。


「……ナチュラルにやってるけど、すごいわね。職人が何日も悩んだ末に出してきそうなデザインを、迷いなく一発で描いてる」


 セリーヌ様は驚きながら感心していた。

 俺には<神に与えられたセンス>があるからね。


「で、この絵のとなりには、ワインの説明を書きます。例えば、合わせるのに良い料理とか。ちなみに、これは何に合うんですか?」

「果物を使った焼き菓子、それと、鳥料理かしら」

「ふむふむ」

「他にも……語りだしたらきりがないわ。ああ、でも、そのラベル、すごく良いわね」


 セリーヌ様は興奮して、かなり乗り気だった。

 よしよし。

 うまくいきそうな流れだ。


「何を書くかはゆっくり吟味ぎんみしてまとめましょう。イラストも、しっかりワインのイメージに合うものを考えて」

「そうね。この場で簡単に済ますわけにはいかないわ」


 セリーヌ様はすっかりワインラベルを作る気になっていた。


「でも、すべてのボトルに複雑な印刷物を貼り付けるの? その分、価格も上がることになるんじゃ……」


 そこへ、シルヴィアが冷静に指摘する。でも、


「大丈夫だと思います。最近、劇場で銅版画を売っていたんですけど、印刷物の価格が安くなってきているので。それに、これをつけることで、コレクターを生み出せれば、売り上げが伸びるかもしれません」


「コレクター?」


 それが、今回の最大の狙いだった。

 俺が<神眼>で見たローデリック公子の情報には、彼がかなりのコレクター気質だと書いてあった。


 実際、ローデリック様は俺が原画を描いたデュロン劇場の銅版画を全部集めていた。ワインラベルでも同じことができるんじゃないだろうか。


「例えば、飲み終わったボトルからラベルをはがして、裏に飲んだ日付と、一緒にいた人や場所を記録してもらうんです。これを集めれば思い出になるし、ワインの知識も深まるでしょう」


「いいわね、それ。私もやってみたいかも」


 と、シルヴィア。


「ラベルにワインの情報を書き込んで、集めると自然とワインに詳しくなるように作りたいですね」

「自然と詳しく?」

「はい。私の経験上、人に何かを勧めるときって、口でどれだけ良さを言っても、聞いてもらえないことが多くって」

「そうなの?」

「はい……」


 前世、日本のしがないオタクだったとき、友人を同じものにハメるのにはコツが要った。

 例えば、勧めたい作品を好きじゃないと言っている人に、良さを説明しようと喋りすぎると、かえってアンチになってしまうようなこともあった。


 ――バズるのは何か?


 これは、地球上の多くの人が考えていたことだと思う。

 俺の考えでは、圧倒的に流行るのは、皆が真似しやすいモノだ。


 音楽ならカラオケで歌いたくなる曲や、踊ってみたをSNSに投稿したくなる曲。

 漫画であれば、二次創作が活発な作品ほど注目が集まる。

 最近流行っていたweb小説だと、誰にでも似たような話を書きやすいテンプレ化した作品に人気が集まっていた。


 何て言うか、俺もこっちで絵描きになって気づいたことなんだけど、自分の作品を自分の自己表現にしているだけだとうまくいかないことがあるんだよね。特に肖像画は、描かれたモデルのイメージを作るものだったりするし。

 受け取った人が喜ぶのは、その人の自己表現になる作品なのだ。


「こちらが語るんじゃなく、語らせる。ワインが分かることがカッコいいと思えば、後は勝手に情報を集めてくれるでしょうから」

「語らせる……」


「ワインを手にした人たちが、みずから情報を集められるように、こっちでツールを作りましょう。ラベルやカタログに徹底的にこだわって、愛好家が楽しめる道を用意するんです」


「私たちは黙っていて、相手が沼にはまるのを手招きして待つってこと? すごい手練手管てれんてくだね」


 セリーヌ様は半ば呆れたように嘆息した。

 まあ俺は、前世で散々、オタクビジネスに触れてきたからね。


「そうですね。セリーヌ様は、ワインについて詳しすぎるから、逆に、あまり語らない方がいいかもしれません。興味を持ってくれた人の行動をひたすら褒めて、ちょっとずつ知識を増やしてもらうように誘導できると理想的です」


「なるほど。すごく参考になったわ」


 俺の意見はセリーヌ様の心に響いたらしく、彼女は何度も頷いていた。


「たしかに、北部の人ってあまりワインを飲む習慣がないから、普及させるのは大変なことだと思うわ。少しずつ沼にはめる(?)作戦がいいと思うわ。悩むことがあったら、いつでも私に相談してね」


 と、シルヴィアがセリーヌ様にほほ笑みかけた。


 これで、セリーヌ様に問題を自覚させることができたかな。

 未来が良い方向に変わってくれるといいな。

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