ワイン好き令嬢のお見合い肖像画3

「ごめんなさい。こんな愚痴を言うなんて、私らしくなかったわね。――あら? 今日はもう時間だったかしら」


 窓の外の夕焼けに気づいて、セリーヌ様は俺を見た。


「はい。今日のスケッチをもとに、どのような肖像画にするか案をまとめて来ますので、また明日、ご相談させてください」

「わかったわ。シルヴィアも、明日も来てくれるの?」

「ええ。ちょうど良い気分転換になるし、完成まで付き合うわ」

「ありがとう、嬉しいわ。それじゃあ、また明日、よろしくね」


 それで、その日はお開きとなり、俺はシルヴィアと同じ馬車に乗せてもらって帰宅した。


 その途中――。


「セリーヌがあんなに不安がっているとは思わなかったわ」


 と、シルヴィアが呟いた。


「大丈夫かしら。もう半年後には結婚しているっていうのに」

「半年?」


 意外と早いな。

 お見合い肖像画を贈り合うくらいだから、まだゆっくり進めているのかと思っていた。


「ワイト公爵があなたに肖像画を注文したの、ローデリック公子へのご機嫌取りだって、バルバストル侯爵が言っていたでしょ。あれ、当たってたのね。あなたのことをローデリック公子が気に入っていると聞きつけて、急にお見合い肖像画なんて古いことを言い出したのよ」

「そうだったのか……」


 それくらい、ワイト公爵家側はヤバいと思っていたんだな。


「昔からセリーヌは頼りになるお姉さんって感じで、誰とでも仲良くできるタイプだと思っていたんだけど、肝心の婚約者とのコミュニケーションがうまくいっていなかったなんてなぁ」

「2人の相性が悪いのかな。……今から婚約を考え直すことはできないの?」


 馬車で2人きりだったので、俺は思い切ってシルヴィアに聞いてみた。


「そうね……私たち、どっちも一回破談にしてるもんね」


 ボソリとシルヴィアが言う。

 俺たちはどちらも婚約破棄経験者だった。


「うっ……でも、結果的にそれで良かったじゃないか。あのまま結婚していたら、お互い、大変なことになってただろ?」


 <神眼>で不吉な予言が出ているし、あの2人、結婚しない方がいいんじゃないだろうか。


「でも、2人の結婚には領地の産業の未来もかかってるのよ」

「それは……」


 参ったな。

 利害関係を考えると、婚約解消なんてできないか。


「それに、彼らは別に、合わないことはないと思うの」

「そうなの?」


 俺も直感的には、ローデリック公子とセリーヌ様の相性は悪くないと思っていた。シルヴィアも同じ印象だったのか。


「昔……私たちが子どもの頃にね、四大公爵家の子どもが集まる会があったの。そのとき、セリーヌだけ用事があって先に帰って……そしたら、ローデリック公子が大泣きしたのよ。『セリーヌがいない、セリーヌがいない』って」


 シルヴィアがクスクスと笑う。


「そりゃあ、相当だね」


 ローデリック公子のカワイイ黒歴史を聞いてしまった。


「今はそれから十年以上経ったから、あの頃と同じ気持ちかは分からないけど、すれ違っているだけだと思うわ」


 なるほど。

 考えてみると、<神眼>の鑑定は、俺にとって役に立つ情報が優先して出るものだ。きっと、あの2人のすれ違いは周囲のフォローで何とかできる問題で、俺にもできることがあるのだろう。


「でも、少し前の夜会でね、2人が口論してるの、私、聞いちゃってるの。口論っていうか、一方的にセリーヌが怒ってただけなんだけど」

「セリーヌ様は、関係がうまくいかないと不安になって、焦ってるのかな」

「そうだと思う。何とかフォローできればいいのだけど」

「そうだね。シルヴィアは友だちだし、会話でそれとなく誘導してみる?」

「うん。……っていっても、セリーヌのワイン語りに止められる可能性もあるけど」

「あはは……」


 ここは何とか頑張って、2人のためにやれることを考えてみよう。


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