拗ねる女王陛下3

 女王陛下のもとを退出して、小さな会議室に向かい、そこでバルバストル侯爵とさらに話し合った。


「3日前にここゴルドウェイで交易のルールを決める会議があったんだ」

「はい」

「外国の商人や外交官、王国内に住む少数民族などの間で話し合い――」


 国際交易都市であるゴルドウェイには、様々な国や種族の代表が集まってきていた。そこで話される言語は、主なもので3つ、少数民族まで含めれば10を越えたらしい。


「女王陛下は語学に長けた方だ。素晴らしいことに、会議で話されていた全ての言語を聞き取れたそうだ」

「それはすごい」

「だが、それが裏目に出た。素直な性格の陛下は、思ってることが顔に出てしまうタイプ。議論が紛糾したとき、その陛下が真っ先に相手の言葉を理解してしまい、周囲の文官のフォローが追いつかないまま、こちらの思惑をうっかり表情に出されてしまったそうだ」

「ありゃ……」


 本来は長所であるはずの言語能力があだとなったのか。


「その点をワイト公爵に、人目につく場で非難されてしまってな。陛下は政治が下手だとまで言われたそうだ」

「なんと……そのような侮辱を陛下に向かって……」


 国王を目の前で罵るとは。――いや、それで罵られっぱなしになったのか。まずいな。


「同じ国王と言っても、代によって持てる権力の大きさは違ってくる。若い陛下の力は弱く、相対的に貴族の発言力が強くなっていた。ワイト公爵は陛下に政治能力が低いというレッテルを張って、国王の権力を削ろうとしてきているんだ」

「……なるほど」


 素直な陛下が腹黒い貴族にいいように封じられてしまったのか。


「会議で陛下が失敗したのは事実だ。それを広めることで、陛下には直接政治に関わらせず、有力貴族たちで国を動かす方が良いという流れにもっていきたいのだろうな」

「このまま放置はできないですね」

「ああ。悪いイメージを払拭するために、陛下が有能であると示したい。何としても陛下の実績を作る」

「実績?」

「たとえば、この交易都市の税収を陛下の政策で大きく増やすとか」

「できるのですか?」

「陛下にそれらしい政策を発表していただき、その後、他所から資金を持ってきてこちらの税収として計上すればいい」


 と、バルバストル侯爵は平然と言い切った。だが、それって――。


「……不正ズルじゃないですか」


 俺は眉間にできた皺を指先でほぐしながら言った。


「ああ。だが、このまま陛下に政治下手のレッテルが貼られるよりはマシだ」

「それは、そうですけど……」


 成果を作るって、なーんか前世の日本のお偉いさんを思い出して、微妙な気分にさせられるんだよな。ああいう人たちって、「私の就任時代に〇〇をやった」と言うためだけに何か変えたがるじゃないか。そのせいで現場が振り回されて疲弊するっていう。


 ……とはいえ、16歳の若い女王陛下の統治期間は多分これから相当長い。出だしでつまずかせると長く尾を引く問題になるかもしれない。

 国王の力が弱いと、国全体が不安定になる恐れもある。


 そう考えると、バルバストル侯爵が言う通り、女王陛下に何か実績を作って巻き返しておいた方がいい。


 ――不正は嫌だけど、俺がこれからも暮らしていく国のことだし、何かできることを考えたいな。


「成果を取り繕うのは最後の手段ってことで、まずは実際に効果のありそうなアイデアを考えてみましょうよ」

「そうだな。本当に民のためになることをするのが最善だ。知恵者の君ならそういう方策を思い付くのかもしれないね」


 と、感心したようにバルバストル侯爵は言った。


「ご期待に沿えるかは分かりませんが、街を回って何かヒントを探してみようと思います」


 やり手の侯爵様を満足させられるような提案をする自信はないけど、まあ、小さいことでも積み重ねれば成果になるだろう。


「街を歩くのか。なるほど、そういう基本的なことをおろそかにしてはいけなかったね。私もご一緒してもいいかな」

「え……? あ、はい」


 そういうわけで、俺はバルバストル侯爵と一緒にゴルドウェイの街を見て回ることになった。

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