拗ねる女王陛下2
馬車は王都から東へ東へと進んでいった。
途中、バルバストル侯爵の知り合いの貴族の館で一泊して、たどり着いたのは王国の東の交易都市ゴルドウェイだった。
街中に入ると、馬車の進みがゆっくりになった。
歩道と車道の分離が曖昧なまま多くの人や馬車でごった返す都市では、馬車の前を人がひょいひょいと横切っていた。……怖くないのだろうか。
「……こんなところに女王陛下がいらっしゃるのですか?」
今も商人たちの値段交渉なのか喧嘩なのか分からない怒鳴り声が響いてくる通りを移動しながら、俺はバルバストル侯爵に尋ねた。
「ああ。ここで数日前まで重要な会議が開かれていてね。それに陛下も参加なさっていたんだ」
と、侯爵は答えた。
地方都市での会議。そこで何かがあって女王陛下が拗ねたのか?
よく分からないまま喧騒の中を通り抜けて、俺たちは街の中央の立派な屋敷の前まで到着した。
この中に女王陛下が滞在中だそうだ。
バルバストル侯爵について歩いて、そのまま女王陛下の部屋へと向かった。
「失礼します。陛下、バルバストルでございます」
部屋に入ると、中央に置かれたソファーで、女王陛下がクマの縫いぐるみを抱えて丸くなっていた。
「……おう、バルバストル侯。すまぬのう、結局、そなたに来てもらうことになった」
女王陛下は元気のない表情でちらりとバルバストル侯爵を見ると、蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「いえ、侯爵家の用事で大事な会議に付き添えず、申し訳ございませんでした」
返事をしながら侯爵は陛下のソファーまで歩いていくと、後ろに従う俺からチョコレートの箱を受け取った。
「王都からの手土産、チョコレートという菓子です。どうぞお召し上がりください」
と、箱を開けて見せながらバルバストル侯爵は言った。
侯爵、陛下に直接食べ物を渡せるほどに信頼されてるんだな。
「ふむ。良い香りの菓子じゃな。しかし、余は今、食欲などないのじゃ」
女王陛下はチョコレートを一瞥しただけで視線を外し、クマの縫いぐるみの腹に顔をうずめた。
本当に子どもが拗ねてるみたいな仕草だなぁ。
「そうおっしゃらず。これは、一緒に来ておりますアレン・ラントペリーが王都で流行らせた菓子で、王都民は皆このチョコレートを手に入れるためにラントペリーの店に行列を作っているのですよ」
「そうなのか? ……ふむ。国民の好む物を知ることも、女王として大切な仕事じゃったな。一ついただこう」
と言って、女王陛下は箱の中のチョコを一つつまんで口の中に入れた。
「はふっ……!?」
チョコを食べた瞬間、陛下は目を見開き、瞳をキラキラと輝かせた。
「こ……これは、なんたる美味っ!」
そのまま、陛下はチョコをもう一つ、さらに一つと次々に口の中に放り込んでいった。
「美味いぞ、これは。ラントペリーよ、お手柄であるな。このような美味なるものを我が国民が口にできるとは、
目をキラキラさせてチョコレートをむしゃむしゃ食べる女王陛下。
……フランセットの子どもっぽさを心配する必要は、どうやらなかったようだな。16歳の女王陛下がこのように可愛らしいんだ。9歳のフランセットがあんな感じであることに、何の問題もないだろう。
「はうぅ。良き品であった。良い仕事をしたな、ラントペリー」
「ははっ。ありがとうございます」
拗ねていた陛下はチョコレートの箱1つでご機嫌を直したようだった。
「お元気になられたようで良かったです、陛下」
「む……心配を掛けてすまなかったな、バルバストル侯」
ひとまずチョコレートを持参したことで陛下の気持ちは浮上したみたいだけど、そもそも何で陛下は拗ねていたんだろうか。
わざわざ俺を東の都市まで連れてきたんだ。バルバストル侯爵はこの問題に俺を関わらせたかったのだろうけど、事情を聞いてもいいのかな?
俺は疑問を含んだ表情でバルバストル侯爵の方を見た。
彼はそれに気づいて、
「このように、チョコレートや磁器の開発に携わるなど、アレン・ラントペリーは知恵者です。彼とともに状況を整理させていただけますか?」
と、女王陛下に向かって言った。
「むむむ……。そうであるな」
女王陛下は侯爵に同意するも、話しにくそうだった。
「あの、よろしければついでに、以前にご依頼のあった陛下の肖像画を描くためのデッサンをしていてもよろしいでしょうか?」
俺は持ってきていた小さなスケッチブックを取り出して陛下に尋ねてみた。
陛下を絵に描いて<神眼>を使った方が事情をすぐにつかめるだろうからね。
「ああ、構わないが……気を抜いていて化粧もなにもしておらぬので、少々恥ずかしいのう」
「陛下の特徴を把握するための練習画ですので、どこにも公開はいたしません。気になるようなら、このスケッチブックはここに置いていきますので」
「そうか? まあ、公開されないなら何でもよいぞ」
俺はスケッチブックに女王陛下の絵を描きだした。
その前で、陛下とバルバストル侯爵が話を進める。
「重要な会議と私の侯爵家の用事が重なり、陛下についていくことができず申し訳ありませんでした」
「気にせずともよい……と言いたいところじゃが、そなたがおらぬ隙を突かれたな」
「交渉は難航しているのですか?」
「……いや、交渉自体は、ワイト公爵がうまくまとめてくれそうじゃよ。余を
女王陛下の言葉に、バルバストル侯爵は眉を寄せた。
重要な会議で、ワイト公爵という貴族が、女王陛下を不愉快にする行動をとった。それで、女王陛下が拗ねたってことみたいだな。
などと考えている内に、陛下の似顔絵が1枚描けた。
俺はすぐに<メモ帳>を開いて鑑定結果を確認する。
《エスメラルダ・スタイナー 16歳 女王
ロア王国スタイナー朝の女王。語学に
うん。鑑定結果にも、ワイト公爵と女王陛下の対立が書かれている。……しかも、どうやら女王陛下の方が分が悪いみたいだ。
若い国王ゆえに起こる権力の
場合によっては、相当厄介なことを知ってしまったかもしれない。
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