拗ねる女王陛下1

 以前の夜会で話題になった、俺が女王陛下の肖像画を描くという依頼は、彼女の多忙さから予定の決まらないままになっていた。


 そんな折、バルバストル侯爵がウチの店を訪れた。


「女王陛下のことで相談があるんだ」


 接客に出た俺に向かって、侯爵はそう言った。


「以前おっしゃっていた肖像画のことですか?」

「いや、それとは別件だ。陛下に献上する美味しいチョコレートを用意して欲しい」


 バルバストル侯爵は、どうやら女王様のためにチョコレートを買いに来たらしい。


「陛下にチョコレートを? それは大変名誉なことですね……」


 でも、何でわざわざ侯爵が買いに来たんだろう?

 不思議に思って侯爵を見ると、彼はどこか疲れた雰囲気でボソリと、


「陛下が拗ねてしまわれた」


 と呟いた。


「へ……拗ねる……?」


 国の最高権力者が拗ねるのか?


「ああ。陛下を元気づけるのに、最近君の店から流行の広がったチョコレートのことを思い出したんだ」

「そうですか、なるほど」


 チョコレートってカフェインが入っているから、気分がシャキッとするって言う人もいるし、落ち込んでいるらしい陛下には良いのかもしれない。


「では、お勧めのチョコレートを見繕ってお持ちしますね」

「よろしく頼む。できればそのチョコレートを陛下に届けるところまで、付いて来て欲しい」

「……? かしこまりました」


 王宮に行けってことか? まあ、女王様ともなれば、生産者の顔が見えないものは口にしないのかもなぁ。


「ありがとう。知恵者の君がいれば百人力だ」


 ホッとしたようにほほ笑んだバルバストル侯爵は、チョコレートの箱を持った俺を馬車に押し込んだ。


 そしてそのまま――王都を離れた。


 ――ちょっ……どういうことだよっ!??

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