大人のお菓子3
翌日。
俺はサブレ伯爵の馬車で商業区を移動していた。
「急なお願いを聞いていただきありがとうございます、サブレ伯爵」
「いや~。アレン君にはコーヒーの件でお世話になったからね。恩返しができて嬉しいよ~」
と、サブレ伯爵はニコニコしながら答えてくれた。彼はコーヒーの輸入で大儲けして、生活にゆとりができたそうだ。
そんなサブレ伯爵に連れられて入ったのは、王都でも有数の商館だった。
「南との交易は突然のトラブルが多いから、大商会の体力がないと厳しいんだ。その点、ここは大手だから信用できるよ」
と、サブレ伯爵が説明してくれた。
彼と一緒に商館の中に入ると、顔パスで豪華な客室に通された。メイドさんが、サブレ伯爵が仕入れているのと同じコーヒーをテーブルに置いていく。
そして、入れ替わるように館の主人が部屋に入ってきた。
「アレン・ラントペリーさん、ようこそいらっしゃいました。私、この商会の当主をしておりますブリューノと申す者です。我々の輸入するコーヒーを広めていただき、あなたには大変感謝しております。ありがとうございました」
商館の主であるブリューノさんは、客室に入るなり俺にとても丁寧なあいさつをしてきた。
「こちらこそ。おかげで美味しいコーヒーを飲むことができて、感謝しています」
「はは。ありがとうございます」
俺たちのやり取りを、サブレ伯爵はニコニコしながら見ていた。
「――それで、今日来店されたご用件は何で?」
「探しものがあって来ました。コーヒーによく似た色で、苦味と独特の香りのある食品を探しているんです」
カカオ豆がどんなのかちゃんと覚えてないから、製品の色がコーヒーに似ている程度のことしか分からないのが痛いところだ。
「コーヒーに似た食品ですか。はて……」
ブリューノさんが首をかしげる。
チョコレートの原料のカカオ豆……どっかで見た気はするんだよなぁ。思い出せ……思い出せ……。
「コーヒーより大きな豆で、ちょっと赤みがかった茶か黒色をしていると思うのですけど……」
「ふむふむ」
「大人っぽいお菓子の材料に使いたいんです」
チョコレートでフランセットを大人にするんだ!
「大人のお菓子!」
ブリューノさんとサブレ伯爵は目を丸くして顔を見合わせた。
「……失礼しました。お探しのものなら、当商会にございます。……そうですね、アレンさんもお年頃。すぐに気づくべきでした」
……ん?
「すぐに、こちらにご試飲できるものをお持ちします」
おお、やった! それらしいものがあるらしい。
しばらくして運ばれてきたものは、香りを嗅ぐだけで目当ての物だと分かった。
小さなカップの中で揺れる茶色い液体、ココアだ。
なつかしいなぁ。
昔はそんなに好きでもなかったけど、食べられなかったものが食べられるようになると思うと、嬉しくなる。
俺は微笑みながらカップに口をつけ――。
「にがっ……」
その液体のあまりの不味さに舌が痺れて目の前がくらくらした。
このココア、砂糖が全く入ってないぞ。
「ははは……。これでも、ハマる人は好きになって飲み続けられるのですよ。南西大陸で採れるカカオという豆と、いくつかのスパイスをブレンドした特製ドリンクです」
チョコレートとスパイスを混ぜた飲み物?
いったいどうしてそんな取り合わせをしたんだっ!?
「南西大陸の王などは、これを何杯も飲んで、美女を10人同時に寝所へ連れ込んでいたそうです」
へ? 何その逸話……。
「飲みきると活力が湧きますよ。……まあ、昼間から飲むものではないので、今は一口含んでいただければ十分ですが。あんまりな味なので、ご試飲をしていただかずに売るのは不誠実だと思い、ご購入前にお出ししているのです」
ブリューノさんの説明に、
「うん、うん。私も挑戦して、諦めたんだ。効果を考えると、ぜひとも欲しかったのだけど」
と、サブレ伯爵。
「ははは。最近では貴族男性の方々に口コミで広がり、ご購入される方が増えているんですよ」
うーん、何か、話の流れが変だ。
「えっと、この飲み物は、いったい何として扱われているんですか?」
お菓子だと思われてないみたいだ。出し方と濃さから考えると、遠方の貴重品として、薬扱いなんだろうか。
「カカオという豆を粉にしたチョコレートという飲み物です。南西大陸産で最近ひそかにブームとなっている、
「びやく……」
えええぇ!??
「南大陸や南西大陸との交易は、未知のものが色々と入ってきて面白いですよ。コーヒーとカカオは、どちらも南の暑い地域で栽培されていて、私はその辺に
チョコレートが媚薬で、さらにエリクサーまで存在するかもって……。ファンタジー世界だからなのか、情報の伝わり方がカオスだなぁ。
「まあ……それだけに怪しい商品も多いです。うちは大手商会として、危険な商品は仕入れないように調べているんですが。アレンさんも、何かご入用の際は、ぜひ安全な我がブリューノ商会をご利用いただければと思います」
と、ブリューノさんが営業用スマイルとともに言うと、
「私もブリューノ商会のお蔭で、良い取引をさせてもらっているよ~」
と、サブレ伯爵も頷いていた。
隙だらけに見えるサブレ伯爵がなんだかんだ商売をしてこられたのは、付き合う相手を選んでいたからなのかもしれない。
「ありがとうございます。また機会があればぜひ利用させてください。それと、このチョコレートを売っていただけますか?」
「おお、お気に召されたのですか! ありがとうございます」
俺はブリューノ商会からカカオ豆と、チョコレートドリンクのレシピを貰って家に帰った。
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