大人のお菓子2
「……ふぅ」
毎度嵐のような妹を見送って、俺の頭に浮かぶのは、かすかな不安だった。
「アイツ、あれで大丈夫なんだろうか……」
先日、肖像画を描くために訪問した家のご令嬢がフランセットと同じ9歳だったのだけど、ウチの妹よりだいぶん落ち着いていた。9歳の子どもって、実はもう少し精神年齢が高くてもいいらしいのだ。
食い意地、ハイテンション、毎度毎度の兄へのスキンシップ……。
いや、兄へのスキンシップは別にいっか。
ともかく、妹の将来が心配だ。
女の子は成長が早いっていうし、おませな女子たちにフランセットはついていけるのだろうか。
「……なあ、フランセットのこと、どう思う?」
俺は部屋の片づけを手伝ってくれていたメイドのエイミーに声をかけた。
「どう、とは? 使用人には答えにくい質問ですが……」
と、エイミーは戸惑いがちに聞き返した。
「子どもっぽすぎると思わないか? 9歳の女の子って、もうちょっと大人びてくるものじゃない?」
「いえ、そこまで気にすることもないと思います。まだ9歳ですよ」
エイミーは気を遣っているのか、フランセットの悪口になることは言わなかった。だが――。
「子どもは小さな差に敏感っていうだろ。フランセットが同世代で浮くようになったらどうしよう」
気になるとどんどん不安になってきた。
「いえ、フランセット様の幼さは可愛らしい感じで、そんなに変ではないですよ」
「いやいやいや。あの子もそろそろ大人びるべきだ。ちょっと対策を考えてみよう」
俺は腕を組んで思案した。
「……身の回りの物を大人っぽいものに変えていけば、自然と気持ちも大人になるんじゃないかな」
例えば前世の子ども時代、小学校から中学校、中学校から高校に上がると、自然と気持ちや態度もそれらしくなっていた。上の学年になるほど、教科書などのデザインもシンプルで大人っぽいものになっていたし。大人っぽいものに囲まれることで、精神年齢も引き上げられるんじゃないだろうか。
「かき氷っていうのも子どもっぽいよな。アイスクリームも、今までお子様向けを与えすぎていたんだ。大人っぽいお菓子を与える方がいいな」
まずは、フランセットがいつも俺にねだってくるお菓子から、大人向きに変えていこう。
「大人向けのお菓子……酒類を使う……いや、それはダニエルがすでに時々アルコールを飛ばしたワインとか使ってる……」
もっとこう、渋みとか苦味とかがあると、大人向けって感じがするか。
抹茶はこっちにはないし……コーヒーなら……。いや、フランセットは砂糖と牛乳を大量にいれた子供向けコーヒー牛乳しか飲まない。
……チョコレートはどうだろう?
甘さ控えめのチョコレートって、日本で大人の女性が好んでいた記憶がある。
だが、これまでお菓子を作ってきて、チョコレートを見かけたことはなかった。チョコレートの原料のカカオ豆は熱帯のものだというし、日本よりも涼しいロア王国周辺には存在しない植物なのだろうな。
――でも、ついこの間、コーヒー豆は手に入ったし……。
百年ほど前に人の居住地域の魔物がほぼ駆逐され、さらに近年は、魔物除けの魔法陣や道具が急速に発展してきていた。
そのため、今まで手に入らなかった遠方の品が、どんどん王国にもたらされるようになった。チョコレートがこっちに伝わっている可能性も高い。
――南からコーヒーを仕入れたサブレ伯爵なら、南方との交易に詳しい人を紹介してくれるかもしれない。
俺は以前にコーヒーの輸入をしていたサブレ伯爵に連絡をとってみることにした。
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