第3章 画家と女王陛下

大人のお菓子1

 夏の暑い日。

 俺は部屋でアイスコーヒーを飲んでいた。


「魔法で急速に冷やせば、アイスコーヒーを氷で薄めずに済む。いいことだ」


 前世、美味しいアイスコーヒーを飲むのは難しかった。

 コーヒーは時間が経つと味が変わってしまうから、自然に冷えるのを待てない。かといって、中に氷を入れると薄くなる。


 そのため前世は市販のアイスコーヒーで我慢していた。文明的には遅れてそうなこっちの世界に来て、かえって納得のいくアイスコーヒーが飲めるとはなぁ。


「一緒に食べるダニエル特製のスコーンも最高!」


 クロテッドクリームがうめぇ。

 ラントペリー家の料理人のダニエルに前世のお菓子のレシピを教えたのは大正解だった。お蔭で俺の生活の質は大変向上していた。


 ニコニコしながらおやつタイムを楽しんでいると、バタンと部屋のドアが開く音がして、妹のフランセットが部屋にやってきた。

 彼女は、何だか不満を溜め込んだような表情だ。


「暑い、暑い、暑~い!!」


 絶叫する妹。

 季節は夏の盛りである。だが、


「そうか? 今日はカラッと晴れて気持ち良いじゃないか」


 日本の猛暑で鍛えられた俺には、こっちの暑さなど余裕であった。むしろ、冬の方が寒すぎて死ぬ。


「何でそんな平気そうなのよ。ねえ、アレンお兄ちゃん、いつもの冷や冷やのおやつ、作って~」


 顔の前で手を合わせ、妹は俺に上目遣いでおねだりしてきた。媚び媚びの仕草だが、彼女にあるのは色気ではなく、食い気だけである。


 女の子って発育が早いから、小学生の内からお洒落して恋愛トークに花を咲かせているって、前世では聞いていたんだけどなぁ。

 うちのフランセットはどう見てもお子ちゃまだ。彼女のおねだりの内容は、しょーもないものばかりだった。


「分かった。ちょっと厨房に行ってくる」


 フランセットの頼みは時間のかかるものではないので、俺はすぐに厨房へ向かった。

 厨房には、いつも俺のお菓子作りに協力してくれている料理人のダニエルがいる。


「フランセットがいつものを欲しがってるんだ」

「かしこまりました。すぐに準備します」


 俺はダニエルに渡された水を魔法で冷やして氷を作り、以前に職人に作ってもらった手回しのかき氷機に入れた。


 俺がかき氷機をくるくると回している間に、ダニエルは苺のジャムと練乳を合わせてシロップを作ってくれた。


「ありがとう」


 シロップも魔法で冷やし、かき氷にかける。

 かき氷は魔力があれば簡単に作れた。


「いつも思っていたんですけど、アレン坊ちゃんって、魔力量が多いですよね」


 魔法のある世界だが、魔力量には個人差があり、遺伝的に貴族の方が多いとされていた。その中で、俺は平民にしては魔力が多い方だった。


「うん。まあ、魔力は多いけど、攻撃魔法は超苦手だから、戦ったらヨワヨワなんだけどね」


 俺の魔法は絵を描くための補助に特化しているような状態だった。これも転生前に設定した能力の影響かもしれない。

 でも、絵具の顔料を細かい粒子にするのと同じ魔法でシュガーパウダーを作るみたいなことはできるから、料理にはけっこう応用できていた。


「手伝ってくれてありがとう、ダニエル。フランセットに持っていくよ」


 俺は完成したかき氷を持って、すぐにフランセットのいる部屋に戻った。


「うわ~、美味しそう」


 フランセットは大喜びで、スプーンに山盛りにすくったかき氷を口の中に入れた。


「冷た~い」


 ニコニコのフランセットは、すごい勢いでかき氷を食べる。

 冷たいものをあんな速さで食べたら、頭がキーンとなりそうなものだが、フランセットは丈夫だ。


「美味しい、甘い、シャリシャリする」


 フランセットは彼女の要望通り大量に作ったかき氷を、ぺろりとお腹に入れてしまった。


「ありがとう、お兄ちゃん。おかげでちょっと涼しくなった~」


 タプタプのお腹をさすって、フランセットは満足げだ。


「ねえねえ、今日はすぐに冷えるかき氷で良かったけど、明日はアイスクリームを食べたいなぁ」


 妹は続けて明日の分もおねだりしてきた。


「分かった。同じくらいの時間にできるように、ダニエルに準備しといてもらう」

「わぁ、ありがとう。お兄ちゃん、大好き!」


 妹が俺にギュッと抱きついてくる。

 夏場は暑いからスキンシップが減ってたんだけど、氷で冷えた分、べったりくっつかれてしまった。


「あ、お菓子が好きだから好きなんじゃないよ。お兄ちゃんのこと、お菓子がなくても大好きなんだからね!」


 最後に兄殺しの台詞を無意識に追加すると、妹は部屋を出て行った。

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