レヴィントン公爵家の継承問題7

 レヴィントン領の山間部。

 急きょ準備された、掘っ立て小屋のような工房。

 そこに、俺が<神眼>を駆使して採取した陶石が積み上がっていた。


「では、こちらを使って試作してみます」


 何もない小屋の周辺で、ヤーマダさんは陶土の調合、釉薬、火加減などを細かく変えて実験を繰り返した。

 そのとき活躍したのが、


「次はこれを乾燥させて焼くのね。任せて」


 シルヴィアだった。

 彼女は数名の部下とともに、大貴族が持つ豊富な魔力で、通常だと数日かかる工程を魔法で短縮し、一日に何度も試作を焼き上げた。

 そうやって、焼成に適切な温度が分かると、次はかまどに燃料を入れて、魔法を使わずに同じ温度で焼く方法が研究された。


 実験を繰り返す内に、当初粗末な小屋だった工房はどんどん拡張され、かまどがいくつも並ぶ立派な作業場になっていった。


 そして――。



 焼きあがった磁器をシルヴィアが指で弾く。

 すると、キンっと金属質の澄んだ音がした。


「ツルツルの光沢……。これは、完成と言って良いんじゃないかしら?」


 ついに満足のいく出来になった磁器を前に、シルヴィアとヤーマダさんは多幸感あふれる笑みを浮かべ、ニヘラっと表情をくずした。


「やりましたね。それでは、ここで再び俺の出番です」


 俺は自分の胸をトンと叩いてそう主張した。


「アレンの出番?」


 磁器は無地で白いだけではない。

 ここから、絵付けして、色んなデザインの食器を作るのだ。

 現代日本じゃ陶磁器はありふれたもので、可愛い動物キャラや、アニメキャラをプリントしたものまであったんだからな。


 ――お手製美少女プリント皿を作ろ……いや待て。まずは、王侯貴族に認められるためのオーソドックスでかっこいいデザインが先だぞ。


「素焼きしたものに絵付けをして、輸入品に張り合える見栄えのするものを目指します」

「あ、そうね! 家にある東大陸産の磁器には、お皿全体に牡丹や椿の花の絵が描かれていたわ」


 と、ハッとしたようにシルヴィアが言うと、


「そうでした、まだ道半ばでした。焼き物に絵を描くときは熱で顔料が変色しますから、まだまだ実験が必要でしたよ」


 と、ヤーマダさんもすぐに気合を入れなおした。


「折角ですし、ロア王国民が好む花や動物などを描いて、みんなに愛される磁器にしたいですね」

「ええ。引き続き良い磁器ができるように頑張りましょう」


 そうして、俺たちは再び試行錯誤を繰り返した。



* * *



 磁器の開発をする内に、俺がこの世界に転生して1年が経った。

 俺は19歳になっていた。


「素晴らしい。ついに、ついに、念願の、完璧な磁器が……。やっと私の夢が叶って……ぐすっ……これもアレン様とシルヴィア様のおかげです。ありがとうございます」


 ヤーマダさんは喜び過ぎて嬉し泣きしながら、俺たちに礼を言った。

 彼の手には、発色の良いカラフルな花の描かれた、美しい光沢の磁器があった。


「いやいや。何度も繰り返し試作して頑張ったのは、ヤーマダさんじゃないですか。お疲れ様でした」


 俺も笑顔でヤーマダさんの功績を称えた。


「――それにしても、よかったの? 2人が中心になって頑張った成果なのに、私の手柄にしてしまって」


 と、シルヴィアが申し訳なさそうに言う。

 磁器の開発に取り組んだ当初の目的は、シルヴィアに経済的な成功をおさめさせて、女公爵として認められる理由を作ることだった。そのため、シルヴィアが主導して磁器の生産に成功したのだと広めていくつもりだ。


「私も今回のことで一生贅沢して暮らせる収入を得ました。もちろん、遊ばずに研究資金にするんですけど。それに、誰もできなかった磁器の生産に携わった錬金術師として、仲間にも一目置かれますからねぇ」


 と、ヤーマダさんはニコニコしながらシルヴィアに答えた。


「ありがとう。ヤーマダさんには、王立アカデミーへの推薦状を書いておくわね」

「それが一番のご褒美なのですっ!!」


 ヤーマダさんにはシルヴィアのコネで優秀な学者たちを紹介してあげるのが、本人にとって一番良いみたいだった。


「ウチも、父がしっかり契約書を見て、利益が得られるようにさせてもらってますから、ご心配には及びません」

「ありがとう。アレンとヤーマダさんの功績は、私からしっかりと女王陛下にまで届くようにするわ」


 と、シルヴィアは言った。

 そんな彼女は、先日の王国武術大会で見事7位入賞を果たしていた。


 これで、条件はそろったな。


「それにしても、この磁器のクオリティ、アレン様の絵付けが見事ですね。研究のためにたくさんの磁器を拝見してきましたが、これほどの物は見たことがありませんでした」


 と、ヤーマダさんは俺の絵付けした磁器の大皿を見ながら、しみじみとした様子で言った。

 皿には、ロア王国民が好みそうなタッチで草花を図式化して描き、それを金彩で豪華に装飾していた。


「外国製より、ロア王国の人が使いやすいように作ってますからね」


 磁器への絵付けは、焼くと顔料が変色するから大変だったのだけど、そこは<弘法は筆を選ばず>のチートスキルが大活躍だった。


「私も貴族として様々な磁器を見てきたけど、アレンが作ったものが最高だと思うわ。磁器の製法は隠してもいずれ伝わってしまって、他所でも生産されるようになるだろうけど、アレンの絵付けがある限り、ウチに勝てる品物を作れる人は現れないかもね」


 と、シルヴィアも磁器の仕上がりに満足そうだった。


「絵付けは楽しかったですよ。今回は女王陛下や貴族たちに好まれそうなデザインにしましたけど、もっと奇抜なものも、色々作ってみたいです」

「うん! これからも頼りにしてるからね、アレン」


 こうして、完成した磁器はまず第一に女王陛下に献上されることになった。

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