レヴィントン公爵家の継承問題2

 3日後。

 俺は約束通りシルヴィアの家、レヴィントン家の王都屋敷を訪れた。


「おや、君もここに居るんだね。シルヴィア嬢の知り合いだったのか」

「バルバストル侯爵……」


 女王陛下の代理としてレヴィントン家に来たのは、バルバストル侯爵だった。そういえば、彼は女王の側近なのだったな。


 バルバストル侯爵のとなりには小柄な若い女性がいた。女性は18歳の俺よりもさらに年下に見えた。……真面目な話し合いに連れてくるにしては、若すぎないか?


「えっ……!?」


 その女性を見て、シルヴィアは目を丸くした。


「女王陛下、どうしてここに……?」

「散歩に出たらたまたまバルバストル侯と会ってな。その流れで一緒に来たのじゃ」


 と、彼女――女王陛下は小鳥がさえずるような可愛らしい声で答えた。

 偶然、成り行きでレヴィントン家を訪問――だから非公式の話し合いってことか。


 それにしても、女王陛下ってたしか昨年代替わりしたばっかりで、まだ年齢は16歳だったはずだ。若いよな。

 16歳といえば、日本だと高校1年生か2年生だ。女子高生女王様……うわぁ。


 女王陛下は色白の肌と白に近い金髪に、華奢な身体つきをしていた。クリーム色に植物模様の織り込まれたドレスが自然体で似合っている。権力者と言うには可愛らしすぎるような人だった。


「そうですか。ようこそいらっしゃいました。奥へどうぞ」

「うむ」


 シルヴィアは彼女を客間へと案内した。



 使者が来ることが分かっていたからか、レヴィントン邸の一番豪華な客間はちり一つなく準備が整えられていた。

 シルヴィアと女王陛下、バルバストル侯爵が中央のソファーに座り、周囲を王家とレヴィントン家の家臣が取り囲む。その末席で俺も話を聞くことになった。


 いくつか世間話をした後に、女王陛下は本題に入った。


「レヴィントン公爵家の後継者探し、なかなかうまくいかぬようじゃな」

「はい。陛下に頂いた偉大な爵位を継ぐ者を見つけられず、不甲斐ないことで申し訳ございません」


 謝罪するシルヴィアは肩を落としていた。


「後継者のない家は断絶し、その財産は王家に戻る。王権を強化するために、多くの家を取り潰した国王もいたわけだが……」

「はい」


 シルヴィアの表情がこわばる。


「余は即位前、先代女王――仲の悪かった余の姉に、北の塔に幽閉されていた時期がある。そのとき助けになってくれたのが、そなたの父、レヴィントン公爵だった。当時の恩を返さぬまま、レヴィントン家を断絶させるのは、余としても後味が悪い」


 そう語る女王陛下はシルヴィアに同情的だった。

 彼女は続けて、


「男の後継者がいなくとも、シルヴィア、そなたを女公爵としてしまえば問題が解決することを、余は知っている」


 と、ハッキリと言った。

 おお、希望が見えてきたな。


「陛下……!」


 シルヴィアもうつむく顔を上げて女王陛下に期待の眼差しを向けた。

 しかし――。


「だがな、余は王と言っても若輩者。余が伝統を破って女公爵を認めると言えば、ここぞとばかりに反発する貴族が出てくるであろう」


 と、申し訳なさそうに言った。


「そなたを女公爵とするために、相応しい能力があると先に示してもらいたいのだ」

「能力、ですか?」

「そうじゃ。昔であればドラゴン退治など凶悪な魔物を討伐すれば叙爵されておったのだがな。今のこの国では厄介な魔物の討伐がほぼ完了しておるからのう」


 この世界の人間の土地は、魔物を討伐して切り拓いたところがほとんどだ。

 今の貴族は、かつて大型の魔物の討伐に成功して領地を得た者の子孫たちだ。だから、貴族の家の紋章には討伐した魔物がデザインされていることが多かったりする。


 だが、ありがたいご先祖様の奮闘で、この国は平和になってしまった。今の国内で、シルヴィアが大活躍できるような魔物退治の舞台は存在しないのだ。


「実戦は少なくなったが、強いというのは貴族を納得させるのに今でも有効だ。シルヴィアは魔法が得意だと聞いておる。春の武術大会に出て結果を出せば認められるのではと思うておるのだが」


 女王陛下の言葉に、シルヴィアはしかし、気まずそうに顔を歪めた。


「……陛下、私が武術大会に出た場合、おそらく10位前後には入るでしょうが、それより上は難しいかと」

「そうなのか? そう決めてかからずとも、今年だけでなく、何年か努力してみれば……」

「おそれながら陛下、あの大会は平民を含め国中から強者が集まります。平民こそ出世に関わりますから、目の色を変えて出場しておりますが。その中で10位と言えば、シルヴィア嬢は相当にお強いです」


 2人の会話に、バルバストル侯爵が口をはさんだ。


「そうか。なら、10位でも取れば、貴族にも認められるか?」


 と、女王陛下が言うと、バルバストル侯爵は申し訳なさそうに首を横に振った。


「いいえ。3位までに入らないと、インパクトは薄いでしょう。ですが、シルヴィア嬢が弱いというわけではありません。私など、もし出場しても70位程度にしかなりませんから」


 大貴族の当主のバルバストル侯爵でも70位くらいなのか。それならシルヴィアは相当強いんだろうけど……。日本でも、例えば格闘競技で全日本10位をとった人なんかは相当強いはずだけど、それだけでテレビに出られたり全国的に知名度が上がったりってことはないよな。プラスアルファで、イケメンだったり何らかの資格を持ってたりしたら別だけど。


 そっか。武術大会10位に加えて何かあればいけるんじゃないか?


「武術大会10位は素晴らしい成績です。それに加えて何か……そうですね、文武両道を見せると良いので、内政面での成果でもあれば、爵位を継ぐ根拠にできるかと思います」


 バルバストル侯爵は、ちょうど俺が考えたのと同じような提案をしてきた。


「そうか。文武両道とな」

「えぇ。特に近年は土地の収入だけでは権威を維持できない貴族が増えております。そのため、新たに事業を起こす貴族も多いです。彼らの手本となるような成果を出せれば、公爵としても認められるでしょう」

「ほうほう。事業とな。それで、その案はあるのか?」


 女王陛下が尋ねると、バルバストル侯爵はイケメンなアルカイックスマイルを浮かべて、


「ありません」


 と、答えた。


「……そうか。そりゃあ、そんな案があればとっくに侯爵自身で実行しておるな。これ以上の内容は、レヴィントン家の者たちで考えるべきことじゃ。ふーむ、武術大会の上位に加えて、経済的な成功、この2つを揃えればシルヴィアを女公爵と認められるだろう。できるか?」


 女王陛下に問われて、


「かしこまりました。このシルヴィア、全力で陛下の期待に応えさせていただきます」


 と、シルヴィアは宣言した。


「よし。話はここまでじゃ。そなたを女公爵と認められる日を心待ちにしておるぞ」


 そう言って、女王陛下たちは帰っていった。




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