小さな絵

 バルバストル侯爵は約束通り、数日後にラントペリー商会の店を訪れてくれた。


「女性へのプレゼントになる宝石やアクセサリーを見たい」


 見た目通りのプレイボーイらしい侯爵は、ウチの店で女性用のアクセサリーを探し始めた。


「かしこまりました。ウチは東の国が発祥ですので、ロア王国では珍しい東の国の品が揃っていますよ」


 父が接客して、ウチの商品の中から特に高価な宝石やペンダントなどを侯爵に見せていった。


「ふむ……ふむ……」


 バルバストル侯爵は父の説明を聞いて頷いているが、あんまりウチの商品に惹かれている感じではなかった。


「お気に召す品はございませんか?」

「いや、品質は素晴らしいと思うのだが……」


 バルバストル侯爵が言い淀む。


 ――好みに合わないんだろうな。


 これはバルバストル侯爵が悪いのではなく、実はウチの商品に問題があった。


 ラントペリー商会はもともと東の国に本店があって、最近ロア王国に進出してきた。そのため、商品には東の国から仕入れたものが多い。

 本店は東の国で一番の商会だと言われているから、良い物を仕入れられてはいるのだけど、どれも東の国の人の好みの品物なのだ。結果、品質は良くても、この国の人の趣味から微妙にズレているのである。


「開閉できる大きなチャームのついたペンダントがたくさんあるね。これは何にするものなんだい?」


 バルバストル侯爵が指したのは、一見すると懐中時計にも見える、開閉できる蓋のついたペンダントだった。日本でロケットペンダントと呼ばれていたものに近い、中に物を入れられる首飾りだ。


「このペンダントは、このように開いて、中に恋人や配偶者の髪の毛を入れるものです」

「えっ……?」


 父の説明に、バルバストル侯爵がちょっと引いたような顔になった。

 好きな人の髪の毛を持ち歩くって、文化としてありそうと言えばありそうだけど、馴染みのない人間からすると少し怖いよな。


「東の国では定番の贈り物なのです。こちらでも恋人たちに広まらないかと思っているのですが――」

「あ……いや、うーん」


 バルバストル侯爵が困っている。

 ウチの商会、東の本店のお蔭で資金力はあるんだけど、こういう売れない物の仕入れも多いんだよな。


 特にこのロケットペンダントは仕入れた数が多いのだけど、髪の毛を入れる用途では売れそうにない。

 例えば、薬入れにするとか、お守りの護符を入れるとか、別の用途で売り出せないかな。他にも、たしか、ロケットペンダントって、地球では恋人の写真とかを入れていたような……。


 写真――あ、そうか!


「父さん、髪の毛はちょっと怖いですよ。それよりも、このペンダントに入る小さな肖像画を描いて入れるなんてどうでしょう?」


 俺は2人の会話に割って入った。


「肖像画? そういえば、アレン君は画家なんだったね」


 そうバルバストル侯爵が言うのに頷いて、


「はい。侯爵の絵の入ったペンダントなら、欲しがる女性も多いのではないかと思います」


 と、俺が答えると、侯爵はなるほどと膝を打った。


「それが良いな。素晴らしい贈り物になるぞ!」


 彼はそう言って、ウチのペンダントの中から一番高価な物をお買い上げくださった。


「ありがとうございます。それでは、肖像画が出来たら中に入れてお持ちします」

「ああ、楽しみにしているよ」


 気さくに手を振ってくれる侯爵を店員たち総出で見送ると、俺はすぐにペンダントに入れる小さな肖像画の作成に取り掛かった。




「うぅ……画面が小さすぎる。<弘法は筆を選ばず>がなかったら、絶対描くの無理だっただろうな」


 チートスキルを駆使して、俺は何とか侯爵の肖像画をペンダントに込めた。


《ウォルター・バルバストル 28歳 侯爵

 ロア王国女王の懐刀ふところがたな。面倒見の良い優秀な貴族。

 ラントペリー商会から購入したロケットペンダントは、女王陛下に献上される予定》


「へっ……!?」


 俺の絵、この国の最高権力者のところへ行くのか。

 ……まあ、ウチの店は高級商品を扱っているし、そういうこともあるのかなぁ。


 完成したペンダントを届けると、侯爵は大いに気に入って、さらに同じものを5つ注文してきた。女性に配る気だろうか。プレイボーイめ。


 バルバストル侯爵がペンダントを広めてくれたお蔭で、ラントペリー商会には肖像画入りペンダントの注文が大量に舞い込むようになった。

 片思いの相手や愛する恋人の似姿を持ち歩きたいという願望は、思いのほか多くの人が持っていたみたいだ。俺だけでは肖像画を描ききれなくなって、専門の画家まで雇って、たくさんのペンダントを販売した。


 こうして、ロア王国ラントペリー商会はドレスに続く第2の看板商品を得たのだった。

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