美味しいコーヒーを飲むために5

 バルバストル侯爵邸。

 商人たちが自由に歓談する広間には、コーヒーの香りが漂っている。


「おぉ、アレン君。お蔭さまでウチのカフェも繁盛してるよ。また新しいレシピがあったら教えてくれ」

「アレンさん、今度、文学愛好家向けのカフェを開こうと思っているんですけど、アドバイスをいただけませんか?」


 部屋に入ると、商人たちが俺に群がってきた。……異世界トリップしたのに美少女ハーレムのきざしがないまま、おじさんにモテモテになってるよ。


 彼らが俺に注目しているのは、俺がカフェのノウハウを皆に無償で公開したからだった。


「アレン君、ありがとう。君がコーヒーを広めてくれたおかげで、伯爵家の借金を返せた。君は我が家にとって大恩人だよ」


 コーヒー輸入元のサブレ伯爵にも礼を言われた。


「いえいえ。コーヒーは素晴らしい飲み物ですから、ぜひ広めたくて。皆が飲んでくれたら、新しい豆をどんどん仕入れられますもんね」


 俺がそう答えると、俺たちの間にバルバストル侯爵がひょいと顔を出して、


「……もしかして、アレン君の動機は、新鮮なコーヒーを手に入れるルートを作ることだったのかい?」


 と、言われた。


「ええ。たくさん売れるようになると、価格も下がりますし、常に新しいものが来れば、いつでも美味しいコーヒーが飲めますからね」


 俺がカフェの商売を独占しなかったのはそれが理由だった。ここの商人たちが、「カフェは儲かる」と思ってコーヒーを大量に仕入れるようになれば、コーヒーの輸入ルートが太くなる。俺一人でやってるんじゃ限度があるけど、参入者が増えれば――中には失敗する人も出てくるだろうけど――それだけ一気に規模を拡大できる。


「……これだけ社会を動かす商売を、自分がコーヒーを飲みたいという理由だけで生み出したのか。末恐ろしいな」


 バルバストル侯爵は信じられないものを見るような目で俺を見ていた。……まあ、人の動機は様々ってことで。俺にとっては儲けより現物のコーヒーが安定して手に入ることの方が重要だっただけだ。


「アレン・ラントペリー君。……覚えたよ。もし、何か困ったことがあればいつでも相談してくれ。君になら、助力は惜しまない」


 ニコッとほほ笑みかけるバルバストル侯爵のイケメンスマイルが眩しい。


「また今度、ラントペリー商会の店にも買い物に行くよ」

「ありがとうございます!」


 侯爵の言葉に、父がとても喜んでいた。

 コーヒーのために動いたことで、思わぬ親孝行までできたみたいだった。

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