美味しいコーヒーを飲むために4

 コーヒーに合うメニューを準備しつつ、俺は喫茶店を開くための土地を借りた。


「月並みな発想だけど、人通りの多い場所で美味しそうな香りを出して、皆に味を知ってもらうのがいいよね」


 場所は、デュロン伯爵夫人の劇場のある通りにした。

 こっちでのコーヒーは、新しい輸入品で値段が高い。カフェを成功させるために、高額の飲み物に手を出せるお金持ちが集まる場所に店を出す必要があった。


 デュロン劇場のチケット代金には、かなりの幅がある。

 一番安い立見席は、庶民の1日の食事代と同じくらい。

 一番高いボックス席は、1年分の食費より値が張った。この高額の席を筆頭に、高い代金の席が、ファンの間で常に取り合いになっていた。


「劇場の周辺にはお金持ちがいっぱいいるはず。彼らが観劇の後に、劇の感想を言い合えるカフェにしよう」


 俺はデュロン夫人に計画を話して許可をもらい、見つけた物件を改装して、準備を進めた。



* * *



 開店したカフェは、前世のコーヒーの相場よりだいぶん高い価格設定になった。

 コーヒーの輸入にかかるお金も高いし、砂糖も高い。それに、俺がダニエルと一緒に再現した前世のお菓子も販売するが、これも高額だった。


 ただし、何か1つ注文すれば、丸一日居座ってもOKとした。

 こちらは東京などより地代と人件費が安いので、広いスペースに居座る人を抱えることができたのだ。


「デュロン劇場のファンって、前世で見てきたオタクに通じるところがあるんだよね」


 前世はネットやSNSを活用して、同じ趣味の人で語り合うことができた。

 でも、こっちでは直接会わないと喋れない。しかも、人間関係は身分や仕事をもとに形成されるから、同じ趣味というだけで集まることも難しかった。


「観劇が好き、それ以外の条件は不問として集まれる場を作ったら、ウケると思ったんだ」


 まあ、お値段の張るコーヒーで、多少の足切りはするけどね。


 他にも、注目してもらうために、劇場の関係者に来てもらうイベントも開催した。



「本日のイベントは、劇場の銅版画を描かれているアレン・ラントペリー氏のサイン会です。一列にお並びください」


 カフェのスタッフが整理する中、長蛇の列ができていた。

 店の広いホールで、お客さんが購入した俺の銅版画にサインを入れていく。……まさか異世界で自分のサイン会をすることになるとはなぁ。


 いろいろ工夫して客引きしていくうちに、カフェは大盛況となった。


「2号店、3号店も出さないと、人が入りきりません」


 カフェのマネージャーには、嬉しい悲鳴とともにそう報告された。


「そうだね。同じ観劇ファンでも派閥があることが分かってきたし、いくつかに分けた方が、お客さんにとっても居心地が良くなるかもね」


 とはいえ、全部俺の店にして、儲けすぎてもデュロン夫人に悪い。

 彼女にカフェ経営のノウハウを渡して、2号店はデュロン夫人に直接出してもらった。


 それから、似たようなカフェを別の趣味で集まる人のためにも作りたいという申し出があったから、経営の仕方を知りたい人にはどんどん伝えていった。


 そうすることで、俺の狙い通り、王都中にコーヒーを扱う店が広がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る