美味しいコーヒーを飲むために3

 翌日。

 ウチで雇っている料理人のダニエルのところに、俺はレシピと絵を持っていった。

 ダニエルは30代前半の赤毛の男で、毎日の食事からお客様に出すお菓子まで、何でも作れる腕の良い料理人だ。


「これはすごい。どうやってこのようなレシピを入手されたので?」


 ベテラン料理人のダニエルはレシピを見ただけである程度想像できたみたいで、とても驚いていた。


「外国の古い本をもとにメモを取ったんだ。こっちのイラストに似た形になるように、できるだけ再現してみてほしい」


 完成図の絵を見せながら頼むと、ダニエルは1つずつおやつの時間に作って出してくれるようになった。




 1週間後。


「ふわぁ。お兄ちゃん、このシフォンケーキってすごく美味しいね。ふわふわ、ふわふわだよぉ」


 むしゃむしゃとお菓子を頬張るフランセット。


「ほんとにね。これだけ美味しいお菓子が作れる料理人がいるのなら、ガーデンパーティーでも主催したら? 人気者になれるわよ」


 シルヴィアも大絶賛だった。

 彼女は最近しょっちゅう俺の家に来る。仲の良い小学生が友だちの家に入り浸るレベルだぞ、これ。


 ダニエルに再現してもらったお菓子は、次々と女子たちの腹の中に消えていった。

 良い食べっぷりだ。

 材料の質が良いのかダニエルの腕が良いのか、お菓子は前世で食べたものに引けを取らない出来だった。


 ――うん。これならコーヒーと一緒に出しても商売になるだろう。


 俺はお菓子とコーヒーを味わいながら手ごたえを感じていた。

 そんなふうに自室でおやつの時間を楽しんでいると、部屋に母が入ってきた。


「フランセット、そろそろ勉強の時間よ」

「えぇー。私、今日はお兄ちゃんたちとここにいる!」

「ダメよ。約束したでしょ」

「うぅ、また計算やるの? 嫌だよぅ」

「商家の娘が数字も分からないんじゃ、話にならないわよ。さっさと行きなさい」


 母は妹をエイミーに任せて連れて行かせた。それから――。


「すみません、シルヴィア様。少々息子をお借りします」


 と言って、俺を部屋の隅まで引っ張っていった。


「アレン、フランセットにお菓子をあげすぎよ。フランセットのお腹がポッコリしてきてるの、知らないの?」


 と、小声で母は俺を叱った。


「ごめんなさい、母さん。コーヒーを使った新しい事業を考えていて、そのための準備だったんです」

「そうなの? でも、妹に味見させるのもほどほどにしなさい。これ以上フランセットを太らせるわけにいかないから、あの子のおやつはしばらくり豆ね」

「はい」


 フランセットはしばらく煎り豆生活か。かわいそうに。


「あなたの口から、お菓子を食べすぎだから明日からおやつは煎り豆って伝えるのよ」

「へ!?」

「あなたが元凶なんだから、当然でしょう。男親も兄も幼い娘を甘やかすばかりで𠮟れないんじゃダメなのよ。ちゃんと言いなさいね」


 そ……そんなぁ、母さんっ!!


「じゃあね、しっかり言うのよ」


 と言って、母は部屋を出て行った。



「……うっすら聞こえていたけど、大変そうね」


 と、シルヴィアに声をかけられる。


「あはは……。しばらく妹のご機嫌取りになりそうだよ」


 そう苦笑いで答えて、俺はふと、


 ――そういえば、同じくらいお菓子を食べているシルヴィアは大丈夫なのだろうか?


 と思ってしまった。

 そのまま俺の視線はシルヴィアのお腹……の上の大きな胸に向けられた。


「ちょっと、どこ見てるのよっ!」


 シルヴィアに勘付かれて怒られた。


「ご……ごめん、無意識に、つい……。いやでも、シルヴィアは良かったの? 俺、甘い物出し過ぎてなかった?」


 体型を気にする年頃の女性の前に甘い物を出しまくるって、俺、知らずに悪いことをしていただろうか。


「大丈夫よ。私は動いているから。それに、ここで甘い物でも食べてストレス解消しないと、やってられないのよ」


 と、シルヴィアは答えた。


「ストレス? また何か問題があるの?」


 クレマンは逮捕されたし、リアーナも社交界に出られず引きこもっている。彼女をわずらわわせていた者はいなくなったと思ってたけど。


「レヴィントン公爵家の次の後継者探しが難航しているのよ」

「ああ、それは……」


 そうか。後継者がいないまま病弱な現当主が亡くなってしまうと、レヴィントン公爵家は断絶するんだ。シルヴィアは大至急次の跡取り候補を見つけ出さないといけなかったんだ。


「3代前に分岐した系図をたどって、1人候補を見つけたの。でも、実際に会って血統鑑定魔法を使ってみたら、血がつながってなかったのよ」

「あらら」

「……男って、どんだけ女にだまされてるんだって思ってしまったわ」

「あー……」


 それは、聞きたくない話だったなぁ。


「それとも、ウチの家系が騙されやすいのかしら。私もクレマンに振り回されていたし。不安になってくるわ」


 シルヴィアは深いため息をついた。


「シルヴィア……」


 うーん、何か協力してあげられたらいいけど、俺にできることが思い付かない。


「平民商人の俺には何もできないけど、ストレス解消のお菓子くらいはこれからも用意するね」


 俺にできるのはお菓子を出して愚痴を聞いてあげるくらいか。


「ありがとう。太らされない程度にご厚意こういに甘えるわ。あなたも、フランセットちゃんのご機嫌取り、頑張ってね」


 そうだったっ!


「……こっちはこっちで、大変そうだなぁ」



 その後の数日間、煎り豆を前にギャン泣きする妹をなだめるのに、俺は大変な苦労をするのだった。

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