美味しいコーヒーを飲むために2
ラントペリー商会本店奥の自室で、サブレ伯爵に届けてもらったコーヒーを飲む。
テーブルに同席するのは、妹のフランセットと、たまたま店に来ていたレヴィントン公爵令嬢のシルヴィア。
「……美味しいわね。好きな香りよ」
と、シルヴィアは試飲したコーヒーをすぐに気に入った様子だった。しかし、
「にがい、いや~」
8歳のフランセットにコーヒーは早すぎた。
「ミルクと砂糖を入れてみよう。これでどう?」
俺はミルクコーヒーを作ってフランセットに出す。
「これなら美味しい」
8割以上をミルクにして大量の砂糖を加えると、フランセットも気に入ってくれた。
こうやってシルヴィアとフランセットと一緒にお茶をするのにも慣れたな。
部屋には他にシルヴィアが付き添いで連れてきているレヴィントン家の使用人がいるのだけど、彼らはいつも俺たちの会話を静かに見守っているだけだった。
俺がシルヴィアにタメ口をきいても何も言わない。
シルヴィアの息抜きには必要って判断されているらしい。
「このコーヒーを王都で広めたいんだ」
そう俺が言うと、シルヴィアは少々難しい顔をして、
「……正直に言っていい? 私も、フランセットちゃんと同じ、ミルクコーヒーの方が好きかもしれない」
と言った。
「そっか。やっぱりブラックコーヒーは飲みにくいか」
今思い付いたけど、もしかして、サブレ伯爵がコーヒーのプレゼンに失敗したのって、空きっ腹にいきなりブラックコーヒーを飲ませたからだったりして。
――コーヒーに合うお菓子と一緒に飲んでもらう方が、印象が良くなりそうだな。
前世のカフェにはケーキなどのメニューが充実しているところが多かったもんな。
だが、俺はコーヒーの横に置かれた簡素な焼き菓子を見て、顔をしかめた。
こっちの世界のお菓子は、砂糖と穀類の粉を練り固めた
――前世のお菓子を再現できればいいんだけどなぁ。
――あ、でも、記憶の中のお菓子を絵に描くことならできそうだ。
お菓子の絵と味、使ってそうな材料を伝えて、プロの料理人にレシピを再現してもらうことならできるかもしれない。
その日の夜、俺は思い出せるかぎりの地球のお菓子をスケッチブックに描いていった。
「意外と覚えているもんだなぁ」
チーズケーキやシュークリーム、シフォンケーキにフルーツタルトなど、コーヒーに合いそうなお菓子を次々と絵にしていく。
「フルーツ大福とかもいいかも♪」
描いていくうちに楽しくなって、十数枚のカラフルなお菓子の水彩画ができあがった。
「さて、次は説明か」
俺は<メモ帳>を開いて、お菓子の材料や味など、思い出せるかぎり書いていくことにした。
「……あれ?」
いつの間にか<メモ帳>には新しいページが追加されていた。開いてみると――。
《チーズケーキ
以下の比率で材料をそろえる。クリームチーズ5、バター1、砂糖2、生クリーム5、卵3……》
「え、レシピが出てる??」
どういうことだ?
お菓子の絵を描いたら、<メモ帳>にレシピが追加された。
――まさか、<神眼>の鑑定って、前世の物にも適用されるのか!?
人物画ばかり描いていたから気づかなかった。物も対象になるのか。
でも、今までも人物と一緒に小物類をけっこう描いてきたけど、鑑定が発動したことはなかったような……。<神眼>の対象は絵のメインで描いたものってことかな。
「なんにしろ、ものすごい能力だな」
これがあれば、漫画でよくある知識チートとかできるんじゃないか?
前世の科学文明をこっちで再現できたら、とんでもないことになるぞ。
俺はいったんお菓子のことはおいておいて、<神眼>能力を検証することにした。
前世にあった便利なもののイラストを、スケッチブックに描いていく。
だが――。
《スマートフォン
電話がかけられる。いろいろなアプリが使える》
《パソコン
個人用の小型のコンピュータ》
《自動車
四つの車輪をもち、エンジンの力でレールなしに走る車》
……だめだこりゃ。ハイテクすぎるものは無理なのか。
思い返してみると、今まで<メモ帳>に出てきた鑑定結果も、かなり粗い説明が多かった。料理のレシピくらいが、鑑定で手に入る情報の詳しさの限度なのかもしれない。
おそらく、自動車なども部品ごとに分けて描いて1つずつ情報を手に入れていけば、いずれ全容が分かるのだろう。だが、そもそも俺は自動車の全部の部品を正確に絵にできるほど覚えていない。
簡単なものなら鑑定できるけど、技術チートには限度があると考えておいた方がいいだろうな。
手軽にチートってわけにはいかないか。
でも、探せば俺にも再現できるものはありそうだ。ぼちぼち考えていこう。
ひとまず、レシピが手に入ると分かったお菓子やご飯などは、どんどん再現するようにチャレンジしていくことにした。
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