決着
それは奇しくも、レヴィントン公爵家主催のパーティーでのことだった。
「ようこそ、デュロン夫人、ラントペリーさん。楽しんでいってくださいね」
会場に入ると、シルヴィア様が声をかけてきた。彼女は夜会の主催者側として忙しく動いているようだ。クレマンもまだ公爵家の嫡子のままで、いつも通り広間の中央でリアーナといちゃついている。
俺がシルヴィア様にクレマンのことを伝えてからまだあまり日が経っていないから、表面的には今までと変わりなかった。
「アレン君、この間はありがとうね。娘のドレス、最高の仕上がりだったわ」
「私も今度のドレスはラントペリー商会さんで作ろうかしら」
「ありがとうございます。お待ちしております」
俺はデュロン夫人やマダムたちと商談交じりのお喋りをして過ごしていた。
そこへ突然、会場の中央から大声が響いてくる。
「またお前は、俺に指図するなと言ってるだろ!」
クレマンだ。となりにはリアーナもくっついている。
彼ら2人と向き合っているのは、シルヴィア様だった。
「この夜会のホストはあなたなのよ。来場してくださったお嬢様たちと一曲ずつダンスを踊るのがマナーだと教えたでしょ。それなのに、さっきからずっと同じ娘とばかり……」
うん。夜会に来た人全員、違和感を持っていたと思うよ。クレマンは自分の家が主催する夜会でもお客様気分で好き勝手に振舞っていたから。
「ふん。そんなことより、俺もお前に言いたいことがあったんだ。シルヴィア、貴様、リアーナに数々の嫌がらせをしたそうだな」
そう言って、クレマンはシルヴィア様を睨みつけた。
「嫌がらせ? 何のことよ」
「とぼけるな! リアーナから聞いているぞ。彼女の新しいドレスを汚して使えなくしたそうだな。そのせいでリアーナはずっと同じドレスで夜会に参加することになってしまったんだぞ」
クレマンがシルヴィア様を責め立てる。だが、最近の彼女はクレマンのやらかしの調査で忙しかったはずだ。リアーナに嫌がらせなどしている暇はなかっただろう。
「大方、子爵家の娘が新しいドレスを作れなかったことに下手な言い訳でもしたのでしょうね」
ボソリとデュロン夫人が呟く。
「でしょうね。以前あの小娘が分不相応な高級ドレスを着れていたのは、アレン君の婚約者だったからですものね」
となりのマダムも便乗して、小声でリアーナの悪口を囁き合っていた。
「身に覚えがないわ。何言ってるの、あなた」
シルヴィア様が困惑した様子を見せるのに、
「嘘をつくな! リアーナが泣いて俺に告白してきたんだぞ!」
と、クレマンは頭ごなしに彼女を怒鳴りつけた。
何だコイツ。リアーナの嘘にコロッと騙されやがって。
……でも何かこの会話、デジャヴを感じるような……。
「クレマン、大声を出さないで。お客様が驚いているわ」
シルヴィア様が常識的にたしなめる。だが、クレマンは止まらない。
「うるさい! シルヴィア・レヴィントン、貴様との婚約を破棄する!!」
ええぇぇぇっ!???
周囲の貴族たちが皆一様に目を
突然何を言い出すんだコイツは。
「貴様のような身分を笠に着た嫌味な女と結婚する気はない。お前がいなくとも、俺は前公爵の孫だ。継承に問題はない。そうだというのに、お前は自分勝手に公爵家を牛耳ろうとして……」
クレマンの奴、公衆の面前でとんでもないことを言い出したな。
周りはびっくりして戸惑うばかりだった。
そこへ、レヴィントン家の使用人が駆け寄り、シルヴィア様に一通の封筒を渡した。彼女はその場で封筒の中身にサッと目を通す。そして、
「……分かったわ。婚約破棄、受け入れるわ」
と、淡々とクレマンの要求を受け入れてしまった。
周囲のざわめきがより一層大きくなる。
「これで、私とあなたの間には何の関係もなくなったわね」
シルヴィア様は堂々と言い切った。それから――。
「……ここまで騒ぎになったのだもの。この場で処理してしまうことにするわ。今、正式な結果が届いたの。でも、お互いに目立って得なことはないから、後でこっそり話してあげるつもりだったのに」
と続けて、意味深にほほ笑んだ。
「何?」
「クレマンさん、あなたにはレヴィントン公爵家の血は一滴も流れてないわ。先日、健康診断と称して医者があなたの血を少し抜いたでしょう? あれに血統鑑定魔法をかけたのよ」
シルヴィア様が先ほど受け取った手紙の中身をクレマンに突き出す。そこには奴がレヴィントン公爵家と無関係だという証拠があった。
「なっ!? ふざけるな! ……そんな紙を偽造して、くだらない陰謀を……」
驚いたクレマンは、シルヴィア様から紙を奪い取り、ぐしゃぐしゃにして床に投げ捨ててしまった。
「嘘だと思うなら、今度は皆の前で血を抜いて検査してみる? 結果は同じだろうけど」
シルヴィア様は平然とした様子で、
「あなたが生まれたときの血統鑑定書を書いた教会術士は、横領ですでに破門されているわ。そんな者が書いた書類に信用性はない。だから、再検査させてもらったのよ」
と続けた。
ざわめく来場客たちは、一斉にクレマンに疑惑の視線を向けだした。
「そう言われてみれば、クレマン公子は現レヴィントン公爵にもシルヴィア様にも、全く似ていませんね」
「魔力の強さは貴族ゆずりのように見えましたけど、使える魔法系統がレヴィントン家と合わなかったそうですよ」
「どこかの貴族の私生児なのかもしれないが、まあ、レヴィントン家の格には合わない奴だったな」
ささやき合う人々は、クレマンがレヴィントン家と繋がらない理由をたやすく見つけ出していった。
「でたらめを言うな! 俺の父はレヴィントン公爵の弟だ。お前たちに家を追い出されて苦労はしたが、その事実は変わらない!!」
クレマンが絶叫する。
奴は怒りのままに、以前俺にも放った風魔法をシルヴィア様に向けた。
「危ないっ!」
だが、奴の魔法はシルヴィア様の結界魔法によって全て打ち消された。
「お粗末な魔法ね。武門のレヴィントン家のものじゃないわ。パーティーに無関係の狼藉者が紛れ込んでいたようね。つまみ出して!」
クレマンは公爵家の護衛の者たちによって拘束された。
「そうそう。あなた、公爵家の嫡子だと偽って、各所でずいぶんと乱暴狼藉をしていたそうじゃない。公爵家の落ち度もあるから、被害者には私からも謝罪するけど、あなたのことは遠慮なく訴え出るように伝えるつもりよ。逃亡しないように拘束しておいた方がいいかしら。連れて行って」
「な……放せっ。クソっ……」
クレマンは公爵家の者たちに連行されて、そのまま公爵令嬢への暴行の現行犯で王国の牢に入れられることになった。
「え……なんで……なんで……」
後にはクレマンのコバンザメをしていたリアーナだけが残された。
会場の外に連れ出されるクレマンを見送ると、人々の視線は一瞬、ポツンと残されたリアーナに集中した。
彼女はそれに耐えかねて顔を覆うと、猛ダッシュで会場の外へと逃げ出した。そのまま、彼女が戻ってくることはなかった。
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