彼女の笑顔を描きたくて2
「どうかなさったの?」
急にギョッとした顔になった俺を、不思議そうにシルヴィア様が見つめる。
「あ……あの、クレマン様というのは、どういう方なのでしょうか?」
「え?」
ヤバい、衝撃から前置きもなく質問してしまった。
「失礼しました。我が家は東の国からやって参りました商人ですので、王国の貴族について細かいところまでは疎く、気になってしまいまして……」
俺は何とか言い訳を捻りだして誤魔化した。
「そうなのね。まあ、察しの通り私の悩みの種はクレマンよ。あなたに話してみるのもいいかもしれないわね」
シルヴィア様がそう言うと、真剣な話になることを母が察して、
「フランセット、そろそろおやつにしましょうか」
と、妹を連れて部屋を出て行った。
部屋にはシルヴィア様の連れてきた侍女と、俺だけになる。
侍女の人はさっきからずっと壁に張り付いていて無言だ。
「それじゃあ、話を続けるわね。――クレマンは、父の弟の息子、私の
「従兄弟……」
意外と血が近かったんだな。クレマンとシルヴィア様は全く似てないけど。
「家の恥になるから、あまり広めたくはないのだけど、叔父様は昔、娼婦に惚れてしまって、駆け落ちして家を出たの」
「なんと……」
「醜聞にはなるけれど、叔父様はその元娼婦と婚姻届を出しているから、クレマンは手続き的には叔父様の息子として問題ないの。出生時の血統鑑定証もあるし」
「鑑定証……」
こちらの世界の科学技術は未熟だけど、代わりに魔法がある。新生児は教会に届けられるとき、教会独自の血統鑑定魔法で両親を確定させることができた。
だが、俺の<神眼>によると、クレマンは偽りの後継者だ。そうだとすると、彼はレヴィントン公爵家の血を引いていないことになる。遺産目当てで別人が成り代わったか、赤子の時点で取り違えが起きたか、そもそも鑑定証が偽造されていたか……。何かが起きたことは確かだ。調べてみた方がいいだろう。
「クレマン様のご両親は、ご健在なのですか?」
一番事情を知っているのは、クレマンの両親だよな。
「いえ。叔父様はすでに亡くなっているわ。母親の方は存命で、別邸でクレマンと一緒に暮らしているけれど」
「そうなのですね。――すみません、根掘り葉掘り聞いて」
「いいのよ。あなたはクレマンに婚約者を奪われたのだもの。加害者について知りたくなるのも分かるわ」
そうシルヴィア様に言われて、俺はつい、
「そうですね。あの風魔法は衝撃でした」
と、うっかり口を滑らせてしまった。
「……風魔法? ちょっと、どういうこと!?」
シルヴィア様の目の色が変わる。
あっ!
あの日の夜会にシルヴィア様は参加していなかった。
だから、彼女が把握していたのは、クレマンとリアーナの浮気までだ。俺が大怪我した事件は、あのパーティー会場でもみ消されて、クレマンが犯人だとは外に漏れていなかった。
「いえ……婚約者に近づくクレマン様に、俺が抗議して、無礼打ちに……」
俺の言葉にシルヴィア様の顔が真っ青になる。
「ごめんなさい」
と、彼女は顔を覆って謝罪を口にした。
「い……いえ。やったのはクレマン公子です。お嬢様が悪いわけじゃ……」
俺は必死になって止めるが、
「よく考えれば分かることだったわ。彼が酷い乱暴者なこと、私は知っていた。それなのに、私、家を守るためだなんて思って――」
シルヴィア様は深刻な顔でブツブツとつぶやきながら考え事を始めた。
「……大至急、調べなきゃいけないことができたわ。あなたに正式な謝罪をするためにも、ちゃんと調査する。今日はこれでお
「はい」
「ごめんなさいね。私、もっとしっかりする」
シルヴィア様は決意を秘めた目をしていた。
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