社交界への伝手
デュロン伯爵の劇場で銅版画の販売が始まると、俺は様子を見にときどき劇場へ足を運ぶようになった。
「ちゃんと現場を見て、何が売れてるか確認しておかなきゃね」
劇場のエントランスには、物販スペースが作られ、長蛇の列ができていた。
通りに面した販売ブースも作られ、驚いたことに、舞台を見ずにグッズだけ買う人までいた。
「……大盛況だなぁ」
コレクターができて、役者絵を全部集めたがる人もいるらしい。新作が1番売れている他、売り切れた版画の再販も要望されているとか。
……嬉しいねぇ。
「いらっしゃい。今日はゆっくりしていってね」
ボックス席に座って上演を待っていると、デュロン夫人が俺に声をかけに来てくれた。
「おじゃましております。版画が売れているようで何よりです」
「えぇ。お蔭さまで、舞台にかけられる予算が増えたわ。ありがとう」
「こちらこそ。ラントペリー商会に販売を任せていただき、ありがとうございます。物販について、何か気になることはございませんか?」
アフターケアも大事だからね。お客さんの要望を聞いて、次の商品に活かさなきゃ。
「あなたのサイン入りの版画が欲しいって人がいたわね。それと、高くていいから、原画を売ってくれって」
「かしこまりました。準備しておきます」
版画にする前のイラストか。取っておいてよかったなぁ。
「それと、油絵が手に入らないかって相談が来たわ。以前にあなたがうちの女優をモデルに雇って描いたのを、ラントペリー商会で売ったんでしょ。それを聞きつけた人がいるみたい」
「油絵ですか。では、良いのが描けたらお持ちしますね」
「えぇ。よろしく」
デュロン夫人は上機嫌にほほ笑んでいた。
物販のお金が入って、次の舞台は予算をかけたものが作れるそうで、張り切っているみたいだ。
「あなたって、まだ若いけど、夫の次に良い男だと思うわ」
「へ? ありがとうございます」
「あなたには感謝してるのよ。――どう? もうすぐ王家の離宮を貸し切ったパーティーが開かれるんだけど、私のパートナーとして出ない?」
それは、俺たちラントペリー商会が今一番欲している提案だった。
「……いいんですか?」
伯爵夫人と一緒に大きな夜会に出席し、貴族にコネを作ってラントペリー商会の高級商品をアピールする。当初、サンテール子爵令嬢と婚約して行うつもりだった計画を再開できる。
「ありがとうございます! 恩に着ます」
俺はデュロン夫人に向かって深く頭を下げた。
「うふふ、お互い様よ。今後も良い絵を描いて劇場の収入を増やしてね」
「はい! 任せてください」
俺は元気よく答えた。
「――ところで、分かってる? あなた、私と一緒に夜会に行くってことは、貴族たちの目に、あなたは私の若いツバメ、愛人ってことになるのよ」
何だって!?
「あ……えっと……デュロン夫人こそ、大丈夫なのですか? 変なスキャンダルになったりは……」
「貴族社会は、跡取り息子を産んだ後の女の行動には甘いのよ。子どもさえ産んでしまえば後は自由とばかりに、不倫ばっかりしている奥様もいるわ」
「うっ……そうでしたね」
デュロン夫人は扇を口元に充てて、俺をジッと見つめた。
「うふふ。残念だけど、私は夫一筋だから、形式だけよ。でも、表向きはしばらく私の愛人ってことでいいなら、ラントペリー商会が社交界で動くのを手伝ってあげるわ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
話の分かる綺麗なお姉様万歳!
これで高級ドレスの営業ができるぞ。
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