男系相続

 王都にある離宮の一つで開催されたダンスパーティーに、俺はデュロン伯爵夫人と参加した。


「デュロン夫人、そのドレス、何て素敵な……」


 ワイン片手にデュロン夫人とお喋りしていると、夫人の知り合いらしいマダムが2人、話しかけてきた。


「さすがデュロン様ですわ」


 デュロン夫人は貴族の間でもセンスの良さに定評があったらしい。手がけた舞台をあれだけヒットさせられる人だ。当然か。


「ふふ。これはね、今日一緒に来ている、ラントペリー商会のアレン君からプレゼントされたのよ」


 俺と組んでいた腕にギュッとくっついて、デュロン夫人が答える。

 東の国の特産品である最高級の絹を使ったドレスは、ラントペリー商会のイチ押し商品だ。


「まあ」

「でも、ラントペリー商会?」


 と、マダムたちは少し戸惑った様子で俺を見た。


「……それって、サンテール子爵家と婚約解消した……」


 俺とリアーナの婚約解消は、噂好きの社交界にすぐに知れ渡っていた。解消の直前に俺が大怪我したことも伝わっているから、トラブルがあったことは明白だ。きっと、あることないこと色々と言われていただろう。


「彼、うちの劇場の絵も手掛ける、天才画家なのよ。彼の魅力は、子どもには勿体なかったから、私がとっちゃった」

「まあっ!」

「そうだったの!?」


 デュロン夫人はケロっとした顔で、俺の婚約解消にぶっ飛んだ理由を付けてしまった。

 しかし、生意気な小娘からベテランマダムが男を奪うという構図がウケたのか、貴族女性たちは大盛り上がりだった。

 デュロン夫人、ありがとうございますっ!!


「そうね。あの増長した娘が相手じゃ、素敵な婚約者も逃げてしまうわよね」


 マダムたちはデュロン夫人の作った言い訳を本当に信じたわけではないのだろうけど、もともとリアーナに対する好感度が低かったらしい。うんうんと頷いていた。


「あの子は今日も、会場のど真ん中で踊っているわね」


 冷えた声で、マダムの一人がホールの中央に視線を向けた。そこにいたのは、俺の元婚約者。彼女のダンスの相手は、オートモード中の俺を殺害した男、レヴィントン公爵家のクレマンだった。

 リアーナはパーティー会場の一番目立つ位置で、クレマンとダンスを踊っていた。


「クレマン公子にも婚約者がいたはずですけど……」

「ほんと、シルヴィア様もお気の毒ね」


 シルヴィア様というのは、クレマンの婚約者の名前だ。俺と同い年の18歳の公爵令嬢。


「えっと、そのシルヴィア様もこの会場に来ているんですか? それってマズいんじゃ……」


 さっきからずっと、クレマンのダンスの相手はリアーナだ。2人だけで恋人のように踊り続けている。婚約者のいる場でだ。

 良くない状況に俺が気づくのとほぼ同時に、実際に問題が起きた。


「いい加減にして。あなた、いつまで私の婚約者と踊っている気?」


 公爵令嬢シルヴィア様がリアーナに噛みついたのだ。

 周囲がざわつきだす。


「クレマン、あなたもあなたよ。そんな小娘とばかり踊って、以前にお世話になった家のご令嬢に挨拶にも行けていないでしょ」


 公爵令嬢に説教をされて、浮気男クレマンの顔が苦々しく歪む。


「……うるさい。俺に指図するな」

「あなたねぇ。公爵家に入るのだから、少しは考えて行動して。ふってわいた財力と権力に浮かれているだけじゃだめなのよ」

「うるさい、うるさい!」


 突然、公爵令嬢と公子の喧嘩が始まって、周囲が戸惑っている。

 言っていることはまともそうだけど、令嬢の方も結構アレな人だなぁ。こんなところで身分の高い2人に喧嘩をされて、この会の主催者はたまったものじゃないだろう。


「俺の行動は俺が決める。俺には、お前やお前の家の者の言うことに従う必要なんかないんだ! 別に俺はお前と結婚しなくても公爵家を継げる。お前こそ、結婚してほしければもう少し慎ましくしてろ!」


 怒鳴り散らすクレマンの声がホール中に響き渡る。

 エントランスで来訪者に挨拶していた主催者が、何事かと戻ってきている姿が見えた。

 あーあ。酷い状況だな。


「……ところで、シルヴィア様はレヴィントン公爵のご息女、クレマン公子はその婚約者ですよね。シルヴィア様と結婚しなくともクレマン公子がレヴィントン公爵家を継げるというのは、どういうことなのでしょう?」


 クレマンは公爵家の婿養子じゃないのか?

 俺が疑問を口にすると、近くにいたマダムたちが説明してくれた。


「レヴィントン公爵家の相続条件が特殊なのよ」

「男系相続っていうの。そのせいで、継承者の確保が大変なのよね」


 男系相続? 男しか公爵になれないっていうのとは、違うのか?


「男系相続というのはね、男性のみの系統で継承権を付与する制度なの。女系が除外されるから、公爵家の娘――この場合はシルヴィア様が男の子を産んだとしても、その子には公爵家の継承権がないってこと。公爵家を継ぐ系統を続けるには、クレマン公子の血が必要ってわけ」

「ふむ……」


 レヴィントン公爵には一人娘のシルヴィア様がいるけれど、彼女は女系になるので公爵家を継ぐことができず、血をさかのぼって平民になっていたクレマンに継承権がいってしまったってことか。


「……うちの国の王様って、女王陛下ですよね。なんで公爵家にだけそんなややこしい制度が……」

「女系を認めると、嫁入りした家の息子に継承権が行って、乗っ取りみたいなことができちゃうでしょ。それでモメて、200年くらい前の国王陛下が、一部の有力貴族に男系相続を課したらしいわ」

「なるほど」


 そのひずみが、今出ているわけか。


「現レヴィントン公爵は平民の男ではなく、公爵家で育った娘に家を継ぐ上での知識を与え、彼女を公爵夫人にすることで、レヴィントン公爵家を維持しようと考えていたみたいね」

「でも、この様子を見ると、うまくいってないわね」

「クレマン公子はシルヴィア様に反発しちゃうみたい」

「しょうがないかなって思う面もあるけど、クレマン公子の評判もあまり良くないのよねぇ」


 クレマンは俺の婚約者を寝取った挙句、俺を殺そうとしたんだ。評判が良くないどころじゃねー、とんでもヤローだ。……ウチが王都で売り込み中の商会でなかったら、悪評を流しまくってやったぞ。


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