妹と遊ぼう1

 デュロン劇場で販売する版画の元絵を描くのには、アプリで獲得した<緻密な描写力>のスキルが大いに役立った。俺はある程度観察すれば、自由にその対象を描けるようになるのだ。


 劇場の舞台を見て、楽屋で役者たちの似顔絵を一度スケッチブックに描くと、後は、家でモデルなしで作業しても、舞台に立つ彼らのイラストを正確に仕上げることができた。

 それで、取材を済ませると、俺は家にこもって大量の元絵を描くことにした。


 作業をしていると、アトリエのドアが開いて、妹が部屋に入ってきた。


「フランセット、どうしたの?」


 8歳の妹は、部屋に入るなり俺の肩にペタリと張り付いて、描いていたイラストをのぞきこんだ。


「ずーっとアトリエに引きこもってるから、顔を見に来たの」


 ふわふわとした妹の髪が、俺の頬に触れる。

 フランセットはスキンシップが激しい。前世で兄しかいなかった俺にとって、小さな女の子にペタペタ触られるのはなかなか気になることだ。……嫌ではないけどねっ!

 絵を見つめるフランセットは、ぷくりと頬をふくらませた。


「最近、きれいな女の人ばっかり描いてる」

「劇場の女優さんの絵を描いているんだ。これも仕事なんだよ」

「知らない大人の女の人の絵ばっかり。イヤっ!」


 妹がぷりぷりと怒りだした。

 しばらく構ってあげなかったから……。


 機嫌の悪そうな顔を作った妹は、俺にくっつくのをやめて、アトリエの中を歩き回った。そして、机の上に置かれた何枚ものイラストに気づいて、1つずつ、興味深そうに見ていった。


「すごいねぇ。前と描き方がちがう。線だけで描いてるんだね」


 フランセットが見ている絵は、前世のペン入れ済みの漫画のようなイラストだった。実際、アナログ漫画で使うペン先のような道具で描いていて、筆で塗りつぶすようにしていた油絵とは、かなり違う感じだ。


「気に入ったなら、同じタッチで、フランセットの絵も描こうか?」

「本当!? 描いて描いて」


 ご機嫌取りに提案すると、妹は喜んでのってきた。

 俺は新しい紙を用意して、フランセットに向き合った。

 描きなれた線画で、毎日顔を合わせている妹のイラストは、すぐに完成した。


「できたよ。ほら」


 まだ少しインクの湿った絵をフランセットに渡す。


「うわぁ。こんな風になるんだ。油絵より好きかも」


 妹はさっきまで怒っていたことも忘れて、満面の笑みを浮かべた。


 ――そういえば、同じ人物でも新しい絵を描くと、新たな情報が追加されることがあるんだよなぁ。


 俺は何となく思い出して、<メモ帳>を開いてみた。


《フランセット・ラントペリー 8歳

 もうすぐ地域のイベントで、子どもが手作りした作品の展示会がある。そこに出す品がうまくできずに困っている》


 おや。

 妹にも悩みがあるようだ。話を聞いておこうか。


「もうすぐ建国祭だね。いろいろとイベントがあるし、楽しみだね」


 それとなく話題を振ってみると、妹は急にしょんぼりした顔になった。


「だめ。私、ししゅうが下手なの」


 刺繍?

 話が飛ぶなぁ。


「何で刺繍しないといけないの?」

「お祭りの日に、自分で手作りしたものが飾られるの。そこに出すの」

「ああ、そうだったね。俺も子どものときに出してたよ。俺は絵を展示してもらってたかなぁ」


 オートモードの俺の絵は意味不明な抽象画ばかりだったけど、まあ、あんなもの、出していれば何でもいいもんなぁ。


「出来にこだわらなくても、適当に何でも出したらいいんじゃない? それとも、誰かに何か言われるの?」


 俺の妹にケチをつける馬鹿は俺が許さんぞ。


「……自分で見ればわかるもん。去年は、ししゅうの上手な子のとなりに私のししゅうが置かれて、恥ずかしかった」


 フランセットがうつむいた。

 誰に何も言われなくても、自分が気になっちゃうパターンか。


「私のししゅう、ちょっと見てくれない?」


 フランセットはそう言うと、アトリエを飛び出していった。

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