転生トラブルとお詫びのスキル

 夢の中で、俺は赤ん坊になっていた。

 生まれた直後からの人生が、オートモードの早送りで進んでいく。

 まるで、寝る前に設定したゲームアプリ通りに本当に転生したみたいだった。


 俺の生まれ変わり先は、魔法やモンスターが存在する異世界の、とある平和な王国の、裕福な商人の家だった。

 父親は富裕層向けに手広く商売をしている商会のトップで、俺はその長男。下に、妹が一人いた。


 幽体離脱したかのように背後に浮かぶ俺の意識の前で、俺の身体は赤ちゃんから早送りに成長していった。

 すくすくと育った俺は、黒髪黒目のひょろっとした少年になった。地球人の俺の十代の頃に似ている。昔の俺をイケメン寄りに修正したらこんな感じになるかもって容姿だ。


 そんな俺が16歳のとき、父親が俺に婚約者を見つけてきた。

 相手は子爵家のご令嬢、政略結婚だ。

 子爵令嬢の家は金銭を必要とし、俺の家は貴族に商品を売り込む伝手を求めていた。相互に利益を得られる、家のための契約だ。

 現代日本人の感覚からすると、「子どもの気持ちも考えろ」と言いたくなるが、こっちの世界ではこれが普通のようだ。オートモードの俺も納得して受け入れていた。


 そんなだから、俺と婚約者の間には愛も恋もなかった。オートモードの俺は感情の起伏に乏しく、無難な行動を取り続ける。爵位の無い俺の家を見下す婚約者に当たらず障らずの態度でいる内に、相手はどんどん増長していった。

 俺の婚約者は高飛車で高慢、爵位を持たない俺の家を馬鹿にする嫌な女だった。もし、オートモードでなく俺自身が行動していたなら、父に抗議して婚約を考え直してもらっていたかもしれない。いくら貴族の伝手が欲しいからといって、あんな女を身内に引き込んだら、ろくなことにならない気がした。


 そして、俺の18歳の誕生日が間近になったある日の夜会で、案の定、事件が起きた。


 婚約者と一緒に参加した、華やかな上流階級の宴。来場客と話をしている内に、俺は彼女の姿を見失っていた。

 給仕から彼女が休憩室に行ったことを聞いた俺は、そろそろ帰ろうかと彼女を迎えに行った。


 人通りの少ない廊下を歩いて休憩室の扉を開くと、そこには肌を露出して甘い息を吐く婚約者がいた。彼女に覆いかぶさる男は、商家の生まれである俺が一目で分かる最高級の生地と仕立てのスーツを着ていた。


 オートモード中の俺は音を立てて扉を大きく開き、取り乱した大声で中の2人に抗議した。

 だが、相手が悪い。

 見るからに高位貴族だった浮気男は、無礼討ちだとばかりに、躊躇ちゅうちょなく俺を攻撃してきた。


 浮気男の放った風魔法に切り刻まれて、俺の身体から見たことのない量の血が噴き出す。

 失血のショックで意識を失い、そのまま――俺は息を引き取った。


 ………………

 …………

 ……





 ――って、


「なんでやねん!!!」


 ガバリとベッドから上体を起こす。

 思わず古典的なツッコミが口から出ていた。

 酷い夢だった。というか、夢の中でこんなトンデモ展開を作り出した自分の頭が信じられない。


 ……って、あれ?

 見開いた目に飛び込んできたのは、独身の俺の家のベッドとは思えない真っ白なシーツ。

 優雅に花まで飾られた広い部屋。


「ここ、うちじゃないぞ?」


 変な夢を見て目覚めたと思ったのに、まだ夢の続きなのだろうか。


 自分の手を握ったり開いたりしてみる。

 さっきまでと違って、身体が自由に動いた。


「本当に……転生!?」


 あのゲームアプリの通りなら、今の俺は18歳の画家チートキャラだ。


「でも、さっき死んでなかったっけ?」


 不思議に思いながら部屋の中を見まわすと、ベッドサイドテーブルに1通の手紙が置いてあった。


『運営より 不具合の発生とお詫びについて』


 封筒を開けると、ふいに、中の手紙は光の粒子となって消え、目の前にタブレット端末のようなデジタルな画面が現れた。


《不具合の発生とお詫びについて


 転生移行中にオートモードAIの判断ミスで死亡事故が発生し、ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした。

 現在は蘇生により問題は解決しております。

 トラブルのお詫びとして、以下の2つの能力を無償配布いたしました。


・メモ帳(この画面のことです。ご自身で取得した情報を保存することができます)

・神眼(絵に描いた対象の情報を読み取る鑑定能力です。対象をしっかりそれと分かるように描くと発動します。鑑定結果は上記のメモ帳に記入されます)


 なお、今回の件に関するお問い合わせはお控えくださるようお願いいたします》


「……なんじゃこりゃ」


 障害が起きたけど補償の能力やるから文句言うなって、慇懃無礼いんぎんぶれいなゲーム運営だなぁ。


 ――しかし、夢だとしたら本当にリアルな異世界だ。


 俺は運営からもらった<メモ帳>という能力を試しに使ってみた。

 俺の意識に合わせて、目の前に<メモ帳>の画面が現れたり消えたりする。それだけで、地球には存在しない魔法だった。

 頭の中で文を作ると、メモ帳に日記のようなものをつけることもできた。記憶力の悪い俺には便利な能力かもしれない。


 もう一つの、<神眼>という鑑定能力はどうだろう?

 説明によると、モデルのある絵を描いたときに発動する能力のようだ。

 試すには絵を描かないといけない。


 ――絵、描きたいなぁ。


 そのために変なゲームアプリにだまされて、奇妙な世界に迷い込んだんだ。

 ゲームで設定した通りの画力を手に入れているのなら、いち早く絵を描いて試してみたい。


 俺がそんなことを考えていたとき、部屋の扉がノックされ、誰かが部屋に入ってきた。


「……アレン様?」


 俺の姿を見た相手は目を大きく見開いた。


「アレン様、目覚められたのですね!!」


 メイド服を着た若い女性が俺に駆け寄ってくる。

 生き別れの弟にでも会ったかのように、彼女は目に涙を浮かべていた。


「大げさじゃない? エイミー」


 転生早送り中に植え付けられた記憶から、彼女の名前を思い出す。エイミーは、俺の実家であるラントペリー家で働くメイドだ。

 アレン・ラントペリーというのが、この世界での俺の名前だった。


「だって……アレン様は大怪我をなさって、3日も眠っておられたのですよ。優秀な治癒魔術師の先生に傷は治していただけましたが、意識が戻らないままで……」


 説明しながらエイミーはハンカチで自分の目頭を拭っていた。相当心配をかけたようだ。


 あの夜会から3日。ってことはもしかして――。


「今日って俺の誕生日だったりする?」

「は……はい。そうですね、運命的な目覚めですね」


 なるほど。きっちり18歳からスタートってことか。

 事件の処理はどうなっているんだろう?


「俺がパーティー会場で倒れた後、どうなったんだ?」

「物音を聞きつけて、警備の者がアレン様を発見し、すぐに治癒魔術師様のところに運ばれました」

「そうか。俺を攻撃した相手については?」

「それが……誰も犯人のことを教えてくださらなかったのです」


 エイミーの表情が暗くなる。

 あのとき俺が見たのはかなりの上位貴族だった。

 騒ぎの中で犯人が誰にも気づかれずに現場を後にできたとは思えないが、権力者に睨まれることを恐れて、証言が出てこないのかもしれない。


「わかった。――父さんと母さんはどうしてる?」

「すぐにお呼びします!」


 そう言うと、エイミーはパタパタと駆けるように部屋を出て行った。


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