異世界で天才画家になってみた

八華

第1章 もしも神絵が描けたなら

謎のゲームアプリ

 絵を描くことが好きだった。

 才能はなかったけど。


 学生時代のノートは落書きだらけ。イラスト投稿用のSNSアカウントも作っていた。

 描くだけでなく、好きな漫画家さんやイラストレータさんの作品を眺めているだけで幸せだった。


 でも、絵を仕事にするのは無理だった。

 俺の絵は、SNSに流れてくる多くの絵師たちの作品よりはるかに劣るもので、どんなに描き方の勉強をしても、資料を集めても、エロ絵に走っても、もらえるいいね!の数は2桁が限度だった。


 中途半端な才能すらなかった俺は、おかげで大学を卒業をする頃にはスパッと夢を諦めて、普通に就職することができた。

 自分で描かなくなった後もネットを巡回して神絵のコレクションを増やし、それはそれで楽しくやれていたと思う。


 でも、やっぱりどこかにくすぶる気持ちはあったんだと思う。――ネットで見かけた怪しげな記事を、うっかりクリックしてしまうくらいには。


「自分の人生に不満を持つ人へのライフハック?」


 めずらしく仕事が早くおわった金曜日の油断。

 自宅でスマホ片手にくつろいでいたら、怪しい広告を発見し、冷やかしにページを開いてしまった。


「なになに……『現実とは別の世界で、望む能力を得て活躍する自分をイメージしてみましょう。そうすれば、あなたの本当の気持ちに向き合えるかもしれません』とな」


 記事には天空の城や光る植物など、ファンタジー世界を描いたイラストが何枚か添えられていた。


「あ~、これ、詐欺っぽいセミナーの勧誘じゃなくて、ゲームの広告だったのか」


 まんまと釣られたわけだけど、その背景イラストは俺好みだった。


 ――無料のアプリをダウンロードして試してみるくらいなら、いいかな。


 俺は記事の下のリンクをクリックして、スマホにそのゲームアプリをインストールした。


「起動……キャラメイキング。『なりたい職業を選んでください?』……うーん、別に、黒魔導士にも戦士にもなりたくないよ。こんなところにイラストレーターなんて選択肢があるわけ……あった!?」


 なんだこれ?

 選択肢に、画家、彫刻家、建築家とかあるぞ。

 ちょっと面白そうだな。

 どういうゲームなんだろ……なりたい職業で理想のスローライフを楽しむような、ほのぼの系かな。


「ジョブを画家にして……次は、『キャラクターの能力を選んでください(残ポイント100)』か」


 スローライフでスキル制のゲームなのか。


「ものすごい量のスキル……検索で絞り込みっと。ポイント100を消費しきるまで好きなスキルを選べるみたいだな。妄想がはかどるぜ」


 いつしか夢中になっていた俺は、最強チート画家キャラを目指してスキルを選んでいった。


「よし! これでどうだ?」


 俺の選んだスキルは――。


・神に与えられたセンス(あらゆるデザインや選択でセンスの良さを発揮する)

・緻密な描写力(一定距離と時間で観察したものは必ず正確に描写できる。想像上のものもリアルに描ける)

・弘法は筆を選ばず(平面に描くものなら何にでも対応できる。扱いにくい顔料の成分なども自在に操れる)


 ――うん。とってもチートだな。


「でも、ポイントが15ほど余ったな。あれ? 下の方にまだポイントを使う設定があるぞ。『生まれ変わる世界を選んでください』だって?」


 どういうことだ?

 ゲームで生まれ変わる世界って言ったら、サーバーの選択のことだろうけど、それにしては選択肢が変だ。「争いの絶えない世界」とか、「英雄を必要とする世界」とか、「比較的平和な世界」とか。……もっと細かい指定もできるようだけど、具体的になるほどポイントが高くなっていた。


「まあ、画家をやるなら『比較的平和な世界(ランダム)』だろうな。5ポイントで選べるし」


 さらに下には、生まれ変わる身分の設定もあった。


「貧乏すぎると、才能はあっても絵を描く機会がないかもしれない。時代によっては紙が超貴重なものだし」


 それならと、俺は「裕福な家の生まれ(ランダム)」を残りの10ポイントで選んだ。


「これで完了」


 アプリの決定ボタンを押すと、画面が切り替わり、1つのメッセージウィンドウが現れた。


《大人の意識を持ったまま赤子に転生するのには苦痛を伴います。子ども時代を早送りして成人(18歳)からスタートすることができます。実行しますか? はい/いいえ》


 ……本当に転生するみたいな書き方だな。

 うーん、よくある転生モノの漫画を参考にするなら、10歳前後からスタートするのが良さそうなんだけど。大人の心を持って新生児をやるのが苦痛なのはなんとなく分かるし、0~10歳まで早送りとかはできないのかな。

 画面の端にあったヘルプの「?」アイコンをクリックすると、スタート時の年齢を指定するにはポイントが必要なのだと教えてくれた。


 まあ、いいや。このまま「はい」を押そう。しょせん無料体験のゲームだし、すぐに絵を描ける状態ならそれでいいや。


《準備が整いました。転生を実行します》


 そのメッセージを読んだ瞬間、俺は急激な眠気に襲われて意識を失った。



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