第10話 見知らぬ、天井

「知らない天井だ」


 あたりを見渡す。テントの中には現在俺が寝ているのを含め、簡易ベッドが二つ並んでいる。兵士達が使っていたものだろう。入口の方からは光が漏れ、現在夜ではないことは確認できる。あれからどのくらい意識を失っていたのだろう。


 体を動かそうとすると、骨が痛む。おもわず「ツッ」と声が漏れる。右の手を動かそうとしたとき、誰かがそこにいると気が付いた。何とか上半身を起こし確認する。

 アリアが俺の手を握りながら椅子に座り、口を開けながらスヤスヤと寝ていた。

「こいつ静かにしてれば、貴族のお嬢様だし美人なんだけどな」


 入口の布が開かれ、光が一気に差し込む。急に明るさが変わった為、俺は目を細める。

「あ、気が付いたです」

 ソフィアが、軽食を持ち、こちらへ歩いてきた。アリアはまだ寝ている。

「俺、どのくらい寝てた?」

「丸一日です。その間、ずっとアリアさんが側にいたです」

 ドラゴン相手に戦ったのだ。骨が痛むだけで済んでいるのは、俺が寝ている間もアリアが回復魔法をかけてくれたおかげだろう。彼女だって、ドラゴンの攻撃を跳ね返したのだ。俺と同じように寝ていてもおかしくないのに。


「そうか、感謝しないとな」

「とても心配そうにしていたです。お二人は結婚してるです?」

「―――って、え、何言ってんだ。してない!」

 不意なキラー質問にまごつき、自分でも気持ち悪い話し方であったと分かる。

「そうです?私はお似合いだと思うです。じゃあ付き合ってるです?」

「付き合ってもいない!」

 エルフはなんでもかんでも、そういう考えに繋げるのか―――?

「アリアは大切な俺の仲間だ」


「ソフィアにはそうは見えないです。……特にアリアさんは」

 ソフィアは手に持っていた軽食をテーブルに置き、俺の反対を向いて小さな声で話した。

「なんて言った、もごもご話すな。聞こえないぞ」

 ベットから、半身を乗り出す。


「なんの話をしているんですか」

 ねぼけた様子でアリアは体を起こした。今の会話聞かれてないだろな。

「えっと、アリアさんと……」

 俺は立ち上がり、急いでソフィアの口を閉ざす。もごもごと何か言っているがかき消すように俺は声を出した。

「なんでもない」

「顔赤いですよ。どうかしましたか?」

 アリアのその言葉で、さらに血液が顔に上る。

「ソフィアが病み上がりの俺を、急に立ち上がらせたからだ。少しは労わってくれ」

 ソフィアは、口を押えている俺の腕を振りほどき、こちらを向いた。

「ハルさんが勝手に暴れているだけです」


「ったく、で俺が寝ている間何かあったかアリア」

 小声でソフィアが「話変えたです…」と言ったが無視をする。

「ドラゴンを倒した後、ハルさんを含め負傷人はたくさんいました。近くに野営をし、現在も手当てをしています」


「そうか……何人犠牲になった?」

 俺たちが到着した頃には、すでに戦闘から数分立っていた。勇者として冒険していたからわかる。魔族と戦うことは命懸けだ。すべてが上手くいくはずがない。それは勇者として上り詰めたことがある俺でもそうだ。すべては守れないことを俺は知っている。

「五名、亡くなったそうです」

「……助けられなかったか。勇者解任されて当然かもな」


 再び、テントの入り口が開いた。

「そんなことありません、ハル様。あなた方が助けに入ってくださらなかったら、私を含め、今生きている者たちも確実に命を落としていたでしょう」

 戦闘中、部隊を立て直そうとしていた兵士がそこにいた。

「よかった、助かっていたんですね」

「はい、あなた方のおかげです。私は部隊長のジークです。ハル様、私はあなたが勇者に戻るべきだと考えています」

「どういうことです?」


 前勇者が復帰するなんて聞いたことが無い。そもそも、異世界召喚事体がイレギュラーのため、俺のようにまだ戦える力がありながら解任されるなんて初めてのことだが。それでも国王が決めた勇者に反対するなど、よっぽどのことがあるのか。


「私は国軍として数週間、異世界勇者のカケル様に使えましたが、彼はとても勇者の器ではありません。それに比べれば、ハル様はまさしく勇者の器です。今、国民が求めているのは前勇者のあなたです。現にご自身の危険を顧みずドラゴンから私たちを助けてくださいました。立派なことです、勇者解任させて当然などと言わずに、胸を張ってください」

 ジークは静かにだが、しっかりと俺たちの目を見て真剣に話した。

「ありがとう。その言葉素直に受け取っておきます。それで勇者カケルは、何をしたんですか?」

 これほどまでに国民に不人気な現勇者は一体俺たちが国を出てから何をしたのか?そして、今何をしようとしているのか?どこに向かっているのか?疑問点は尽きない。

「はい、私が知っている範囲で答えさせていただきます」

 ジークは木の椅子に腰かけ口を開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る