第1話-7.質屋の店主、夜なべをする

 夜。

「俺は居間で寝るからこの部屋のベッド使ってくれ」

と、トワルは言った。

 二階の小部屋。窓が一つあり、小さな棚とベッドだけが置かれている。

 普段トワルが寝泊まりしている部屋だ。

 フィオナが、

「そんな気遣いはいらないわ。私は眠る必要なんてないし、あなたが使いなさいな」

「そうなのか?」

「私は呪いだもの。普通の人間と違っていくらでも起きていられるのよ」

 何故か得意気な顔で言う。

 トワルは思案顔で、

「それならいいんだが……念のため、横になって羊を百匹くらい数えてみてくれないか?」

 するとフィオナはやや不満げに、

「別にいいけれど……そんなことしてもただの時間の無駄よ?」


「すやぁ……」

 三十匹も数えないうちにフィオナは寝息を立て始めた。

 幸せそうな寝顔である。

「なんというか、お前さんは期待を裏切らないな……」

 トワルは毛布を掛けてやると部屋を出ていった。

 居間を素通りし、店舗のカウンターに腰掛ける。

 寝る前にちょっと作っておきたいものがあったのだ。

 引き出しを開け、一枚のお札を取り出す。フィオナに貼ったのと同じ魔封じの札だ。

 それを平たい皿に置き、師匠直伝の油性液で浸す。

 この状態で大体三十分から一時間ほど待つと札の繊維が緩くなり、魔封じの効果を残したまま加工できるようになるのだ。

 繊維が解れるのを待つ間、トワルは内ポケットから『災いを呼ぶ死神の石』を取り出して眺めていた。


 フィオナには言わなかったが、トワルがこの宝石を手放したくない理由は実はもう一つあった。

 この宝石――というか、宝石から現れたフィオナを見て違和感を覚えたからだ。

 疑問、と言った方が正しいかもしれない。



 災いを呼ぶ死神の石。

 この宝石が登場するおとぎ話のあらすじは大体次のようなものである。


 あるところに、小さな店を営んでいる男がいた。

 この男は商いが下手糞で、いつも店は火の車だった。

 だが、人との繋がりを大切にし、誠実な商いをする男だったので皆から慕われていた。


 ある時、ちょっとした切っ掛けから鳴かず飛ばずだった商いが一気に好転し、男はあれよあれよという間に一生遊んで暮らせるほどの金を稼いでしまった。

 男が苦労していた頃を知る人々は男の成功を喜んだが、大金を得た男は次第に傲慢になっていき、だんだん昔とは考えられないほどの強欲な人間へと変わっていった。

 客を騙すようなあくどい商売を平気で行い、王族貴族にわいろを渡して自分に有利な法律を作らせる。

 もう十分な財を成したにもかかわらず金貸し業にまで手を出して、金を借りに来た者たちに暴利を吹っ掛け、その血すら一滴残らず取り立てた。

 気が付けば、男は国で一番の大金持ちで、一番の権力者になっていた。


 そんなある日、男は自分が破産させた貴族からの借金のかたとして、一つの宝石を奪い取った。

 青い光を放つ大きな宝石で、男は一目でその見事さに魅入られた。

 しかし男の使用人たちはその宝石を見るなり顔色を変えて言った。

「それは『災いを呼ぶ死神の石』と呼ばれる呪われた宝石です。持ち主にあらゆる不幸を呼び寄せると言われています。一刻も早く手放すべきです」

 すると男は不機嫌になった。

「ふん、そんなものはどうせ迷信だ。仮に本当だとしても、この私に呪いなど効くものか」

 そう言うと男は使用人たちを首を言い渡し、その日のうちに屋敷から放り出してしまった。

 この使用人たちの多くは男の昔からの友人たちだった。いつか昔のような誠実な男に戻って欲しいという期待から長年仕えていたのだが、首にされたことで男のことをもう完全に見限ってしまった。

 男は立ち去っていく友人たちに目もくれず満面の笑みを浮かべて宝石を眺めていたが、これで彼の味方は一人もいなくなってしまったのだ。


 そしてその後、男は立て続けに不幸に見舞われた。

 大事な商談であり得ない失敗をし、王族の不興を買い、店が火事で焼失し、家族は事件や事故に巻き込まれ一人残らず命を落とした。男自身も不治の病に侵された。

 あっという間に家は傾き男は全てを失った。

 これまでの傲慢さが祟って誰も救いの手を差し伸べてはくれなかった。

 最後の最後まで執着し、その手に握っていた呪いの宝石も借金のかたとして力づくで奪われた。

 男は誰にも気遣われることもないまま、薄暗い路地裏でひっそりと息を引き取ったのだった。



 以上がおとぎ話『災いを呼ぶ死神の石』の大まかな内容。

 地域によっては主人公の男が王様だったり魔法使いだったりするパターンもあるようだが、話の流れは大体同じ。

 タイトルになってはいるものの呪いの宝石はあくまでも脇役で、力を持ったとしても己惚れてはいけないといような戒めが主題になっている。


 そして――このおとぎ話には、呪いの宝石から少女が出てくる、などというパターンは存在しない。


 少なくともトワルは聞いたことがない。

 おとぎ話の中の宝石からは少女どころか悪魔だって出てこない。

 作中に登場する『災いを呼ぶ死神の石』はあくまでもただの宝石なのだ。


 以前、師匠がこの宝石についての言い伝えを話してくれたもあったが、その時もやはり宝石から少女が出てきたなんて話は出てこなかった。

 そんな逸話があったのなら、あの師匠が話さない訳がない。


 つまり、フィオナの存在は『災いを呼ぶ死神の石』に関する言い伝えや物語には何故か影も形もないのである。


 自分の目で見た実際の人や物が、噂で聞いていたものとまるで印象が違うということは珍しいことではない。

 特に誇張して語られやすい幻の骨董品などではよくあることだ。

 しかし、宝石から少女が現れるというのは相当なインパクトのある内容である。

 それが一切語られずに来たなんてことがあり得るんだろうか。


 フィオナ本人は自分のことを『災いを呼ぶ死神の石』と名乗ったし、これまでに宝石を手にした数多くの人間たちの破滅を見届けてきたというのも恐らく事実なのだろう。

 しかし、ひょっとすると……。

 トワルにはある推測が浮かんでいた。

 だが推測はあくまで推測。てんで的外れな可能性もある。

 だからそれを確かめるためにも、今は少しでも手掛かりが欲しかった。

 宝石の呪いの仕組みを解析できれば何か糸口が掴めるかもしれないが、改めて見てみても今のトワルではまるで歯が立ちそうになかった。

 石のカット方法からすると千年以上も前に作られたものらしいとか外見的なことはわかるが、仕込まれた呪いについてはどこから手を付ければいいのかすらわからない。

「ほんと、どうしたもんかね……」

 トワルは途方に暮れて呟いた。

 ふと時計を見ると、いつの間にか三十分以上経っていた。

 もう魔封じの札の加工を始める時間だ。

 トワルは宝石を再びポケットに仕舞い、とりあえず目下の作業に取り掛かった。

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