第4話 やっぱり理由はあるよね
ああ、いいわ。なんてかっこいいの。
もっと、触れたい。触れられたい――
その瞬間、ミライの意識は箱、いや、ピアノの中にあった。
鍵盤と一つになった体の上を流れるように指を動かすのはチヒロの推しだ。
どういう状況?
ピアノになりたい願望って事でいいのか?
ミライは困惑しつつもこの不思議な立ち位置にワクワク感もあった。
「ちょっとミライ!」
チヒロの呼び声で意識が元の位置に収まったようだ。
今いる場所は駅の広場だ。目の前では美しい演奏が繰り広げられている。
そういえば、この悪夢に悩まれだしたのは先日、彼の演奏を聞いてからな気がする。
ならば、妄想の原因は彼だろうか。
演奏どころかピアノ自身になりたいという願望なのか?
ある意味、プロだなと呑気に思っていると隣に立つチヒロが耳打ちしてくる。
「彼女よ。私にちょっかいかけてくるの」
複雑そうにつぶやいたチヒロの視線に合わせるとピアノを取り囲むように立つ観客の中に同年代らしき少女がいた。
それもひときわ念らしきものが駄々洩れになっている。
間違いない。彼女がこの悪夢の原因だ。
という事はチヒロを敵対視する理由は…。
ミライはチヒロに囁いた。
その瞬間、彼女の大きな瞳はさらに開く。
その視線は原因の少女に注がれている。
ミライの反応よりも早く、チヒロは動いた。
何する気だ!
ミライはチヒロが殴り込みをかけるのかと身構えた。
それは原因の少女も同じのようだった。
慌てたように周囲を見渡している。
「ねえ、アナタ、彼の事好きなの?」
「はあ!そっそういうわけじゃ…」
少女は明らかに狼狽している。
「どうなの?」
日頃のうっ憤を晴らすようにチヒロは畳みかけていた。
「アンタには関係ないでしょ」
「ない。でもある」
「どっちなのよ」
原因の少女の発言はごもっともだと思った。
二人の少女の会話は続く。
「だって、彼への恋心のせいで私に八つ当たりされるの困るもの」
「何それ。自信過剰?」
「彼が弾いてくれるピアノになりたいって言ってる方がヤバイと思うけど?」
チヒロの発言にとうとう彼女は顔を真っ赤にする。
可哀そうに恥ずかしさと怒りが入り混じっているのだろう。
「難癖つけないでよ。そういうところほんとムカツクわ。何様よ。彼の周りをうろついて。迷惑だと思わないの。私は声もかけずに…」
そこまで言って、慌てて口を押える少女。涙目で俯いてしまう。
これではどちらがイジメているのか分からなくなってくる。
チヒロは大きなため息をついた。
「アナタはそれでいいの?彼に近づく人なんてこれから次々現れるわよ」
彼女はうつむいたまま動かない。
「その時、気に食わないからって理由だけでその人達に嫌味を言い続けるの?そういうの迷惑だからやめてよ」
チヒロは彼女の肩に慰めるように手を置いた。そして、
「他人にちょっかい出す時間があるなら、意中の相手に声かけるぐらいの勇気は持たなきゃ…」
演奏を終えた青年に駆け寄るチヒロ。その手は少女に握られている。
橋渡しにでもなろうというのだろうか。全く、チヒロらしい。
彼女の推しピアニストと原因の少女は談笑を始めていた。
彼女の現実は妄想よりいい物になるかもしれない。
ならば僕の悪夢も終わってくれるだろう。
「全く世話が焼けるわ」
仕事をやり遂げたと言わんばかりの笑顔のチヒロが戻ってきた。
「いいのか?ライバルに?」
「ライバルって…言ったでしょ。私は彼のファンであって恋愛対象とは違うの。それに彼女話してみるとちょっと可愛かったし。好感度爆上がりだわ」
そう言う、チヒロがちょっと寂しそうなのは気のせいだろうか。
僕にとって恋は謎だ。
好きになるのは果たして男なのか女なのか?
それでも、屈託なく笑う目の前の彼女を思うと胸の辺りが温かくなるのはなぜだろう。
この感情にしっくりくる言葉は“特別”であることは確かだ。
それでも恋なのかはやっぱり断言できない。
だから、この想いはもう少し秘密にしておこう。
妄想協奏曲!僕は男なの?女なの? 兎緑夕季 @tomiyuki
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