第3話 とりあえず悩むわ
「私ね…目をつけられちゃったみたい」
「うん?」
「敵視されてるの」
「誰に?」
「学校の子。それも別のクラスの女子…」
「具体的には?」
「例えば、鉢合わせするとわざとらしく肩をぶつけられる。後、謎に遠くから笑われる」
「地味…」
「結構精神的にやられるのよ」
「そうだろうな」
そこで話が一旦途切れてしまった。
人の出入りが激しい店内で彼女との小さな空間だけが静けさに満たされるようだ。
居心地の悪さを感じながらチヒロの顔を見れば、つぶらな瞳とぶつかる。それだけでますます、閉じられた唇に力がこもる。
何か言わなければならない。
「心当たりはあるの?えっと…ちょっかいかけられる理由に?」
「ないから困ってるのよ」
ミライは氷だけが残ったカップを左右に揺らした。
「でも、そういうのって知らない所で相手を傷つけてる可能性はあるよな」
「私が悪いの?」
「違う。ただの一般論」
「その子とほとんど面識ないのよ。傷つけるほど仲良くない!」
「じゃあ不思議だな」
「ほんと、意味わからない」
プイッと頬杖つくチヒロの片頬に夕焼けの光が当たる。
ちょっと幻想的に思えて、思わず目をそらす。どうしてそうしたのか自分でもよく分からなかった。だが、そんなミライの様子に気づく事もなくチヒロの視線はスマホに注がれる。
「何かあるのか?」
「この時間なら演奏に間に合うかなって…」
「ああ、チヒロがご執心のピアニスト?」
「ご執心って何よ。ファンって言ってよ」
そう語るチヒロは見るからにウキウキしているようだった。
駅前で弾いていた彼は確かにイケメンだと思った。
最近TVで見かける男性アイドルに似ている気もした。
だが、なんだか気に食わない。
「好きなの?その…ピアニストの事」
「好きだよ」
恥じらいもなく答えるチヒロに思わず眉をひそめた。
「それって恋愛的な意味で?」
別に聞く必要もないのにと思いながら唇は勝手に動いていく。
「はあ?どうしてそうなるのよ。純粋にあの人のピアノが好きなだけ。ミライは分からないの?こういう感じ…」
「どうだろう。そもそも私…僕自身のパーソナリティもよく理解していないのに」
ガラス越しに映る自分はどこからどう見ても少女だ。けれど、家に帰り、服を脱げば男の子に戻る。どちらも僕に変わりはない。男なのか女なのか。
その境界線は今もって曖昧なのだ。
「私も分からないわ」
「えっ!」
「私、イマイチこれが恋ですって感覚つかめないのよね」
そういう意味かとちょっと落ち込む。だが、その事を認める気にはなれない。
「そういうのってビビッと来るものじゃないのかな?」
「正直ないわね。この先あるのかも謎だけど」
残されたフライドポテトはすっかり冷めてしまい、油まみれである。
「つまり私が言いたいのは、ミライもそのうち答えが出るって事だよ」
根拠もなく断言する態度のチヒロに思わず目を丸くした。
「なんで僕が慰められてるノリなの?」
「いいじゃない。別に」
思わずミライの頬は緩む。
胸の辺りがなぜだか温かくなった。
「付け加えるけど、答えが出なくてもいいとも思うよ。それもまあ、人生じゃん」
「人生って16年しか生きていないくせに」
「ミライよりは一年長く生きてるからいいの」
チヒロのその小ばかにした物言いもなぜか安心感があるのはなぜだろう。
「なら、行く?君の推しに会いに…」
「推しって…ただの街角ピアノで弾いてるだけの青年だよ」
「でもファンなんだろ?」
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