第2話 ピアノっていいよね
「私何かしたかな…?」
商業施設と一体となった駅の広場でパンツ姿の少女は悩まし気に首をひねっていた。
つい一か月前までは薔薇色とまでは行かないが、それなりに充実した高校生活を送っていた。まだ入学半年でこれでは後がもたない。
折角のピアノ演奏も耳に入ってこない。
「チヒロちゃん…」
ハッとして顔をあげると目の前で自分より少し年上の青年が心配そうにこちらをのぞき込んでいた。
「平気です。今日も素敵な演奏でした」
ニッコリとほほ笑み返せば、青年は照れた様子で頭をかいた。
ピアニスト志望のこの青年の最初の印象は、
「あっ!同じ学校だ」である。
通学で使う駅に置かれているピアノの前に座っている青年にはそれぐらいの興味しかわかなかった。
けれど、その演奏はとても心地よかった。
思わず上手いと口がついて出た。
それから彼がピアノを弾いているのを見かけると足を止めるようになった。
今では一言二言、会話する程度の関係である。
スマホにメッセージを知らせるバイブ音が鳴った。ミライからだ。
「私、そろそろ行かなきゃ。次はいつ来ます?」
「今日は夕方にまた演奏しにくるかな」
「そうですか。また来ますね」
大きく手を振って、彼から遠ざかる。
いろいろと悩みは尽きないが、この青年との関係だけ言えば、このつかず離れずの距離感が心地いい。
★★★★★
「で、また見てるの?」
オレンジジュースをすすりながらミライは頷いた。
「今度はどんな妄想?」
賑わうファーストフード店の窓に映り込むのはカウンターに並ぶ一見すると同じ背丈の少女達だ。
「う~ん。かなり情念めいてる?触れられたいとかどうとか?」
「何それ!アダルティ!」
頬を染めてキャッキャと声をあげるチヒロ。
「もう、他人事だと思って…。最近じゃ夢にまで見るんだよ。こう、下から男の人を見上げるような?」
「やっぱり大人!」
「その反応ちょっとムカツク!」
大げさに項垂れるミライ。
「ええ~、楽しそうなのに?他人の心を覗けるって最高じゃん!」
「楽じゃないよ。まだ夢の中ならまだいいけど、町を歩いていて突然イメージが視覚化されたらどうなると思う?」
「さあ?」
「空を飛びたい願望ありな人達の集合体みたいな物体が目の前に現れるわけよ。まるで浮遊霊みたいにさ。それって怖くない?」
「面白いじゃん」
今の話を聞いて、その軽いノリで済ますチヒロの神経が羨ましかった。
一つ上の近所のお姉さんという立ち位置だったチヒロとは小学校、中学校とも同じで彼女が高校に入ってからもなんとなく友達であり続けている。
あまり深く考えていないというか、話した内容すら覚えているのかよく分からないテンションのチヒロに家族の秘密を話すのはそれほど苦労はしなかった。
なぜ話したのか?
それは多分、誰かに聞いてほしかったからだ。
彼女ならこのデリケートな話題でも、深刻にならずに聞いてくれると思った。
それは想像通りだったのだが…。
個人的にはもう少し親身になってほしかったという複雑な心境も渦巻いていた。
目の前でハンバーガーを美味しそうに頬張る彼女には絶対に言うつもりはないが…。
「日常的に続くんだよ。正直つらい。しかも厄介なのは妄想なのか現実なのかイマイチ区別できない事なんだよな」
「区別できないの?」
「できないよ」
「じゃあ、どうしてるの?」
「感で推測してる」
「そんな事できるの?」
「まあ…。例えば、授業中に大量のから揚げが黒板に埋め尽くされるとするじゃん?」
「から揚げが埋め尽くされるってどういう状況?」
「ほら、想像できないでしょ。リアルではありえないからね」
「そうだね」
「だから、そういう状況が目の前で出現したら誰かの妄想だって事だよ」
「よく分からないけど、大変だね」
ほら、今だって僕の話に興味を無くして音を立ててシェイクを飲み干している。
思わず吹き出しそうになった。彼女には失礼なのでそれは思いとどまった。
日曜日のお昼からこうして会っているのは僕の話を聞いてほしいからじゃない。
「で、相談ってなんだよ?」
言葉通り、彼女の愚痴を聞くためなのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます