挑戦
「おいおい聞こえねえのか、怪盗さんよお。さっさと寄こせよなあ、千羽鶴」
ドスの効いた声で彼の首元に折り畳まれた扇子、らしき物を突きつける犯人の、生まれたての小鹿のような震える足が気になって仕方がなかった。
誰かにやれと脅されたのか。だったら犯人もある意味被害者なのか。
人質となっている彼は。彼は、無表情だ。シャンと背筋を伸ばしている。
状況はさっぱりわからない。
いつものように、肉体強化スーツを装着、その上から伸縮防護白スーツ着て、狐の仮面を付け、祖母に教えられた自国のとある場所に行き、毎回毎回配合を変える睡眠粉(皮膚に付着すれば効果あり)ちょちょちょいと眠ってもらい、無事に千羽鶴を見つけて立ち去ろうとした時だった。
いつものようにタイミングよく睡眠粉から逃れた彼女が現れて、今日はどのようにあしらおうか考えている間に、犯人と、犯人に連れられた彼が飛び込んで来たのだ。
(とりあえず。千羽鶴を渡して彼を保護して、その後にまた回収すれば)
「愛するこいつが殺されてもいいってのかあ?」
「なんとおっしゃいましたか?」
寝耳に水だ。
愛する?
いえいえ、愛しておりませんよ。
怪盗でも、社長令嬢でも。
そもそも、怪盗では初対面です。
(まさか。私の正体がばれている、とか)
騒ぎ出す心臓を何とかなだめて、犯人の話を慎重に聞こうと心がける。
「ああん。しらばっくれるなよ。こいつはなあ。おまえさんが掲載された記事をこんなにちっちぇえ豆粒くれえでも見逃さずに収集しているんだよ。愛してなきゃ、できねえだろうが。まあ。おまえさんだけじゃなくて、そっちの刑事さんの記事も集めているがなあ」
(………つまり、怪盗の私と彼女に恨みを持っている、の、か、な?)
犯人の意図が掴めない。が、とにかく、犯人の言葉が真実ならば、彼は怪盗の私と刑事の彼女にとてつもなく興味を持っていて、ならば単なるファンじゃなく知り合いかもしれないと考えたから人質にされた?
それとも、たまたま、はないだろう。犯人が彼のことを知りすぎている。
もしくは、正体がばれていないと仮定すれば、私は直接的な繋がりはないけど、彼女と彼は幼馴染らしいから人質にされた?
わからない。犯人は何がしたい?
「おいおいおい。あんちゃん。記憶喪失になっている場合じゃねえだろうが。ん?どっちが好きなんだ?ここではっきりしとこうや」
わからない。犯人は何がしたい?
「おまえさんたちも。愛するこいつを解放してもらいたきゃあ、怪盗は千羽鶴を。刑事は警察手帳を寄こせや。こいつへの想いを形にして見せろや」
やはり、私たちに恨みが。
「そうだ。おまえさっさと答えろ。私と怪盗、どっちが好きなんだ?まあ」
犯人とは違う声がする。新たな犯人か。
否。
隣から、彼女がいるだろう位置から声がする。
ドスの効いた声と、骨をくだく、鳴らす音が、する。
ぎぎぎぎぎと油の切れたブリキみたいに錆びついた音を立てながら、横を、彼女を見ると。
「どっちが好きでも、ゆるさんけどな。おまえの好きは、婚約者の彼女だけに捧げろ」
とっても恐ろしい顔で、彼と私を睨んでいました。
完全にとばっちりだと理不尽に思いながら悲鳴を上げなかったのはひとえに、怪盗だからです。
常にポーカーフェイス。
「いや、今のぼくに尋ねられても困るな。記憶喪失なんだからな」
ごもっとも。
怪盗の素質があるのではと称賛するくらいに冷静沈着な彼の言葉に私は同意したのだが、彼女はそうでなかったようで。
こんなに危機的状況なのになぜ記憶を取り戻さない、さっさと記憶を取り戻せと、犯人ではなく、彼に襲いかかりました。
ものすごい瞬発力です。
そんなに頭をもみまわして大丈夫なのでしょうか。
よけいに記憶がこんがらがるんじゃないでしょうか。
(………よし。行こう)
彼女ならばきっと犯人も。うん。もう、お縄についていた。
(2022.5.17)
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