嫉妬
嫉妬したのだと思う。
お見合いで二人きりになった時。
好きな人がいるという事実に。
好きな人がいると言った時のきれいな表情があまりに幸せそうで。
好きな人がいたことのない自分が少し、嫌になって。
つい、言ってしまったのだ。
私も好きな人がいます、と。
叶わない恋だけれどその人以外考えられないので、結婚をするなら会社のためになる人と決めています、と。
彼の言葉を真似たのだ。
「失礼します。あなたが彼の婚約者ですか?」
(げっ)
喫茶店から出て彼の病室へ向かい、扉を横に引こうとした時だった。
女性刑事に刑事だと警察手帳を提示されながら話しかけられて、表面上はにこやかに、内心はうめきながら向かい合った。
「………どこかでお会いしたことがありませんか?」
「狭い国ですからどこかですれ違っているかもしれませんね」
その持ち前の強い目力で何も見逃さないと言わんばかりにじろじろ見られても、にこやかは保つ。
時間にして五分経ったか経たないか。
気が済んだのか。
彼女は視線を目だけに合わせて、腕を組んだ。
(相変わらず怖いなあ)
彼女は私を知らないだろうが、私は結構知っている。
彼女に長い間、追われているから。
現在進行形。
怪盗として。
(まさか、逮捕しに来たとかじゃないよね)
背中に冷や汗が流れ落ちた。
「申し訳ありません。自覚しているんですけど、なかなか怖くない表情や態度が取れなくて。怖がらせてしまっていますよね」
「いえ。刑事の方と直に話すのが初めてだったので、緊張しているだけです。あの。もしかして、彼の記憶喪失の原因が、事件だったり、とかですか?」
「いいえ。違います。事件ではなく。今日はお詫びに来ただけです」
「お詫び、ですか?」
(もしかして、彼女が原因で記憶喪失になったのかな。犯人を追っている最中にぶつかったとか)
「はい。私の父であり、彼の警護の任に就いている父の失態で彼は記憶喪失になってしまいした。申し訳ありません」
腕を組んで、顎を少し上げて、口調もきっぱりはっきり、目力も強いまま。
謝る態度ではないと思ったが指摘せずに、そうでしたかと言えば、一気に距離を詰めよられた。
悲鳴を上げなかったのは、ひとえにここが病院だったからだと思う。
「そうでしたか。だけですか。もっと、その時の状況とか、刑事と警護官のくせに何たる失態だ土下座して詫びろ慰謝料を用意しろとか言わないんですか?」
「ああ、いえ。あの。とにかく。命に大事はないことに安心して。他のことが考えられなかっただけです」
「………なるほど。そう、ですよね。配慮が足りませんでした。申し訳ありません。これは私の名刺です。今日はもう失礼しますが、何かお尋ねしたいことがあればご連絡ください。できうる限り、対応します」
「ああ。はい」
(いえもうできればこっちの姿では関わりたくないんですが)
必死に祈った甲斐はあったのだろうか。
社長令嬢の姿ではなく、怪盗の姿で相まみえることになったのだが、それはいつものことなので問題ではなく。
危機的状況なのは。
「こいつを殺されたくなかったら、千羽鶴を寄こせやごるら」
彼が人質になっているということだ。
(2022.5.16)
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