告白




 約束を交わしてから一か月が経った頃。

 記憶喪失になったとの知らせを受けて病院へと向かい、電話で聞いていた病室の前に辿り着いたところで、婚約者である彼の父親から呼び止められて、病院に内設されているお茶へと誘われた。

 彼は今眠っているからと言われたので頷くと、喫茶店へと案内されて、今。

 話し終えた彼の父親を見送ってから喫茶店の先程までいた個室に戻り、苺パフェを注文した。

 本日二度目。

 先程食べた時は申し訳ないが、まったく味がしなかったので。

 いいえ、味を批判しているわけではなく。


(記憶喪失になったから即結婚しろってどーゆーことよ!?)


 彼の父親曰く。

 日常を過ごすには支障がないらしいが、彼自身の記憶はまったくないらしく、心細い思いをしている、支えが必要なのだ。確固たる結婚相手が。


『息子から聴いている。三か月間、どちらかが好きだと告白しなければ、婚約は破棄にすると。私は君たちの気持ちを尊重したいが。婚約は引き受けてくれたということは、だ。会社を想ってのことだろうが、少なくとも嫌いではないということで。お願いだ。息子を。支えてくれないか』


 言いたいことはわかる。が。


(言われているのよね。最初に。好きな人がいるって。それでも構わないかって。ええ、構いませんって言ったわ。私も好きな人がいるけれど構いませんかって言って)


 お互いに会社のため、手を組んで、偽装婚約を決めた。が。

 好きな人がいると告げた私に悪いと思ったのだろう。

 先の約束を交わした。


『好きな人を明かせるくらいの仲になれたのなら、きっとぼくたちは上手くやっていけるさ』

 

 彼は少し寂しそうに笑った。


(あ~)


 丸い卓に頭を突っ伏そうとした時に、注文した苺パフェが来たので顔は上げたまま。

 ありがとうございますと礼を述べて、一緒に運ばれて来た竹の匙で丸まる一個、苺の生クリームの上に乗っていた白苺を掬って、かじった。

 一口、二口、三口。

 心がほっこりする甘さに知らず笑って、苺のパフェを食べ続けた。

 少しずつ。

 アイスクリーム。ババロア。クッキー。ゼリー。赤苺。スポンジ。

 ぜんぶ苺なのに、一つ一つ味が違って、ゆっくり食べようとしていたのに、気がつけばなくなっていて。

 同時に、ほっこりもなくなって。

 今度こそ、丸い卓に頭を突っ伏して。

 呟いた。

 小さく。

 けれど、身体の中では大きく響いて。

 嘘をつくんじゃなかったかなって。






 好きな人なんて、いないのだ。











(2022.5.15)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る