第28話『インビジブル・バレット』

 同時に左右へ駆け出した亜門と士門は、双方向から弧を描くように肉薄し日向への距離を詰める。そして左側から接近していた方が、双剣から魔力を放出させながら刃を振り抜いた。




 その属性は、『風』でも『雷』でもない第三の魔力。


 攻撃術式


『如月二刀流・雨吹アマブキ


 繰り出されるのは太刀筋刃の軌道から放たれる、打ち付けるような"斬撃の雨"。




「まだ属性隠してたのか……!!」

手札カードが出揃った言うた覚えは無いで」


 亜門と士門のどちらかは不明だが、新たに使って来た水属性の魔術に日向は警戒を引き上げた。火属性の拳と蹴りの連撃でその斬撃を弾き散らすと、今度は日向が反撃の術式を構築する。




 火属性攻撃術式


『戟衝破』


 殴り抜くモーションと連動し放たれるその熱線は、右側から日向へ距離を詰めていた方へと襲い掛かった。炎のレーザーが猛スピードで迫り来るが、その相手は双剣を地に突き立て迎撃の魔術を発動させる。




 火属性魔力×形成術式


『如月二刀流・炎威ホムラオドシ


 右側の男が使って来たのは、またしても新たな四つ目の属性。猛炎を生み出す剣技を防御に転用したその術式は、地から噴出した火属性魔力の壁で戟衝破の威力を相殺する。




 戦いの中で得た情報から、日向はある事実を確信した。


 如月亜門と如月士門。彼等二人は『風属性』と『雷属性』以外にも、『水属性』もしくは『火属性』の魔力を有した『双属性魔術師』だった。


 二属性×二人の、ランダム四属性による波状攻撃。数多の敵を打ち破って来たこの連携戦術が、如月兄弟のコンビネーションの真髄だった。


「成程な……フザけてんのかと思ったけど、中々面白ェコト考えるモンだな」

「初見のヤツは大体目ェ回すねんけどなァ。キミは対応出来てる分まだマシやで」


 亜門が愉しげに刃を向けて来るが、日向もまた不敵な表情で言葉を返す。


「あァ……何となく分かって来た。片方は『風』と『水』、もう片方が『雷』と『火』……組み合わせはそんなトコだろ」

「ッ……!!」

「……ソレが分かった所で、捌けるかどうかは別の話や」


 自分達の属性を言い当てられた亜門は軽く瞠目するが、士門は無意味だと言わんばかりに魔力斬撃を撃ち放った。


 講堂の座席を斬り破りながら、雷の刃がフロアを走り抜ける。炎を纏った握撃で掴み止めるが、その上空からは跳躍して来た亜門が双剣を振り下ろしていた。


 双刃が帯びている魔力は、『水』。火属性では防御出来ないと即座に見切った日向は、最小限の重心移動でその連刀を躱し受け流す。


 そして肩口を僅かに斬り裂かれながらも亜門の踏み込むと、そのまま駆け上がり顎下へと膝蹴りを炸裂させた。




 強烈な一撃を叩き込まれる亜門だったが、日向にも匹敵する驚異的なタフネスで一瞬の内に意識を取り戻す。


「効くなァ……!目ェ覚めるわ」


 そこから亜門が繰り出すのは、魔力によって強化された膂力による純粋な『連続剣撃』。


『如月二刀流・連研レンケン


 特殊な術式効果は持たないが、高い速度と威力を持った剣技は近接戦に於いて依然として脅威である。間隙無く打ち込まれる連刃は、日向の格闘能力があっても全てを捌き切る事は出来ない。


 その時日向は亜門達の連撃を払い飛ばすように、全方向へと炎熱を放出した。力任せな牽制にも見えたが、日向の笑みにはまだ戦いを楽しんでいるかのような余裕も見える。


「……ここで"使う"気は無かったけどよ……やられっぱなしも性に合わねェ」

「んン?ナニをブツブツと……」


 その呟きに、怪訝そうな目を向ける亜門。




「出し惜しみで敗けんのもバカらしいしな……よく見とけ。コッチも面白ェモン見せてやる……!!」


 そう言い放つと同時に、日向の魔力波動による圧力が大きく跳ね上がった。急激な出力上昇と共に、日向の右腕へと膨大な魔力が収束していく。




 日向の脳内にあったのは、鋭く研ぎ澄まされた『刃』のイメージ。その『型』に対応するように、魔力が術式を構築していく。


『灼き斬る』イメージが『斬撃』の性質を与え、日向の右手へと術式として収束していた。型を成すのは、炎の手刀。




 そのいろは――――"蒼"く、変わり始めていた。




 炎の『凝縮』が、術式を新たな段階ステージへと引き上げつつあった、その時。




 日向達が立っていたフロアが、轟音と共に突如


「ッ、どっからだ……!?」


 前触れ無く足場が崩壊していく中、その場に新たな乱入者が吹き飛んで来る。


「クソ、派手にブッ飛ばしやがって……!!」

「啓治!?」

「春川!?お前出場してたのか!?」


 日向達の前に姿を現したのは、1号館にて蒼と交戦していた筈の啓治だった。そこから更に雪華や千聖、沙霧なども次々とこちらへ移動して来る。


「何や……騒がしなってきたなァ」


 士門が面倒そうに呟く中、耐荷重が限界に達した大講堂が遂に完全崩落した。




 彼等が揃って転がり落ちたのは、5・6階複合『ポータルホール』。環状本棟中最大の8号館にて各所とのアクセスの要となる、広大な収容体積を持った空間である。


 そして最後にその場へ足を踏み入れたのは、啓治や雪華達をここまで押し込んで来た男。今まさに7階大講堂を軒並み斬り飛ばして見せた、天堂 蒼だった。




「やっと来よったなァッ……!?」

「オイ待てやコラ!!突っ込むなボケ!!」

「お、何だお前ら。まだ日向と戦ってたのか」


 亜門は士門の制止も聞かず、待っていたと言わんばかりに斬り掛かって行く。対して蒼は一切の焦りも見せず、その猛烈な双剣撃を平然と防ぎ止めていた。




「お前の相手はッ、俺だろ……!?」

「あンのクソが、俺に押し付けていくなや……!!」


「あれ、春川君……!?」

「さぎりん、ちょっと下がろう。亜門の風に巻き込まれるから」

「皇君、如月君が押し返されたら仕掛けるわよ」

「了解です」


 士門へと蹴り掛かる日向の姿に、驚いている沙霧を千聖が制する。その前方では雪華と啓治が、再度突撃すべく蒼達の戦闘を注視していた。


 幾多もの魔術が交錯し、局面は乱戦状態へと突入していく。






 ――――その瞬間。入り乱れた戦局を斬り裂くように、一発の弾丸が撃ち込まれる。


 全員の意識の外側から、盤面へと突き刺された奇襲の一撃。啓治と沙霧が目を見開く先では――――




「……あー、マズったわ。油断した」


 千聖が背後から、魔術弾によって撃ち抜かれていた。




「ゴメン雪華、先墜ちるわ」


 ダメージが限界に達しつつあった千聖は、置き土産とばかりに雪華へ次々と術式を付与する。その直後に継戦不能状態と判断され、転送魔術によってスタジアムへと強制送還された。




 そして弾丸を撃ち込んで来た方角にいたのは、灰色と緑色の髪の二人組。


「うまいコト漁夫ったね〜」

「悪く思わんといて下さいよ〜?生徒会長」


 これまで戦場に姿を見せなかった、更科 凪&一文字 陣のペアだった。




『おおおッとオオオオ!?!?ココに来て戦況が大きく動き始めましたッ!!!!黒乃雪華をサポートしていた白幡千聖が、急襲を受け脱落する大番狂わせ!!彼女を倒したのはこれまたルーキー、一文字陣による狙撃魔術です!!』

『いやー忍んでましたね〜!!誰もが意表を突かれた一発でした!!』


 雪華や千聖の索敵網を欺いた、その潜伏技術に言及する実況の二人。




 その実態は、陣の肩に手を乗せていた凪による『隠密術式ステルスフォーミュラ』の応用だった。


『隠密術式』の能力は、凪自身の姿を透明化し他者から見えなくするという物。しかし一定までの体積であれば、凪が触れた物にも透明化の効果は作用する。これによって陣は狙撃の瞬間、誰からも視認される事なく千聖を撃ち抜けたという事だった。


「触っとるモンも消せるとか、やっぱ相当便利やなァ」

「人間よりデカいサイズは無理だけどねー」


 能力の拡張性について言葉を交わしていた陣と凪だったが、そこへ怒りのままに地を蹴った啓治が突撃して来る。




「一文字テメェ!!」

「ちょいちょい、ボクにキレんのはお門違いやろ?」


 啓治の剛拳の一撃を、三重の魔力障壁で防御する陣。


「横槍は集団戦の基本やんか。キミにどうこう言われる筋合いは無いで」

「あァそうだな。だから更科さんには何も言わねェさ……だがテメェはシンプルにブチのめす!!俺がそういう気分だからなァ!!!!」


 猛攻を繰り出す啓治を押し返すように、陣もまた至近距離から連弾を叩き込む。


「んじゃ、こっちはこっちで仲良く戦ろうか……!」

「流石だね、凪ちゃん……!!」


 一方で沙霧は、凪の不意討ちにも感心したような声を漏らしつつ彼女を迎え撃っていた。




 ◇◇◇




 スティーブの一刀が、遂に奏を捉えた。


 双方互角の斬り合いを展開していたが、肩口へ強烈な一撃を入れられた奏が両膝を突く。


「……その傷では最早立てまい」


 勝敗は決したと言外に示すように、鋒を突き付けるスティーブ。しかし奏の目には未だ、不敵な闘志が消えず残っていた。


「……あまり私の部下を舐めるなよ」

「何……?」


 スティーブが訝しげに彼女を見下ろした、その時。




 背後に新たな気配と共に、魔力反応が出現する。


 咄嗟に振り向いたスティーブの、視線の先にあったのは――――




「あ、気付きやがった」




 ――――上空で魔力を纏った刀を振り上げた、湊の姿。


 狙撃手でありながら距離を詰めて来ていた彼は、剣術によって近接戦にも対応可能な"オールラウンダー"だった。


 無属性魔力×形成術式


翼翔斬ヨクショウザン


 振り下ろされた刃から放たれるのは、猛禽の翼の如き魔力斬撃。スティーブはそれを叩き斬るべく自身の刀を振り上げるが、その行動は既に"一手"遅かった。



 無属性魔力×形成術式


セイバー


 奏の手の中に創り出された、魔力によって形成された刃。背後から突き込まれたその一撃が、刀を持つ右腕を貫いていた。


「ッ…………!」


 そして迎撃を封じられたスティーブへと――――湊の斬撃が叩き込まれる。




「――――2対1で勝てなかったら、流石にカッコつかねェだろ」


 そう告げる湊の前で、遂に力尽きたスティーブが地に伏せた。




『幾人もの出場者を斬り倒して来た、スティーブ・ジャクソンがここで惜しくも敗北!!「剣鬼」の異名を持つ神宮寺奏を追い詰めるも、彼女の懐刀湊紅輔との巧みな連携の前に討ち取られましたッ!!!!』




 響く実況の中で奏も崩れ落ちかけるが、寸前で湊に抱き止められる。


「お疲れ様っス。まだ余力残ってます?」

「いや……もうリタイアだな、私は。お前は亜門達を手伝って来い」

「えェー……俺ももう結構しんどいんですケド……」

「黙れ。さっさと行け」


 奏を支柱の側に座らせると、渋々といった様子で新たな戦場へ向かい始める湊。そうして2号館の外へと足を踏み出すが――――




「はー面倒くさ……って、お?まさかの出待ち?」


 そこには刀を携えた、一人の少年が立ち塞がっていた。




「……スティーブさんを倒したのはアンタか?」

「おー、まァそうっちゃそうだけどさ……オマエは何しに来たワケ?御剣」


 彼を待ち構えていた御剣 伊織は、抜刀しつつ問い掛ける。対して湊もまた、刀を抜き放ちながら声を返した。


「一応俺の兄弟子なんでな。仇は取ってかねーと、後で蒼さんがうるせェんだよ」

「あー、そういやお前らそうだったな。別にいいけどさ……お前にゃ多分敗けねェよ?」


 応戦の意思を見せる湊は、恐らく剣士としても相当な実力を有している。難敵である事は間違いなかったが、伊織の表情に緊張は見えない。




「確かに俺一人だと、アンタに勝つのは厳しいかもな」

「……………………あーやべ、忘れてたわ」


 暫く黙っていた湊だったが、ふと思い出したようにゆっくりと空を見上げる。




 そこにあったのは、上空に膨大な魔力を収束させていた天音の姿。上昇気流で浮遊していた彼女は、魔力で形成された稲妻の巨剣を天空から叩き下ろした。




 ◇◇◇




「スマンな日向クン……ボチボチキミと戦っとる場合やなくなって来た」

「はァ……!?」


 日向を相手取っていた士門だったが、亜門の劣勢をいち早く察知し新たな策に打って出た。双剣を合体させ再び大剣形態へと移行させると、雷属性魔力を一気に刃へと集中させていく。


 膨大な魔力の収束を感じ取り、警戒と共に防御体制に入る日向。しかし士門の術式は、日向の想定を遥かに超える速度を叩き出す。


「今回はココまでや。勝負の続きは次に預けとくわ」




 そして繰り出されるのは、爆発的な威力を持った雷の『砲撃』。


 雷属性攻撃術式


『如月一刀流"奥義"・号起神顕ゴウキシンケン


「なっ――――!?」


 凄まじい轟音と共に叩き込まれた、猛烈な激雷。日向の身体は瞬く間に8号館内壁を突き破り、中央広場へと吹き飛ばされていた。


『出ましたァ!!ここで如月士門の"奥義"が炸裂!!マトモに直撃した春川日向、ホールから大きく弾き出されましたが果たして無事でしょうか!?』




(……多分、仕留め切れてはないやろなァ……)


 一時的にではあるが盤上から一人の敵を排除した士門は、すぐさま蒼と戦っていた亜門に加勢する。


「遅いねんボケ」

「じゃあ後先考えず突っ込むなやカス」


 流れるような罵倒を交わしつつ、蒼の前に並び立つ如月兄弟。


 亜門と士門、そして雪華と相対しながら、蒼は暫し考えを巡らすように宙を仰ぐ。






「――――佳境、か…………」


 そう呟く彼の眼に映るのは、近付きつつある戦いの"終わり"。一つ小さく息を吐くが、すぐに再び笑みを浮かべると右手の刀を持ち上げた。


「そろそろ大詰めだ。ギア上げてくから、ついて来いよ」


 そう告げると同時に、蒼の刀へと急速に魔力が収束していく。


「「「ッ!!!!」」」

「「「「!?」」」」


 雪華達だけでなく、交戦していた啓治・沙霧と陣・凪もその空間異常に気が付いていた。彼等の魔力知覚が警鐘を鳴らしていたのは、蒼の刀に宿る尋常では無い『魔力密度』。




 これまでの術式とは一線を画した、絶対的な一撃が"来る"。




 本能で危機を察知し、即座に動き出す七人。しかし彼等は、全員が同じ行動を取った訳ではなかった。


 雪華・亜門・士門の三人は咄嗟にその場から飛び退るが、啓治達四人の一年は魔力盾を形成し防御体制を取る。その判断が悪手だと、彼等は知る由も無い。


 蒼の剣術の真の"脅威"、それを知り得ているかどうかが七人の行動を分けた。




 ――――そして、一刀は振り抜かれる。




 無属性攻撃術式


『斬界』


 放たれた、蒼の"最強"の剣技。




 その一撃は――――啓治達の魔術防御を、物ともせずに斬り砕き、貫通していた。


 規格外の威力と切断性能。凄まじい衝撃をその身に受け、四人の意識は一瞬の内に消し飛ばされた。




『これが……天堂蒼の、「斬界」ですッ!!!!万物を斬り裂く最強の術式の前に、四人のルーキー達が瞬く間に戦闘不能に陥りました!!!!』


 啓治や沙霧達が次々と倒れ込む中、雪華の首筋を一滴の汗が流れ落ちる。常識の範疇をも超えつつある、眼前の男の実力を彼女達は再認識していた。


「さて、と……んじゃ、最後の仕上げといこォか」


 淡々とした口調で、その刃を突き付ける蒼。






 そして戦いは、最終局面へと傾れ込む。

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