第29話『現在地』

「……オイ」

「何や」


 蒼と対峙していた士門と亜門は、自分達だけに聞こえる声量で言葉を交わす。


「……お前、蒼クンとタイマン張りたいんやろ」

「…………やったら何やねんクソが」


 考えを言い当てられた亜門は、見透かして来るような士門の指摘に悪態で返した。


「顔に書いてあんねんボケ。……しゃアないから時間稼いだるわ。行くならさっさと行け」

「あァ……!?」

「まァ、どうせサクっと敗けんのがオチやろうけどな」


 彼の意志を汲み、足止めを買って出た士門。意外そうな表情を向ける亜門だったが、やがて愉快そうに笑うと双剣を構え直した。


「ハッ、一言多いねん。……感謝はせェへんぞ」

「そこは黙ってなんか奢れクズ」




 亜門はそう言い残し、地を蹴って蒼へと飛び出す。それを目にした雪華も動き出そうとするが、彼女の前に士門が立ち塞がった。


「スンマセン雪華サン。チョットの間でエエんで、オレと遊んどってもらえます?」

「あら……彼を一人で行かせるのね。流石に少し無謀じゃない?」

「アイツはホンマに、よォ勝てへん勝負フッ掛けがちなんですわ。ガキやから」




 雪華と士門の掛け合いの先では、亜門が渾身の剣撃を振り下ろす。


「前にも言ったろ?お前一人じゃ俺には勝てねェよ。……まァ、二人で来た所で変わんねェか」


 単身での突撃を、蛮勇だと一蹴する蒼。そのまま連撃を交わしていた二人は、フロアを突き破り1号館へと転がり込む。


「いつまでもそこトップに踏ん反り返っておけるとは、思わへんコトやな。そろそろ明け渡してもらうで、No. 1」

「……お前にゃ無理だよ」


 しかし亜門は獰猛にそう言い放つと、烈風を発生させ蒼を大きく弾き飛ばした。


「ムリかどうかは……コレ喰らってから、もっかい言ってみィや」

「…………!!」


 そして魔力出力が跳ね上がると同時に、亜門の全身へと膨大なエネルギーが収束し。その姿は、修行の果てに完成した彼の"切り札"。


 風属性魔力×強化術式


『形態変化・風神』


 生み出された爆風は亜門を囲むように吹き荒れ、彼の身体を包み隠した。






「――――悪いけど、私にもあまり時間は無いから。長くは付き合えないわよ?」

「千聖サンの死に光の制限時間リミットですか」

「言い方……!!」


 一方で雪華と士門は、氷と雷の魔力による斬撃の応酬を繰り広げていた。


 雪華が言及されていたタイムリミットとは、千聖が気絶寸前に彼女へ施した『術式付与エンチャント』について。


 千聖は膂力・速度・耐久性・知覚能力・魔力出力・変換効率の全てを引き上げる術式をあの一瞬で付与して見せたが、その効果の持続時間は残り約2分と言った所だろう。その術式付与の効果が切れれば、雪華と言えど蒼に勝てる可能性は限り無く低くなる。


 ならばこの効果時間内で士門を倒し、そして蒼と戦うしかない。しかし士門もまた彼女の狙いを理解しており、だからこそ"時間切れ"まで足止めに徹しこの場に押し留めようとしている。


 僅か数分、戦況を膠着させればいい。そう目論んでいた士門だったが、雪華はその状況を打破すべく一気に動き出す。




「……私を何秒、ここに引き留めておけるつもりだった?」


 問い掛けるような声と共に、凍えるような突風が吹き抜けた。その直後、膨大な質量を持った氷の『波』が襲い掛かって来る。


 氷属性範囲術式


『コールドフォース』


 千聖によって性能を強化された魔術が、凄まじい威力と速度で士門へと叩き込まれた。咄嗟に相殺すべく炎の魔力を放出するが、その猛烈な勢いに大きく押し込まれ後退する。


「……春川君に使った"あの技"は、私には見せてくれないの?」

「アレはそんなポンポン撃てるモンとちゃうんですわ……!」


 奥義の連発は出来ないと返答した士門は、双剣を地へと叩き付けその衝撃に乗って飛び上がった。そして上空で双剣を合体させ、魔力を掻き集めつつ大剣を振り被る。


「もう少し長引かせたかったケドな……ここまでか」


 雪華の連撃に耐え続けていた士門だったが、最後の勝負を仕掛けるべくその刃を打ち下ろした。


 雷属性攻撃術式


『如月一刀流・迅雷神剣』


 迫り来る雷撃の一刀に対し、雪華は回避行動すら取らず一直線に疾駆する。そして紙一重で斬撃を受け流し、一気に士門の眼前まで距離を詰めていた。


「残念だけど――――魔力属性の相性が悪かったわね」




 その言葉と共に、カウンターの一撃が炸裂する。


 氷属性攻撃術式


氷速凍斬アイシクルドライブ


『氷結』の魔力を纏った、大鎌の刃。撃ち込まれた剛速の一閃は、士門の魔術防御を凍結させ、打ち砕いた。


『如月士門、「絶対女王」へ果敢に挑むもあと一歩届かず!!白旗千聖の援護を得ていた、黒乃雪華の刃が「雷神」を下しました!!』






 そして。




『一方こちらでも、天堂蒼と如月亜門の戦いが決着!!!!軍配が上がったのは――――』


 士門を倒した雪華の背後へと、一人の足音が響いて来る。


「……まさか、そっちの方から出向いてくれるとはね」


 振り返った雪華の、視線の先に歩いて来ていたのは――――




『――――やはり学園最強のこの男でしたッ!!!!「剣聖」、天堂蒼!!!!その圧倒的な力によって、「風神」すらも敗れ去りました!!!!』


 ――――亜門との魔術戦闘を、危なげなく制して来た蒼だった。


 1号館には蒼の手によって斬り捨てられた亜門が、壁に叩き付けられたまま気絶している。刀の峰で肩を叩いていた蒼だったが、その顔には僅かながらも落胆の色が見えた。


「白幡の『付与エンチャント』が切れる前に、お前と戦り合いたかったんだけどな……一歩遅かったか」


 嘆息しながら蒼が口にしたのは、雪華に付与された術式の状態。千聖の『術式付与』による能力上昇効果は、士門との戦いによって既に失われていた。未だ雪華は戦意を放棄したようには見えないが、勝敗は最早決していると言って良い。


「まだ、やってみないと分からないでしょう?」

「へェ……お前にしては、珍しいコト言うじゃねェか」


 しかし勝負を捨てる気は無いと告げる雪華の言葉に、意外そうな声を返しつつ蒼もまた得物を構える。






 爆発的な魔力衝突。その戦いは、一瞬の交錯だった。






『――――――――――』


 止まる事の無い、実況と歓声。雪華との戦いを終えた蒼は、1号館を後にすべく歩き出す。最早自分と戦える人間は残っていないと、そう思っていた。






 しかし、蒼の魔力知覚が"三人"の反応を捉える。その直後。








 爆音を轟かせながら、二人の少年が一号館へと突っ込んで来た。そして少し遅れて、魔力気流に乗った一人の少女がその場に到着し着地する。


「オイ藤堂!お前流石に飛ばし過ぎだ!!」

「ゴメン……ちょっと力加減ミスったわ……」

「おおお勢いスッゲーな……死ぬかと思った…………」


 少女の魔力による気流操作でここまで移動して来たと思われるが、その尋常では無い速度について危険性を少年から咎められている。




 蒼の前に姿を現したのは、御剣 伊織・藤堂 天音・そして春川 日向の三人だった。




「伊織……!?つか日向、お前士門にフッ飛ばされたんじゃなかったのか?」

「おー蒼。いや、アレな。時計塔にブチ当たりかけたんだけど、ギリギリで天音が止めてくれてさァ。マジで危なかったわ」


 驚いた様子を見せる蒼の声に、身体を起こしながら応える日向。


「ハハッ……最高だお前ら。最後の最後に、退屈しなくて済みそうだ」


 堪え切れないような笑みを漏らしつつ、蒼は三人と向かい合う。




 そこに在ったのは、心の底から戦いを楽しんでいるような表情だった。




「楽しそうなのは結構だが……こっちも簡単に敗けてやるつもりは無いっスよ」

「言ってくれるね二番弟子……随分な自信じゃねーの。成長感じるわ」


 師と対峙した伊織は、刀に手を掛けながら日向と天音へ忠告するように口を開く。


「一つ言っとくぞ。…… 。あの人の剣に防御は意味が無ェ」

「あー……あの何でもブッた斬っちまう技な」

「とにかく躱すしか、対処方法は無いってコトね……」


『斬界』を実際に目にした経験がある日向が、伊織に同意するように頷いていた。二人の背後では天音が、術式の発動準備を始めている。




「今からお前らの『現在地』を教えてやる。――――全力で、俺を倒しに来い」


 蒼のその言葉が、開戦の合図。




 双方向から斬り込む日向と伊織、そして彼等の背後から天音が術式を撃ち放つ。蒼へと迫るのは、暴れ回る風の乱流。


 風属性攻撃術式


陣乱戦風ウォーズストーム四連クアドラプル


 烈風の猛威を一刀で斬り払う蒼だったが、その眼前には魔力を纏った日向と伊織が襲来していた。


 火属性攻撃魔術『炎刀』

 退魔一刀流・『富嶽』


 振り下ろされる日向の手刀、斬り上げられる伊織の刃。上下から叩き込まれた挟撃を、蒼は裏拳と蹴りで弾き返す。そして双撃を捌くと同時に、超高速で振り抜いた二連撃で二人を打ち飛ばした。


「グッ……!!」

「重ッてェ……!!」


 間一髪で防御は間に合ったが、その凄まじい剣速と攻撃力に押される伊織と日向。




(中々やるじゃねェか……恭夜君の教え子三人衆)


 しかし日向達と相対する蒼は、彼等の連携練度に密かに感心を覚えていた。


「……あの人の買い被りじゃなさそうだな……安心したぜ」


 その呟きと共に蒼が突進を仕掛けるが、行手を阻むべく天音が魔力防壁を出現させる。


 土属性、続けて氷属性による二重防御を構築するが、蒼の剣撃はそれすらも一瞬にして斬り崩して来た。防壁を突破して来た蒼に、上空から日向の術式が撃ち込まれる。


 火属性魔力×形成術式


散輪破ザンリンハ


 振り抜かれた右腕から放たれるのは、魔力によって創り出された無数の炎輪。しかし手数を重視していると思われるその攻撃は、陽動に過ぎないと蒼は即座に見抜く。


「らしくねェ真似して来んじゃねェか、日向」


 降り注ぐ炎を尽く斬り落とす蒼だったが、その背後からは本命の一撃が迫っていた。


 退魔一刀流・『羅針』


 散輪破に意識を割かれた瞬間に、死角から突き込まれる渾身の一撃。しかしその刺突を蒼は、見向きもせずに上体を傾け回避する。


「んー、惜しいな。流れ自体は悪くねェ」

「クソ……!!」


 伊織が突き出した刃を素手で掴み止めると、そのまま刀ごと彼の身体を力任せに投げ飛ばした。豪快に放り投げられた伊織は、日向に受け止められ何とか停止する。



 そしてその隙に天音が展開していた、砲撃術式が蒼の頭上から炸裂する。


 氷属性魔力×形成術式


大崩氷塔フロストタワーズ


 畳み掛けるように打ち下ろされる、大質量の瀑氷。自身を押し潰さんとするその一撃をも、蒼は一刀で迎え撃つ。


 鋭く響く剣戟音。


 空を斬り裂く超速の瞬刃が、魔力の大槌を両断していた。真っ二つに分たれた氷塊が、轟音と共に地へ叩き落とされる。




「ハハ……クソみてーに強ェな。もう笑うしかねェだろあんなん」

「何なのよあのバカげた威力は……!」


 反則めいた力を振るう蒼に、最早笑いが止まらない日向と苛立たしげに呟く天音。しかし伊織だけは未だ、勝機を探るように彼の刃を注視していた。




「…………『斬界』を、撃たせるしかねェ」

「「は?」」

斬界アレを使わせれば、流石に何秒かは隙が出来んだろ。その瞬間に仕掛けるしかねェ」


 伊織が口にしたのは、蒼の切り札にして必殺たる『斬界』を使用させ隙を作り出す作戦。どれだけ強大な術式であっても、発動直前と直後には僅かながらも必ずリスクとなり得る瞬間が生じる。


「成程。危険ではあるけど……勝つつもりなら、ソレしか方法は無さそうね」

「どーせ賭けしかねェしな、アイツと戦り合うなら」


 可能性に委ねられた戦術だったが、天音と日向も迷わずそれを選択した。伊織は小さく笑みを零すと、悠然と待ち構えていた蒼へと一歩踏み出す。




「あのクソムカつく余裕……ひっくり返すぞ、俺達で」

「ええ」

「おォ!」


「イイね……やっぱお前ら、最高だよ」


 そう言って招き入れるように鋒を動かす蒼へ、日向と伊織が爆速で地を蹴った。二人が繰り出すのは、自分達が持ち得る『最強』と『最速』の攻撃。


 火属性攻撃術式『爆皇破』

 退魔一刀流"居合"・『鳴神』


 突撃しつつ、豪拳と一刀へと力を溜め込んでいく。その二つの技は『速度』が上がる程に、『威力』もまた増大する一撃だった。




 そして大技の気配を感じ取った蒼も、"必殺"の構えでそれに応じる。


((いきなり来やがった……!!))

(来た……!!)


 日向と伊織に続き、天音も蒼が『斬界』の発動体制に入った事を察知した。


 前衛二人の陽動で的を絞らせず、天音の爆撃と突風で振り抜く前に軌道を変えさせる。そして斬撃を放った直後に、三方向からの同時攻撃。一瞬で意思を伝達し、日向と伊織が襲い掛かる。




(((――――来る!!!)))


 刀の柄に掛かった、蒼の手が動いた。瞬間的に防御の構えを取る伊織と日向。


 刃が、振り抜かれる。











 しかし。




「ハハ、盲点」


 笑う蒼。




 


 蒼が振り抜いた筈の刀から、『斬界』は放たれていなかった。




((しまった――――!!))


 フェイントを用いていたのは、日向と伊織だけではない。蒼が振るったのは、一切の魔力が宿っていない只の一刀だった。


 完全にタイミングを外された事で、逆に日向達が無防備な姿を晒す事になる。咄嗟に天音が術式を撃ち出すが、既に遅い。




 無属性攻撃術式


『斬界』


 返す太刀で放たれた、万物両断の一撃。その刃は天音の超火力術式諸共、三人を斬り倒すのみならず――――




「あーしまった……流石にやり過ぎたか」




 ――――環状本棟の北半分、7・8・1・2号館をも斬り飛ばしていた。


「……まァいいか。楽しかったしな」


 日向・伊織・天音の三人を破った蒼は、刀を収めつつ背後を振り返る。




「隠れてんだろ?出て来いよ、綾坂」

「……いや〜、流石に厳しかったか〜。日向君達も頑張ってたんだけどね……」


 そう言われ半壊した支柱の陰から姿を見せたのは、日向の後衛としてこの競技に出場していた綾坂 未来だった。


 両手を上げて見せ、戦闘の意思は無い事を示す未来。日向達との交戦を終え満足げに蒼が笑う中、遂に決着のアナウンスが響き渡る。




『――――タッグロワイヤル、遂に終結!!ひしめく強敵達を撃ち破り頂点に立ったのは、やはりこの男でした!!!!』

『慎まれる事無きその力!!無敗伝説、最強の神話!!彼の進撃を、誰も止める事は出来ない!!!!』

『東帝学園の歴史に、その名は深く刻まれる事でしょう!!』




『勝者――――』

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