第27話『風神雷神』

『何と!!ここで姿を見せたのは、数々の騒動を巻き起こす渦中の人物!!話題のルーキー、春川 日向です!!!!』


 実況が驚愕の声を上げる中、飛び込んで来た日向と相対していた亜門が口を開く。




「キミの事は知ってるで。獅堂クンに喧嘩売ったオモロい一年の話は聞いとる」

「何だ、結構みんなソレ知ってんだな。まァ俺はお前らのコト、ほとんど知らねーんだけどさ」


 特に悪気も無さそうに言葉を返す日向へ、今度は士門が愉快そうに笑いつつ問い掛けた。


「どっから突っ込んで来たんか知らへんケド、どうもそのブッ飛びイカレ具合は本物みたいやなァ。ところでキミ、相方もう一人はどこに置いて来たんや?」

「あー、未来さんなら離れたトコにいてもらってる。あの人回復魔術師ヒーラーらしいし、近接は出来ねェみてーだからな。巻き込んじまっても悪ィからよ」


 日向が明かしたのは、自身とペアを組んでいる少女の名前。彼をこのタッグロワイヤルへ誘い入れたのは、『十席』の一人と目される実力者、綾坂 未来だった。


キミ一年と未来サンが……?これまたエラい珍しい組み合わせやないの。どういう風の吹き回しや?」

「あの人も大概気分屋やからな……大方その辺歩いとった奴の中から、そこそこ戦れそうな前衛フロント選んで声掛けたとかそんな所とちゃうんか?」

「あーあり得る。想像つくわ」


 未来が日向と共に参戦して来た事について、彼女の気まぐれな性格に言及する亜門と士門。しかし会話を交わしながらも彼等は、纏っている魔力を着実に戦闘態勢へと移行させつつあった。




「まァ、誰と組んどるかなんかはこの際どーでもエエねん。どんなヤツが来た所で、蒼クンと戦り合うまでの肩慣らし前座っちゅう点では大差あらへんしな」


 二人の全身から溢れ出し、揺らめき立つ魔力波動が空間を支配していく。




 しかしその圧力を一身に受けながら、日向は顔色一つ変えていなかった。彼等と向かい合い――――ただ、平然と笑っていた。


「結構な言われ様じゃねーの。けど、何でだろうな…………不思議とお前らには、全く敗ける気がしねェんだわ」

「…………言うやんけ」


 虚勢、挑発、そのいずれの感情も見て取れない、屈託の無い笑み。その底知れぬ不気味さに、僅かな動揺を隠すように士門は口角を吊り上げた。


 そしてその隣では、剣の峰で肩を叩きながら亜門が日向へと一歩踏み出す。


「デカいクチ叩くのはキミの勝手や。せやけどなァ……一度剣抜いた以上、オレらはもう手加減出来ひんで」

「ハハ、そりゃ当然。俺も本気ガチンコでしか戦り合う気はねーから安心しろよ」


 日向が不敵にそう言い返した、直後。




 瞬く間の疾走と同時に、双方の魔力が激突した。




 ◇◇◇



「え、日向アイツタッグ戦出てんの!?」

「うん。なんか見た感じ、未来ミライと組んでるっぽいよ」


 その頃教員室では、事務作業が一段落した万丈・冴羽・久世・篠宮の四人が演習場スタジアムへ向かおうとしていた。携帯端末で学内SNSを閲覧していた久世から、日向がタッグロワイヤルに参戦していると聞かされた冴羽は驚きの声を上げる。


 何せ他者との連携が限り無く不可能に近い、日向の破天荒な戦闘スタイルは今に始まった事ではない。


「あー、未来か……アイツはホント、時たま突拍子も無い思いつきで行動するよね」


 そんな戦況を掻き回すトリックスターを、バトルロイヤルに引き入れた未来へ呆れたような溜息を零す冴羽。


「あの子最近、やる事為す事が天堂君と似て来てる気がするわ……」

「何ソレ最悪じゃん……」


 日に日に彼女の奔放さが増している一因に、篠宮が学園屈指の自由人問題児からの悪影響を挙げる。冴羽は眉間を押さえながら嘆き、その隣の万丈も苦々しい表情で沈黙していた。




 ◇◇◇




「ッ!?この魔力…………!!」

「何だ、どうした?」


 時計塔広場でのハル達との戦闘を終え、激しく魔力がぶつかり合っている北方の7・8・1号館へ向かっていた伊織と天音。しかしその時、天音が魔力知覚によってある人物の存在を捉える。


「……多分、春川だわ。7号館で、亜門さん達と戦ってる……!」

「は!?アイツ、出て来たのか……!?つか誰と組んでんだ……?」

「そこまでは分からないけど……とにかく、あの火属性はアイツで間違いない」


 自分達も知らぬ間に日向がタッグロワイヤルに出場していた事に、伊織達は少なからず衝撃を受けていた。




 ◇◇◇




 そして1号館にて応戦していた蒼もまた、7号館で勃発した新たな戦闘を感知していた。


(この魔力……日向か。よりによって亜門達と当たるとはな……)


 雪華から撃ち込まれる魔術を斬り返しながら、日向達が交戦している方角へ目を向ける蒼。その背後から、啓治の魔力を纏った右脚が蹴り下ろされた。


「どこ見てんだァ、オイ!!」

「おーおーわーかってる、よッと……!!」


 迫り来るその一撃に対し蒼は、見向きもせずにスウェーで難無く躱す。そして打ち据えるような反撃の回し蹴りで、啓治の身体を軽々と叩き飛ばした。




 大文字獅堂。

 御剣伊織。

 春川日向。

 神宮寺奏。


 この四人は魔術を用いない基礎身体能力に於いて、全学生の中でも突出した実力を有している。しかし学園トップの総合戦闘能力を誇るこの男もまた、彼等に比肩する身体技能・体術能力を備えていた。


 更に蒼は指先へと魔力を収束させ、追撃の魔術を撃ち放つ。


 無属性魔力×形成術式


ブラスト


 術式技能も極めて高い蒼の、鋭く洗練された一発の弾丸。しかし啓治へと飛来して来たその術式に、沙霧が即座に反応を見せた。


「させません……!!」


 水属性魔力×形成術式


流盾フローシールド


 啓治へ投射された沙霧の魔力が、彼を守る防御障壁を構築する。水属性魔力の特性の一つ『流動』性質によって、蒼のブラストは威力を殺され盾の表面を滑るように後方へ受け流された。


(アレが桜の妹か……やっぱ中々やるなァ、『三大名家』)


 障壁術・封印術に長けた魔術旧家、『空条家』。その一員として優れた防御能力を発揮している沙霧に、蒼は心中で感心するように小さく笑っていた。




「……お前らより先に、アイツらを片付けた方が良さそうだ」

「…………ッ!皇君、空条さん!退がって!!」


 雪華と千聖に目を向けながら、蒼が一刀を腰元に引き寄せ居合の構えを取る。彼の狙いに気付いた雪華が後退の指示を出すが、その時には既に啓治と沙霧は蒼の術中だった。


 無属性魔力×形成術式


バインド


 気付かぬ内に壁や床から伸びていた無数の魔力帯が、二人の足へと絡み付き動きを封じている。蒼は四人を相手取りながら、彼等に悟られず拘束術式のトラップをも仕掛けていた。


「余裕が無ェのは良くねェな〜。対応の余地は残しとくモンだぜ」

「クソ……!!」

「いつの間に……」


 焦りと動揺を隠せない啓治と沙霧だったが、彼等が拘束から抜け出すよりも蒼の刀へ魔力が収束する方が遥かに速い。


「雪華!ガード!!」

「分かってる……!!」

「…………遅ェよ」


 千聖の声に応えながら雪華が氷壁を創り出そうとするが、その完成を待たず蒼の刃が振り抜かれる。






 しかしその直前、三発の銃声が戦場に響き渡った。


 それと同時に二発の銃弾によって、啓治と沙霧の拘束帯が的確に撃ち抜かれ弾け散る。そして最後の一発は、蒼の刀身に直撃しその太刀筋を僅かに歪ませた。


「紅輔……あの野郎ォ」


 悪態めいた呟きと共に放たれた、蒼の魔力斬撃。その一撃は軌道を逸らされ、啓治達の頭上の空間を斬り裂いた。






 ?号館、9階吹抜けホールにて。


「一つ貸しだかんなァ啓治。感謝しろよ?」


 銃口から硝煙を上げていたのは、セイバーズ・カンパニー製狙撃銃スナイパーライフル『ゲルハルト-T02』。そのスコープ越しに戦場を一望していた、学園屈指の狙撃手スナイパーはそう口にする。


 後輩達の窮地を救ったのは、『風紀』にて如月兄弟と並ぶ実力者、湊 紅輔だった。


 湊が撃ち込んだ最初の二発は、啓治達の拘束を解く為の魔力弾。そして最後の一発は、発射後不規則な弾道変化を起こす狙撃魔術『蛇弾スネークブラスト』だった。


 現に蒼は何処から銃弾を受けたのか測りかねているようで、湊の狙撃ポイントを探るように周囲を見回している。


「ハハ、無駄無駄。見つかるワケ――――」


 そう高を括っていた湊だったが、その瞬間。




 風切り音と共に、湊の数メートル真横の空間を魔力斬撃が通り抜けた。それを目にした湊がその場から飛び退るとほぼ同時に、再度撃ち込まれた斬撃が今度は眼前の窓と床を斬り砕く。


「……外したか」


 舌打ちと共に蒼が刀を下ろすが、その頃湊は間一髪で崩落するフロアから飛び降りていた。


「ッぶねェな……!!ムチャクチャかよあの人……!?」

『生きてるか?湊』


 ほぼ山勘で斬撃を飛ばして来た蒼に唸るような声を上げていたが、その時奏から通信が入る。


「えェ、まァ何とか。そっちは大丈夫なんスか?」

『問題無い。他の状況はどうなってる?』

「えーッと、7号館ではバカ共が戦り合ってます。んで南広場からは……藤堂と御剣が来てますよ、コッチに」


 ◇◇◇




「――――そうか、分かった」


 湊からの通信を切った奏は、飛来して来た斬撃を一刀の下に斬り伏せる。そして上空から斬り掛かって来た、スティーブの剣撃を同じ刀刃で受け止めた。


「……部下の戦いが気掛かりか。大した余裕だな」

「フフッ、お前を蔑ろにしてるワケじゃないさ。……拗ねるなよ」


 そう言い返すと共に奏が、舞うような体捌きによる二段回し蹴りでスティーブを吹き飛ばす。そこから更に刀へ魔力を纏わせ、捻りを加えた突きの刃を繰り出した。


 撃ち出されるのは、弾丸の如く"飛ぶ"刺突。


 無属性魔力×形成術式


突空刃トックウジンカイ


 魔力で形成された飛刃にスティーブは自身の刀を叩き付けるが、その一撃は彼の頬を掠め斬り裂いていく。




「お前は亜門と戦いたかったかもしれんが……奴の標的は天堂だけだ。今回は私で我慢しておけ」

「勝手な憶測はよしてもらおうか。お前の狗になど興味は無い」


 奏の挑発めいた言葉に、スティーブは乱雑に血を拭いつつ剣呑な視線を返していた。




 ◇◇◇




『何という事だ、この戦局を一体誰が予想出来たでしょうかッ!!』


 熱狂に包まれたスタジアムにて、興奮に満ちた実況の声が響く。観衆の視線の先のモニターには、熱戦を繰り広げる三人の姿が映っていた。




 日向の右脚に纏われた紅い魔力が、蹴り抜くようなモーションと共に撃ち出される。


 火属性魔力×形成術式


大輪破ダイリンハ


 放たれたのは、炎によって型作られた巨大な斬輪。凄まじい速度で襲来するその一撃を、亜門は烈風を纏った諸手の刃で迎え撃つ。


 風属性攻撃術式


『如月二刀流・双旋斬ソウセンザン


 叩き込まれた双刀が、業火の大輪を両断し吹き飛ばした。それと同時に今度は士門が、瞬く間に日向の背後上空へと跳躍し回り込む。そして両手に持った双剣の刃を重ね合わせ、柄に備えられたトリガーを引いた。


 皇重工製魔術武装『紅月』、大剣形態カリバーモード


 その双剣は亜門の物とデザインは同じだが、士門の為の個人専用改造パーソナルカスタムによる追加機能『合体機構』が搭載されていた。


 一振りの大剣と化したその巨刃に、雷の魔力を収束させながら振りかぶる。


 雷属性攻撃術式


『如月一刀流・雷電斬ライデンザン


 大上段から振り下ろされる、迅雷の一刀。日向は魔力を集めた両腕を交差させ、空中からの士門の剣撃を防ぎ止めた。


「ヌゥンッッ!!!!」

「オオッ、ラアァッッ!!」


 全体重を乗せ叩き付けられた刃を裏拳で弾き、更に撃ち上げるようなアッパーカットで押し返す。そこから全身を捩り上げ、強烈な回転力を帯びた渾身の蹴りを叩き下ろした。


 士門を蹴り返した日向はそのままフロアに手を突くと、両脚で周囲を薙ぎ払うように旋回し始める。ウィンドミルムーヴを起点として巻き起こされるのは、日向の魔力が生み出す『竜巻』。


「吹っ、飛べ!!!!」


 火属性攻撃術式


豪嵐破ゴウランハ


 周囲の空間をも巻き込み渦巻く、爆炎の大嵐が炸裂する。繰り出された大技に、咄嗟に防御体制を取る亜門と士門。




『驚異の新星、春川日向の猛攻によって――――』


 しかしその猛炎をマトモに喰らった二人は、8号館の内壁を突き破り大講堂まで吹き飛ばされる。


『"学園最速"と謳われる男、如月亜門!!そして彼と肩を並べる猛者、如月士門が――――!!』


 下馬評を覆す大立ち回りに、どよめき沸き立つ観衆達。最早戦場の追い風は、この男の背中へと吹き付けていた。




『――――圧倒されていますッ!!!!』




 実況の声高な叫びと共に、観衆からの一際大きな歓声が上がる。




「クソッタレが……!!」

「やっぱ未来サンが相手となると、中々やりにくくなるモンやなァ……」


 ステージ上まで飛ばされた如月兄弟は、階段を降りて来ている日向を睨み上げていた。


 東帝トップクラスの連携能力を持つ二人を相手に、日向は互角以上に渡り合っている。その要因は、『後衛』として彼をサポートしているあの少女の存在だった。






 6号館8階、大回廊にて。


「フフ……私は気分なんかで、日向君を選んだワケじゃないよ」


 窓枠に頬杖を突き戦場を眺めるその少女の名は、綾坂 未来。そう呟く彼女は大きく離れたその場所から、『回復術式』によって日向の戦闘を支援していた。


 ――――彼女の魔術は極めて長大な術式効果距離、即ち『射程』を誇る。つまり未来は相手の攻撃が一切届かないような場所から、一方的に味方を後方支援する事が可能だった。




(やっぱ相当凄ェんだな、あの人……)


 自身をタッグ戦に引き込んだ彼女の、想像以上の能力の高さに少なからぬ驚きを感じていた日向。


 姿すら視認できない場所の味方へ、的確に治癒魔術を施す技術。傷を修復するのみならず、身体の奥底から力が湧き上がるような感覚すら与える術式性能。それら全てが未来の回復魔術師ヒーリングウィザードとしての、圧倒的な才覚の表れだった。


「どうした。まだこんなモンじゃねェだろ。それとも…………もう、終わりか?」


 そう言い放っている間に、日向の傷は未来の魔術によって回復していく。目元の刀傷からの出血は、緑色の魔力光を発しながら瞬く間に治癒・修復されていた。


「……コレで終わり、やと?随分ナメくさってくれたモンやなァ」

「ココまでコケにされたんも久々とちゃうか……?」


 日向に見下ろされていた二人は平然と起き上がると、小気味良く首を鳴らしながら立ち上がる。


「オイ。……"アレ"で行くぞ」

「おォ」


 短く言葉を交わした亜門と士門は、突然双剣得物を鞘へと収めた。




(何する気だ…………?)


 何か仕掛けて来るつもりかと、日向が警戒し身構える。その眼前で二人は――――高速移動を発動させた。


 姿が掻き消えるような速度で、日向を中心に包囲するように疾走する。そこから一気に抜刀し二人同時に突進するが、繰り出される連続刺突を日向は蹴りと掌底で迎え撃った。


 攻撃を弾き返された亜門と士門は、距離を取り漸く足を止める。




 そこに立っていた彼等は、どちらも髪の色が"黒"へと変化していた。


「……は……!?」


 恐らく魔術によって変色させていると思われるが、想定外の行動に日向は動揺を隠し切れない。


 翡翠色の髪の亜門と金髪の士門は『双子』の兄弟、つまり極めて容姿が似通っている。その為両方が黒髪になってしまうと、最早どちらがどちらか判別がつかない程だった。




「何が出るかは?」

「喰らってからの?」

「「お楽しみィ」」


 再度双剣を抜き放った二人は、人を食ったような笑みと共に鋒を向ける。


「4択クイズのォ」

「お時間でェーす」


 そう言い放った二人の全身から、双属性の魔力が放出され――――の魔力が、空間へと解放された。

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