第21話『高次魔術訓練』

 期末考査終了後の七月上旬、二週間という期間を設けて実施される『高次魔術訓練』。


 東帝のカリキュラムに組み込まれているこの課程は、二、三年の中でも特に優れた能力を示し選抜された、約百名程度の生徒を対象として行われる。


 従来よりもハイレベルかつ専門的な演習を控え、彼等は学園最大規模施設の一つである『第三演習場』に集められていた。




「おー、集まってる集まってる。みんな気合い入ってんね〜」

「ふふっ、ちーちゃん楽しそうだね」

「そりゃー、みんなでワイワイやれる年一のイベントみたいなモンだしね。雪華もそう思うっしょ?」

「遊びじゃないのよ?」


 周囲の生徒達から注目の視線を寄せられながら、その場に姿を現す五人の少女。


 黒乃 雪華、白旗 千聖、綾坂 未来。


『生徒会連合』の中核を担う三人に続き、彼女らの腹心である一条 ハルと九重 絵恋も側に控えていた。




 一方でその向かい側から、殺伐とした空気を纏った集団が姿を見せる。


 その先頭にて彼等を率いていたのは、諸星 敦士と蛇島 司――――『大文字一派』の両翼たる二人だった。


「おーおー今日も御苦労なこった……目障りな顔が揃ってんなァ」

「……やめておけ」


 挑発的にそう吐き捨てる蛇島を、静かに諌める諸星。


 生徒会勢力と敵対している不良軍団の登場に、雪華達の忠実な部下であるハルは苛立たし気な表情を露わにしている。隣の絵恋もハルほど露骨ではないにせよ、彼等をあまり快くは思っていないようだった。


 しかし千聖は然程気分を害した様子も無く、敵意を隠さない二人を軽く宥めながら普段通りに話し掛ける。


「お、ヤンキーのくせにマジメに来てんじゃーん。獅堂シドーは?サボってんの?」

「さァな。……大方、気分が乗らなかったとか、そんな所だろう」


 楽しげに訊いて来る千聖に、淡々とした声で諸星が返答した。


 生徒会と大文字一派は犬猿の仲だが、互いのNo.2同士であるこの二人は不思議と険悪ではない。その背後ではハルと蛇島が睨み合っていたが、その場にまた別の新たな集団が現れる。




「――――何だ?……暴れたいなら、私達が相手になるぞ。蛇島」

「ッ……神宮寺……!!」


 好戦的な声色で蛇島へとそう告げたのは、屈強な『風紀委員』達を従え歩いて来た神宮寺 奏だった。更にその集団の中には、一際人目を引く派手な髪色の二人組の姿が見える。


「アカン……アカンな学食の麻婆は……」

「オマエがイキって8辛なんか手ェ出すからやろ。アホか」

「新メニューがあそこまで本格派とか誰が分かんねん……」

「口ん中の感覚無ェのは多分士門がブチ込んだ山椒のせいだろ?」

「オイ言わんでエエ事は言うな紅」

「待てやコラ。席立った時か?あン時か?」


 緊張感の無い会話を繰り広げている彼等こそ、精鋭揃いの風紀委員会でも主戦力として恐れられている、如月キサラギ 亜門アモン如月キサラギ 士門シモンだった。そしてその如月兄弟の横には、二人と同じく二年生ながら『風紀』の主力である湊 紅輔も並んで歩いている。




 東帝学園内の各勢力に属する実力者達が、この場所へと集結しつつあった。


 しかしその中でも、別格の力を持つ人物が既にこの場へと足を踏み入れている。それを一早く察知したのは、この中で最も"彼"に近しい実力を有している雪華だった。




「あー?獅堂も結弦ユヅルも居ねーじゃん。揃い悪ィなァ」


 その声に気付いた群衆が、慄くようにして一斉に道を開ける。




 中央を闊歩するのは、『剣聖』の異名を持つ東帝最強の男。天堂 蒼だった。


 一歩下がって彼に付き従っているのは、刀を携えた金髪碧眼の少年、スティーブ・ジャクソン。弟子として蒼に師事している彼もまた、学園"第六席"に位置する程の実力者である。




「おー?蒼クン珍しく来とるやんけ」

「ホンマや。しかも遅刻しとらんし」

「ルーズさでオマエらにどうこう言われたかねーよ」


 気付いた雪華よりも更に早く、真っ先に蒼へ声を掛けたのは亜門と士門だった。


 その声に応えながらも、誰かを探すように周囲を見回している蒼。


「……徹彦テツヒコは?アイツ来てねーの?」

「アイツこそフツーにサボっとるんとちゃうの?」

「それか、結城さんと風切と一緒に管理局に駆り出されてる……とかじゃないんスか?」


 亜門の蒼への返答に、湊が隣から補足する。目的の人物がこの場に不在と分かり、蒼は期待外れと言わんばかりに小さく息を吐いた。


「なーんかアイツ全然出て来ねェよなァ。俺のコト避けてんのか?」

「アンタが徹彦見つけたらすぐ戦おうとするからでしょーが。メンドくさがられてんだって」


 いい加減気付きな?と千聖に軽く咎められながらも、やや不本意そうに蒼は首を傾げている。




「それより……今年はおもろいルーキーが何人かおるらしいやんか。獅堂クンとも戦り合ったヤツがおんねやろ?なァ諸星クン」

「……ああ。全力では無かったが……獅堂の一撃を、"アイツ"は確かに受け止めた」


 その時士門と諸星が言及していたのは、一年生世代から選抜された数名の高次魔術訓練参加者について。彼等の実力を知っている蛇島やスティーブは、その表情を僅かに顰めていた。




「…………来たぞ」


 ルーキーを話題に盛り上がっていた蒼や亜門達へと、奏が演習場の入口を示しながら声を掛ける。


 開かれた扉から見えたのは――――八人の人影。




「なァ伊織、今日って俺ら何しに来たんだっけ?」

「話くらい聞いとけお前……」

「高次訓練のガイダンスよ」

「俺達の実力を測る良い機会だ。そしてあわよくば麗しき先輩方とお近づきに……」

「ホントに沢山いるね、先輩達……緊張してきたな……」

「俺は次こそ大文字に勝つ」

「何や、創来クン意外と燃えとるやんけ」

「あーダメだ……ねっむ……あと昼休み三時間……」


 姿を現したのは、上級生にも匹敵するその能力を見出された『選抜クラス』の一年生達だった。




「おっ、天音チャンおるやん。久しぶりやなァ」

「亜門さん……お久しぶりです。士門さんも」

「え、何アンタら天音っちと知り合いなの?」


 天音へと軽い口調で話し掛けた亜門に、千聖が意外そうに声を上げる。


「あー、オレらも天音チャンも家が道場やからな。ガキの頃によく試合とかで会っとったんや」

「へー……意外な繋がりだわ……」


 日本魔術界にも多くの門弟が存在している、『魔術剣』の二大流派『藤堂流』と『如月流』。その実子である天音と如月兄弟は、幼少期から交流試合などで顔を合わせる機会が度々あったと言う。




カイは元気にやっとるんか?」

「ええ……英国イギリスからよく手紙は届きます。相変わらず、聖神教に傾倒してるみたいです」

「クソ真面目なヤツやからな〜アイツ」


 一方で士門と天音は、外国に出向いていると思しき"ある人物"について、二、三言会話を交わしていた。




「やー、アツシ君も司もなんか久々だな。元気にやってんの?」

「黙れ。テメェ馴れ馴れしいにも程があんだろォがクソが。ナメてんのかコラ」


 ヘラヘラと笑いながら肩に手を置いて来る日向を、蛇島は鬱陶しげに振り払っている。


「……アイツからお前に伝言だ。『再戦ならいつでも受けてやる。もう一度戦う気があるなら、スラムに来い』……だ、そうだ」

「成程ね……OKOK、また近い内に行くっつっといて」


 そして諸星が口にしたのは、預かっていた日向への言伝。


 学園内での戦闘を良しとしない風紀委員長の奏はこちらを睨んでいたが、それを聞いた日向は不敵な笑みを浮かべながら、諸星へとそう託けていた。




「沙霧ちゃーん♪一年生なのにちゃんと選ばれててすごいね〜」

「綾坂先輩!いえ……私なんて、みんなに比べたら全然で……」


 未来は以前から面識のある沙霧を見つけ、手を振りながら話し掛けている。


「ふふっ、大丈夫だよ。一緒に頑張ろうね」

「はい……!!」


 恐縮しきっていた沙霧だったが、優しげな表情で笑う未来へ嬉しそうに頷き返していた。


「感じるか一文字。アレが、"マイナスイオン"だ……プライスレス……!!」

「え、いやまァ何となくは……」

「キメェな」


 少し離れた場所では、彼女達の遣り取りを啓治が満面の笑みで眺めている。彼のその様子に陣は曖昧に頷き、伊織は直球でそう吐き捨てていた。






「ほぼ全員揃ってるわね。始めるわよ」


 そんな中、最後に演習場へ到着した三人の人物の足音が響いて来る。


 白衣を纏った女性教師、冴羽 怜に続き、主任教員の万丈 大和と技能指導員の久世 宗一もこちらへ歩いて来ていた。




「今日は桐谷先生はいらっしゃらないんですか?」

「なんかアイツ最近忙しいみたい。まァアイツ、こういう説明の時は大体出しゃばって来るもんね。気になるのも分かるわ」


 そこで雪華が、普段は演習などにもよく顔を見せる恭夜が居ない事に気付く。珍しくはあったが、彼が多忙な事は周知であったので誰もそこまで気に留めてはいなかった。




「……ではこれから、高次魔術訓練についての説明をしていく」


「――――つか、大和センセーってマジでガタイいいよな。顔もめっちゃ怖ェし」

「確かに……強そうだな。あの厳つさは俺達も目標にすべきだ」

「うるせェぞアホ共。フィジカル議論ならヨソでやれ」

「啓治クンもボリュームはあんま変わらへんで」


「オイそこのバカ四人。まとめて叩き出すぞ。話くらい黙って聞け」

「「「「ヒッ…………」」」」


 雑談していた日向・創来・啓治・陣は、鬼の形相の冴羽に睨まれ縮み上がる。その横では何とも言えない表情で佇んでいる万丈の肩を、半笑いの久世が軽く叩いていた。




『高次魔術訓練期間』

 ・選抜された全101名の生徒は、7/2〜7/6、7/9〜7/13の期間中、午後から行われる高次魔術戦闘訓練に参加しなければならない。

 ・その間、実施されている本来の授業への出席は免除される。




「……つーコトは、座学受けなくて良いってコトか……!?」

「後で説明してあげるから、今はちょっと黙ってなさいよ……!」


 期待に目を輝かせている日向の脇腹を、小突いて黙らせている天音。




 ・訓練は監督権限を与えられた三年生を中心として、学生主導の下に行う。




「…………すいません。ちょっといいっスか」


 そこで、投影されていた要項に目を通した伊織が、万丈へ質問を投げ掛ける。


「……これってつまり、俺達は先生方じゃなく先輩方から、戦闘についての指導を受けるってコトっスか?」

「そうなるな。我々教員も、円滑な訓練実施の為のサポートは随時行なっていく。だが基本は、主体性を重んじた生徒間での戦術共有がメインになる。こちらから必要以上に干渉する事は無い」


 万丈からその答えを聞きながらも、伊織の表情には僅かに不満の色が見えた。


「……確かに、今まで桐谷から剣を習って来たお前からすれば……自分と同じ学生は、教えを乞う相手としては不足を感じるかもしれないな」

「……別に、そこまで言ってるつもりは……」

「…………だが彼等は、お前達よりも一年間長く、魔術師としての確かな経験を積んでいる」


 万丈は伊織へと諭すように、静かに、しかし力強く言葉を続ける。


「お前の実力は、こちらとしてもよく理解している。だがこの場にはお前と同格、もしくは上回る力を持った人間も確かに存在している。……得られる物は少なからずある筈だ」


 東帝の魔術戦闘教育はあくまで学生の自主性を基軸としており、その方針は放任的とも取れる物だった。しかし、脈々と受け継がれて来たその伝統が、若くしてこの国を護る盾でありまた矛となる強靭な魔術師を育てて来た事も事実である。




「……分かりました」


 伊織は納得の意を示すと共に、静かに引き下がった。


「フン……露骨に無礼な奴だな」

「まあまあ……」


 その横では、咎めるような視線を向ける啓治を沙霧が諌めている。




 ・7/16〜7/20の期間は、シード4名を含めた選抜者60名によるトーナメント形式の対人戦闘演習を行う。




「……二年と三年は既に知っていると思うが……『東帝戦』についての説明だ」


 そして万丈が最後に言及したのは、"東帝最強"を決める学内トーナメントについて。


 訓練参加者101名の中から更に、60名の魔術師を選抜し1対1での戦闘を行わせる。トーナメントに於いてシード権を持つのは、席次番付の上位四名。


 昨年の東帝戦にて、一年生ながらベスト4という大躍進を見せた亜門。

 氷と闇の複数属性魔術師であり、学園内で数少ない『特殊魔術アビリティマジック』の使い手でもある雪華。

 純粋な戦闘能力だけならば、その雪華をも上回る獅堂。

 そして入学以来、東帝戦で二年連続優勝中の蒼。


 彼等四人以外にも、警戒すべき数多くの強者がこの場には集っている。戦いへの緊張感と期待感を抱きながらも、"三人"の心中には全く同じ考えがあった。






((俺が――――))

(私が――――)


 天堂 蒼最強を、倒す――――!!




 日向と伊織と天音、静かに闘志を燃やす三人の視線に気付きながら、蒼は不敵に笑っていた。




(アレが恭夜君の教え子三人組か……)


「俺の所まで来るのは、誰になるんだろうな?」


 先日の恭夜の意味深な言葉を思い起こしつつ、蒼は小さく呟く。


「誰が来た所で、結果は同じでしょう。この場にいる全員、師匠の力の足元にも及びません」


 隣に居たスティーブは、蒼の圧倒的な実力を示唆するようにそう応えた。しかし、蒼の愉しげな表情は変わらない。




「いやァ……そりゃまだ分かんねェだろ」




 ◇◇◇




「ねー流星さん。いくらオレらがクソ暇窓際部署とは言え、流石にこんな雑用にまで駆り出すのは勘弁してもらえないスかね」


 魔術都市を走る黒のセダンの運転席にて、ハンドルを握る山吹色の髪の青年がそう零す。


「まァそう言いなさんな。折角の"母校"訪問なんだし、人数いた方が賑やかで良いでしょ」


 その声に応えたのは、後部座席に腰掛けている藍色の髪の人物。長髪を束ねたその流麗な美青年に対して、今度は助手席に座っていた黒髪の男が口を開く。


「つーか速水さん、そもそも俺らって今日何しに行くんスか?」

「アレ、言ってなかったっけ?まァ、捜査情報の一部共有と協力要請ってトコかな」

「いや、流星さん言ってましたよ。このゴリラがちゃんと聞いてなかっただけっスね」


 速水と呼ばれた人物のその返答に、運転手の青年が流れるような罵倒と共に言葉を続けた。


「確かに話を聞いてなかったのは俺が悪い。だがそれをお前に咎められる筋合いは無ェ」

「いだいいだいすんませんスンマセン痛いってェ!!俺運転中!!」


 しかし隣に座っているその男に耳を捻り上げられ、苦悶の声を上げながら即座に謝罪している。無礼な物言いのこの青年は、一応彼の後輩だった。


 騒がしい車内にて、運転席の後ろに座っている最後の一人は無表情で沈黙を貫いている。


(…………帰りたい)


 桔梗色の髪の青年、北斗 玲王。ゲラゲラと爆笑している先輩や同僚に囲まれる、彼こそ一番の苦労人だった。




「はーいよ、やーっと到着ですッと」


 そして四人を乗せた車は目的地に到着し、正面ロータリーで停車する。


「ココも変わんないね…………」


 長髪の青年は降車しながら、眼前に聳え立つ建物を見上げながらそう零していた。




「さて…………行こうか」


 歩き出す、漆黒のスーツを纏った四人。管理局に属する『魔術捜査官』達は、彼等の母校である東帝学園へと訪れていた。




 ◇◇◇






 夜、東京某所。




 高架下のトンネルに響く、一人の足音。


 歩いていたのは、大柄な体躯を持った金髪の男――――大文字 獅堂だった。しかしその足取りはやけに緩慢であり、側から見ても動きが鈍い事が分かる。


 不意に立ち止まった獅堂は、バランスを崩したかのように壁へと手を付いた。


(クソッタレが…………)


 心中でそう毒づく彼の息遣いは荒く、額には汗が浮かんでいる。




 その脇腹には、深く刺し貫かれたような傷跡があった。




 夥しい量の血を流していた獅堂は、遂に膝を突きアスファルトに倒れ伏す。血溜まりの中でも、その目に宿る忌々しげな光は変わらない。




 しかしやがて限界を迎え、彼の意識は暗闇へと沈んでいった。


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