第22話『再会と報告』

 東帝学園、応接室にて。




「やーどうもどうも、もてなしてもらっちゃって……」


 藍色の長髪を束ねた青年は、そう言って案内された席へと腰を下ろす。スーツを纏った端正な顔立ちのその人物の名は、速水ハヤミ 流星リュウセイ。彼はある所用でこの東帝学園へと訪れた、魔術管理局の『魔術捜査官』だった。


 その隣には彼と同じく管理局の『魔術捜査課』に所属する人物、北斗 玲王の姿もある。そして彼等を出迎えた万丈と冴羽は、テーブルを挟んだ向かいの席に腰掛けた。




「……北斗も息災そうで何よりだ。沢村とは上手くやれているか?」

「ええ。……相変わらず、掴み所の無い人ではありますが……優秀な上司だと、度々思いますよ」


 北斗と同じ捜査課に属しており、彼とバディを組む事も多い沢村についての近況を訊く万丈。沢村と万丈はかつて、この東帝学園の門を共に潜った同年代の学友だった。




「アレ、そういやタダシ俊哉トシヤも連れて来るっつってなかったっけ?」

「あー、あの二人はヒマそうだったから連れて来ただけなんだよね。テキトーに時間潰しといてって言ったらホントにどっか行っちゃった」

「自由過ぎんだろ……」


 冴羽は速水達と共に来校していた筈の、残りの二人の姿が見えない事に気づく。運転席と助手席に座っていた彼等は、どうやら暇を持て余し校内探索に繰り出したようだった。


「奴等には、その奔放を通すだけの実力があるからな……」

とはよく言ったモンだわ……」


 速水と北斗の『捜査課』とは別の部署に属する、彼等二人の実力に言及しながら苦笑を見せる万丈と冴羽。




「――――で、結社についてはなんか掴めたワケ?」

「いやー……恥ずかしながらまだ、殆ど何も。足取りもさっぱりでさァ」


 そこで冴羽は、本題である『刻印結社』について問い掛けた。


 日向達へと干渉した後、行方を眩ました三人の番号刻印ナンバーズ。国外へ脱出したとの情報は無く、この魔術犯罪者達が東京の何処かに潜んでいる事は間違いない。


 しかし忽然と消えた彼等の姿は、事件から二週間以上が経過した今でも発見されていなかった。捜査は難航していると、肩を竦めながら速水は告げる。




「……管理局がここまで追って見つからないなら、もう魔術都市には居ないんじゃないのか?」

「ですね。『表』に出てる可能性はかなり高い……」


 万丈の推測に応えながら、コーヒーに口をつける速水。


「上からも少しずつではありますが、圧力が掛かり始めてます。対応を急ぐようにとの通達がありました」

「まァこの状況自体が既に外聞悪いしねー……ホントお疲れさんだわ」


 管理局が置かれている現状を北斗から聞かされ、冴羽は同情するような声と共に溜息を零した。


 国際的テロリストの潜伏を許しているこの状況は、既に他国にも知られ始めている。国家間情勢への影響を懸念している政府上層部は、魔術師協会日本支部に早急な事態収束を求めていた。




「そこで、なんですケド……沢村さん、捜査規模をかなりデカくするらしいんですよね。上への提言がついさっき通ったみたいです。人員も追加投入するとか」

「ほう……アイツにしては、思い切った考えだな」


 速水から聞かされたのは、沢村が計画している捜査の範囲拡大について。



「こっからはお願いっつーか要請なんですけどね……」

「あーハイハイ、結弦ユヅルだけじゃなくてアランと徹彦にも手ェ借りたいってコトね」

「理解が早くて助かるよ」


 そこで冴羽は、速水が口にしようとしていた内容を先んじて言い当てる。それは東帝に在籍している三人の学生に対する、管理局の捜査への協力要請だった。


「風切の諜報能力があれば、的を絞った捜査活動によってより進展が見込めます。無論身の安全については、我々が厳重に警護を行います」

「あー大丈夫大丈夫、その辺はあんま心配してないから」


 彼等生徒の安全面については、管理局による護衛を信用していると北斗へ告げる冴羽。




「古田が居れば、お前達の作戦の生存率が上がるという事も理解出来る…………分かった、学長に話を付けて来よう」

「ホントですか〜、いやァありがとうございます。助かりますよ」


 そう言って席から立ち上がった万丈へと、一安心と言った表情で速水が礼を述べる。その隣では、北斗も静かに頭を下げ感謝の意を示していた。


「……だが、あくまで生徒には拒否権があるからな。まだ確定した訳ではない事は把握しておけ」

「つってもまァ……アランと徹彦に関しちゃ、サボりの口実が出来たって喜ぶだけだろうけどねェ……」


 最後に釘を刺すような言葉を残し、退室して行く万丈。そして冴羽は小さく笑いながら、カップの中のティースプーンをかき混ぜていた。






 三人になった部屋に訪れる、僅かな静寂。


「…………もうすぐ一周忌ね。龍臣の」

「…………そうだね……」


 沈黙を破ったのは、冴羽が発した一言だった。それは彼女と速水の、共通の友人についての話題。


「…………外しましょうか?」

「いや、気にしなくていいよ」


 二人の心情に配慮し席を立とうとした北斗だったが、必要無いと速水が呼び止める。




 戦国センゴク 龍臣タツオミ


 速水と冴羽と同世代の人物であり、日本の魔術旧家『戦国家』当主でもあった男。彼は一年前、米国アメリカで起こった刻印結社との戦いの中で命を落としていた。


 実際に対面し顔を合わせた事は数回程度しか無かったが、優れた実力を有し人望も厚い人物であった事は北斗の記憶にも残っている。


 そして彼の訃報を受け取ったあの日、速水の横顔に浮かんでいた憎悪も未だ鮮明に思い起こす事が出来た。




「…………どうこう言うつもりは無いけど……あんま無茶しすぎんじゃないわよ」


 速水は結社が関係した全ての事件を、私怨めいた執念で追い続けている。いずれ暴走し兼ねない彼の危険性を、口には出さずとも冴羽は薄々感じ取っていた。


「何、心配してくれてんの?」

「バーカ、玲王達にケツ拭かせんなっつってんのよ」


 彼女からの指摘を茶化すように逸らかすが、案じているのは北斗達だと一蹴される速水。




「まァ、大丈夫だよ。やるべき事を、見誤るつもりはないから」


 己の責務を全うする。そう言って薄く笑う速水の横顔に見えた、僅かな不穏さを北斗は胸中に留めていた。




 ◇◇◇




 東帝学園、第七訓練エリアにて。


「さて、と…………メンドクセーけど、ボチボチ始めてこうか……」


 そこには既に、演習の開始を待つ十数人の二年生が集まっている。


 少し遅れて気怠げな声と共に姿を見せたのは、眠そうに後頭部を掻く白髪の青年。長い前髪から青色の瞳を覗かせていたその人物は、東帝の『術式技能指導員』久世 宗一だった。




「術式を構築する上でまず第一に組み立てないといけないモノ……絵恋、解るよね」

「『図式』です」

「ハイ、正解」


 絵恋の返答と同時に久世は、魔力によって空間中へ図式を描き出していく。それは彼の脳内でイメージされている、魔力の流通回路を可視化した物だった。


「俺のは『回路型』だけど、あくまで一例に過ぎないから。個々人のスタイルはそれぞれだしねー……」


 射撃魔術の本質は、魔力の『充填』と『解放』。極限まで引き絞られた弓や、重力が限界に達し落下する水滴などのイメージでも図式としての役割は果たす。


 一般的オーソドックスな型のみに囚われないようにと、久世は注意を促していた。




「OK、それじゃ実践やってこうか……ハルはマグナム使っちゃダメだよ」

「分かってますって……」


 ハルの大腿部に備え付けられたホルスターを指差し、釘を刺しておく久世。彼女の銃は魔力を直接弾丸へと変換するバイパス機構が搭載されており、術式発動の為の図式構築を短縮出来る代物だった。




 生徒達が訓練へと移っていく中、久世は新たに二人の人物がこの場に現れた事に気付く。


「……OBとは言え流石にズカズカ入って来過ぎだろ」


 そう言って久世が背後を振り返ると、そこに立っていたのは黒いスーツを纏った二人組。


「固ェコト言ってんじゃねェよ」

「おー、宗一さんマジでちゃんと先生センセーやってんだ。ウケる」


 本郷ホンゴウ タダシヒイラギ 俊哉トシヤ。久世の知人である彼等は、管理局の『魔術特務課』に所属するプロの魔術師達だった。




 ◇◇◇




 訓練エリアの端で、壁際に並ぶ三人。


「新設の課は慣れたの?」

「まァ、ボチボチだな」


 学生時代は同学年でもあった久世と本郷は、互いの近況について語り合っていた。


「つっても実際、体の良い雑用みたいなモンっスからねー。毎日コキ使われてますよホント」


 柊は視線で女子生徒達を追い掛けながら、不満げな口調でそう愚痴を零す。



 極めて高い白兵戦闘能力を持ちながらも、命令違反や独断専行を重ね『武装部隊』から懲戒除隊の処分を下された本郷。

 天才魔術師として鳴り物入りで入局しながらも、手段を選ばない強行捜査で捜査課からの異動を余儀なくされた柊。


 そんな異端児二人を抑えておく為の実験的部署『魔術特務課』は、特命とは名ばかりの雑務を回されそれをこなす日々を送っていた。


 少なくとも、




「…………で、今日は何しに来られたんで?……まさか、速水さんの送迎だけってワケじゃないでしょ」

「…………俊哉」

「はいはい、了解ですよー……っと」


 二人が今日東帝を訪れた、本来の目的について久世が問い掛ける。


 対して本郷は柊へと声を掛け、周囲に簡易的な結界を展開させた。付近の四方を囲んで構築された不可視の壁は、空間遮断によって外部からの盗聴及び魔力感知を防ぐ。




「…………どうも俺達管理局の動きが、向こう結社に読まれてるらしい」

「…………情報を流してる人間がいる、とでも言いたいワケ?」

「早計だと思うか?……少なくとも、王我さんは疑ってる」


 本郷が言及したのは、この国の中枢に刻印結社の内通者が潜入している可能性だった。


「こんだけ追っても連中の足取りが掴めねェっつーのもありますケド、ノーマークで三人も入って来ちまってるこの状況がそもそも説明つかねェんスよ」


 捜査情報が筒抜けになっている事に加えて、三人の番号刻印ナンバーズの密入国を手引きした『協力者』の存在についても柊が指摘する。


 そして王我はそのスパイを特定するべく、本郷ら特務課に本来の捜査と並行させ内部調査の密命を下していた。




「それだけじゃねェ。奴等は御剣伊織と藤堂天音の能力の詳細ついても、正確に把握していた」

「成程……疑われてんのは学園関係者俺らもってコトね……」


 それに加えて協会内部だけでなく東帝学園内にも、或いはその両方に内通者がいる可能性も示唆する本郷。


「まァ、宗一さんは除外されてるみたいなんで安心して良いと思いますよ」

「お前みてェな事勿れ主義の野郎が、裏切りのリスクを負う動機は無ェしな」

「ハハッ、ご明察。……まーお前ら二人も、スパイやるにはちょっとアホすぎるしね」


 柊・本郷・久世の三人に関しては、性格的に内通者の可能性は無いと王我が判断していた。故に今回の内部調査に於いて、彼等に白羽の矢が立った訳である。




「……で、この段階で誰か目星は付いてんの?」


 久世が問い掛けるも、本郷と柊の顔には予想以上に渋い表情が浮かんでいた。


「いや……それが全くでな……」

「なんか全員怪しく見えてくるんスよね……」

「……今からでも王我さんに謝って来れば?俺らは人選ミスでしたっつって」




 ◇◇◇




 鉄扉を蹴り破る、轟音。


「やっと見つけたぞ…………」


 スラムに存在する旧演習場に足を踏み入れたのは、刀を手にした御剣 伊織。


「おー、来やがった」


 その視線の先で彼を待ち構えていたのは、場内のステージ上で寝転がっている茶髪の少年だった。更にその傍らには、刀を携えた金髪の少年の姿も見える。


 天堂 蒼とスティーブ・ジャクソン。学園トップクラスの戦闘能力を持ち、東帝十席にも名を連ねる二人の実力者だった。




「訓練もせずにサボりとは良い身分だな、"先輩"」

「ブーメランブッ刺さってんぞ"後輩"。……一応聞くが、何しに来たオマエ」


 他の生徒達が高次訓練に参加している中、惰眠を貪っていた学園最強の男へと伊織が相対する。


「回り道は嫌いなんでな。手っ取り早く強くなるなら、アンタをブッ倒すのが一番近道だろ」

「……よく分かってんじゃねーか」


 JOKERやゼロとの戦いで、完敗を喫した伊織。力が足りないのなら、更なる戦いの中で強くなるしかない。例え相手が、学園の頂点に立つ魔術師であるとしても。




「いいぜ、どっからでもかかって来い。相手になったらァ」


 起き上がった蒼は、招くように軽く指を折り曲げ挑発的に笑い掛ける。


「だったら……遠慮無く行かせてもらう」


 静かな口調でそう告げると同時に、伊織は強靭な脚力で地を蹴った。


 驚異的な速度によって瞬く間に距離を詰め、繰り出された刺突が蒼へと襲い掛かる。しかし、突き込まれたその刃が届く事は無い。




「ただし……まずは俺の一番弟子と戦り合ってもらおォか」


 蒼の眼前では、抜刀したスティーブが伊織の一撃を防ぎ止めていた。


「師匠と剣を交えるならば、俺を通してもらおう」

「上等だよ……アンタもいずれ、倒すつもりだったしな……!!」


 淡々と言い放ったスティーブは、その一刀を振り抜き相手を吹き飛ばす。対して伊織は体勢を立て直しながら、獰猛に口角を吊り上げていた。




 刀を構える両者、その戦闘スタイルは同系統。


 この魔術師の学園で、二人の『剣士』は激突した。




 ◇◇◇




 そして伊織だけでなく、"彼等"もまた動き出していた。




 ◇◇◇




 スラムにて。


「……お前らに用は無ェよ。大文字を出せ」

「生憎だが……アイツは今留守だ」

「クソ生意気なルーキーだなオイ。口の利き方から教えてやろォか」


 剣呑な視線を向ける創来の前に、諸星と蛇島が立ち塞がる。




 ◇◇◇




 医療棟にて。


「さあて……気合い入れて頑張っていこうか、沙霧ちゃん」

「はい……!!」


 未来の言葉に、緊張した面持ちで頷く沙霧。




 ◇◇◇




 武道場にて。


「武装に頼るな。体術は全ての戦闘の根幹だ」

「はい……もう一本、お願いします……!!」


 奏に幾度となく打ち倒されながらも、静かな闘志と共に起き上がる啓治。




 ◇◇◇




 訓練施設にて。


「お、天音っちは雪華に弟子入り志望かい?お目が高いねえ〜」


 伊織達がそれぞれの戦いへと赴く中、天音は『生徒会連合』2トップである雪華と千聖の元を訪れていた。


「……自分に足りない物を教わりに来ました。よろしくお願いします」


 雪華は天音にも匹敵する程の、膨大な魔力保有量を誇る。彼女の優れた魔力操作技術は、天音が持ち得ない物だった。


「桐谷先生ほど、上手くは出来ないかもしれないけど……私に教えられる事なら、全て貴女に教えてあげるわ。よろしくね、藤堂さん」


 高次訓練に於ける指導を承諾した雪華達に、天音は静かに頭を下げる。




 プライドに囚われている時間など無い。もっと、強くなる為に――――


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