第20話『東帝十席』

「あ〜〜〜もうダメだオレは……絶対ムリだこんなん……」


 虚な瞳で宙を仰いでいるのは、『キミならできる』と書かれたハチマキを巻いた日向。


 日向達八人は今、魔術都市のバーガーチェーン店内でテキストを開きテスト対策に励んでいる。数日後に期末試験を控えている彼等は、それに備えて勉強会を行っていた。


「ゴチャゴチャ言ってねェで手を動かせ」

「だからムリだって……そもそも何が分からねェのかすら分からねェ……」

「ドツボにハマっとんなァ……やっぱ日向クン、勉強だけは全部からっきしやね」

「読み書きさえ出来れば人間は生きてけるって村のじっちゃばっちゃが言ってた……」

「オマエその学力でよく今まで生きてこれたな……」


 まずそのスタンスで生きて来た人間が実在した事に、驚きを隠せない伊織と陣。その隣では創来が、猛烈な勢いで何かを書き込んでいる。そして、解き終わったと思われるプリントを啓治へ突き出した。


「よし……!!出来たぞ、啓治」

「見せてみろ。……だァからオマエ二次関数のココ!!係数よく見ろっつってんだろォが!しかも二重根号に関しちゃ大問全滅じゃねェか!!」

「啓治。一ついいか?」

「何だァ!」

「根号って、何だ?」


 創来の神妙な言葉に、啓治は力尽きたように机へと突っ伏す。


 日向よりも勉強に対する意欲はあるのだが、理解度が致命的な創来。真剣な表情でプリントを睨んでいるが、その単元は五分前に啓治が苦心しながら説明したばかりだった。


「……もうオマエ潔く赤点取れ……」


 啓治は疲れ切った顔で口を開くが、それに対してポテトを三本まとめて咥えていた凪が応える。


「……啓治さァ、"理解出来る"のが当たり前のコトだと思ってるっしょ。アタシらからしたら、こんなワケ分かんないのを平気で解いてるアンタらの方がよっぽど普通じゃないからね?」

「アンタは何エラそうなコト言ってんのよ」


 天音に咎められている凪もまた、日向や創来と同じく赤点予備軍だった。ほぼ全授業爆睡皆勤である為、当然と言えば当然である。


 そォだァ!当たり前じゃねェからなァ!!と凪に同意するように叫んでいた日向は、伊織から脳天へと手刀を受け叩き沈められていた。




 ――――東帝は魔術師の学園とは言え、中等教育機関高等学校としての側面も有している。その為、最低限の一般教養はカリキュラムに組み込まれていた。




「とにかく……お前らが赤点取るのは勝手だけどな。そうなったら一学期が終わった後に補習になんだぞ。そこんトコ解ってんのかバカトリオ」

「嫌だァ〜〜〜遊びてェよォ〜〜〜」

「それはキツいな……」

「マジ勘弁……」


 伊織に危機感を煽られ、日向と創来と凪がげんなりとした表情でうな垂れる。




「夏休み、みんなで一緒に迎えられるように頑張ろうね」

「空条さん……貴女は俺のオアシスです……心の……」


 励ますような沙霧の言葉に、何故か啓治が泣きながら感動していた。




 その時日向は陣のクリアファイルの中に、プリントに紛れて新聞が一部挟まっているのを見つける。


「ん?陣、ソレなんだ?」

「あーコレ?新聞部の友達から取引して、一足先に手に入れたんや。最速リーク情報やで」


 陣が得意気な顔で手にしていたのは、数日後にバラ撒かれる手筈の号外新聞だった。東帝きっての情報通を自称するだけあり、流石の手の速さである。




「ちょっ、別にここで見る必要無いでしょ」


 だがその新聞に日向が目を通そうとした時、天音が慌ててそれを奪い取った。


「え、何?お前載ってんの?別に恥ずかしがらなくてもいーだろ」

「なっ……!?」


 しかし日向は落ち着いた様子を崩さず、一方で天音は手元のプリントを握り締め目を見開く。彼女が持っていたのは、日向が一瞬の内にスリ変えた創来の0点答案だった。無駄な器用さを発揮している日向を、物言いたげな目で見ている伊織。




「どーれどれ……"東帝十席"……何だァソレ?おっ、やっぱ天音載ってんじゃん」


 日向が広げた号外の中身を一目見ようと、天音と陣以外の五人もテーブルに身を乗り出して来る。




 所狭しと頭を寄せ合い、六人が目にした記事の内容は――――




 ◇◇◇




「号外ッ、号外イイイッッッ!!!」


 登校して来た東帝の生徒達の耳に届いて来たのは、朝早く張り上げられていた新聞部員らの叫び声。号外発行の報せだった。


 見れば中央時計塔の頂上から、花吹雪の如く学園中へと無数の新聞が振り撒かれている。




 そして上空から降って来たその内の一枚を、赤髪の少女が掴み取っていた。


「…………」


 ツインテールと『生徒会執行部』の腕章が特徴的なその女子生徒、一条 ハルは、紙面を一瞥しながら不愉快そうな表情を浮かべている。


「おはよう、ハル。朝から何だか機嫌が悪そうだけど……どうかしたの?」


 その背後から声を掛けたのは、彼女と同じく生徒会に所属している金髪の少女、九重 絵恋だった。


「別に……何でもないわ。ただちょっと、気に食わない顔があっただけ」


 そう応えたハルは新聞を丁寧に折り畳むと、鞄に放り込み絵恋と共に歩き出す。




 彼女達のみならず、学園に散らばる実力者達の手元にも届いていたこの号外。そこに記されていたのは、学生達の中でもトップに位置する十人の魔術師――――『東帝十席』についての情報だった。




 ◇◇◇




『さーァ皆さんッ!おはようこざいまーーーす!!!今年も遂にこの季節がやって参りましたァ!!』

『朝から声がデカいよ声が。……えー、本日は予定を変更し朝から緊急生放送でお送りします』


 学園各所のスピーカーやモニター、そして生徒一人一人が保有している携帯端末へと一斉配信が始まる。


 画面に映し出されていたのは、普段から昼休みの学内放送パーソナリティを担当している二人の放送部員。


『毎年七月開催、学園最強にして最優の魔術師を決定する「東帝戦」!!それに先立ち、今年もその注目株筆頭たる十人の生徒、「東帝十席」が確定致しましたァ!!』

『皆さん中央時計塔下並びに噴水広場にて配布されていた"号外"はお手元にございますかね?ただ今学園中がどこもかしこも大盛り上がりです』


 放送部もやはり、学園の一大ニュースである『東帝十席』の選定について取り上げていた。学園ネットワークを通じたSNS及び匿名掲示板でも、多くの生徒からの注目と関心が寄せられている。




 魔術師としての総合的能力を基準とする東帝学園の順位制度ランキング、『席次番付』。その中でも一際優れた実力を有する十人の学生、その写真とデータが学園中のモニターに次々と映し出される。




『早速紹介していきましょうッ!まずは席次番付"第十席"ッ!!藤堂天音!!!!』

『ニ・三年が統合された学園全体のランキングで、上級生を押し退けいきなり食い込んで来ました!藤堂家の戦姫と名高い"神童"、超大型ルーキーです!!!!』

『ちなみに一年のみの学年順位では断トツの一位です。世界的にも希少な「全属性魔術」の使い手、魔術界の至宝ッ!!!!』


『続いていきましょう!"第九席"!!綾坂未来!!!!』

『保健委員長にして「聖母」の二つ名を取る最高峰の「回復術式」使いです!絶大な人気を誇る学園のアイドルと言って差し支えないかと。ちなみに私も大ファンです!!』

『生放送で私情を挟むんじゃないよ。そして彼女は非戦闘型魔術師にも関わらずこの高順位なんですよね。圧倒的な支援技能サポート能力の高さが窺えます』


『続いて"第八席"!!諸星敦士!!!!』

『東帝学園きっての武闘派勢力「大文字一派」、そのNo.2です!!』

『外見は優等生そのもの、しかしその戦闘能力は折り紙付き!!インテリヤンキーってヤツですかね』

『「軍師」の異名を持つ、頭脳と武力を兼ね備えた切れ者です!!』


『そして"第七席"!!神宮寺奏!!!!』

『スマートながらも鍛え抜かれた肉体を誇り、学園の戦闘集団「風紀委員会」を束ねるクールビューティ!!』

『魔力保有量は少ないですが、体術と剣術の練度は達人級!!「剣鬼」の異名で呼ばれる、近接戦闘のエキスパートです!!』


『続きまして"第六席"!!スティーブ・ジャクソン!!!!』

『ここに来て初の二年生が登場ですッ!!米国から武者修行の為に来日して来た留学生!!』

『あらゆる能力値で高い水準をマークする万能の魔術師、更には一刀流の使い手たる「剣士」でもあります!!』


『いよいよ折り返しです、"第五席"!!結城結弦!!!!』

『二年次からこの東帝学園に編入して来たという異例の経歴の持ち主です!!第三学年にして今回十席に初選出!!』

『そしての高難度魔術「空間操作術式」を自在に操るテレポーター、まさしく"晩成の強者"です!!!!』




『そしてここからは「東帝戦」本戦トーナメントにてシード権を獲得するトップ4の発表になりますッッッ!!!!』


『"第四席"ッ!!如月亜門!!!!』

『かつて関西最強コンビと謳われた「如月兄弟」の一人、「風神」の異名を持つ"学園最速"の男ですッ!!!!』

『現在二年生ですが昨年の東帝戦ではルーキーながら大波乱を巻き起こしました!!今年も台風の目と思われます!!』

『更には学園屈指の問題児ながら「風紀委員会」の一員でもあります!!毒を以て毒を制すとはこの事、兎に角話題に事欠かない人物です!!!!』


『"第三席"ッ!!大文字獅堂!!!!』

『全学生の中でも別格の力を持つ「学園三強」、その一角が遂に登場ですッ!!「大文字一派」のトップに君臨するその男、雷を纏う姿に付けられた異名は「金獅子」!!!!』

『怪物級の膂力を誇る、最凶の豪傑ですッッッ!!!!』


『そして!!"次席"ッ!!黒乃雪華!!!!』

『生徒会執行部、保健委員会、風紀委員会の三大組織が合体した「生徒会連合」を率いる絶対女王、"生徒会長"が満を辞して登場ッッッ!!!!』

『その美貌もさる事ながら、学園三強の一角たる実力もまた本物です!!!!』




 そして現れる、最後の一人。




『遂にやって参りました…………"首席"の発表ですッッッ!!!!』




『天堂、蒼!!!!』


『「剣聖」の異名を持つ、唯一無二の学園最強ッ!!』

『その戦闘能力は、学生どころかプロの魔術師をも凌駕していますッ!!』

『そしてこの男なんと、一年次と二年次で立て続けに東帝戦優勝を飾り現在二連覇中!!!!』

『過去では唯一、若狭憲吾のみが達成した「東帝戦三連覇」を射程圏内に捉えていますッ!!』

『今年、その牙城を崩す者は現れるのでしょうかッ!!はたまた無敗の王者が三度目の頂へと手を掛けるのかッッッ!!!!』




 遂に出揃った、"東帝十席"。若き魔術師達が集うこの学園にて、覇を競い合う戦いが始まろうとしていた。




 ◇◇◇




「よーう、恭夜君。やっと見つけたぜ」


 東帝学園管理棟・教員私室にて、ドアに寄り掛かっていた一人の少年が口を開く。


「おー、誰かと思えば学園のキング様じゃねーか。今日はどうした」


 その部屋の主――――桐谷 恭夜は声を掛けて来たその少年へと、茶化すように笑いながら用件を問う。


 そこに立っていたのは学園中で今話題に挙げられている渦中の人物、天堂 蒼だった。


「や、別に大した用事ってワケでもねーケドさ……二年前の約束、忘れてねーよな?」

「あー、アレな。…………分かった分かった、思い出したわ」


 不敵な表情の蒼の言葉に、恭夜は過去に彼と交わした会話を思い起こしていた。






 ――――二年前。




『なァ。俺と本気で戦ってくれよ』




 一年生ながら、東帝魔術学園の頂点に立った蒼。


 しかし更なる強者との戦いを求めた彼は、最強の魔術師である恭夜との決闘を望んだ。その申し出に対して恭夜は、蒼に一つの条件を課す。


 それは、三年間この学園のトップとして『勝利し続ける』事。


 そして今、蒼は東帝戦三連覇を目前にしている。"退屈"の終わりを告げる待望の闘いに、手が届く時が漸く訪れようとしていた。






「この東帝戦も勝ったら、約束通り戦ってやるよ。…………けどな」


 改めてその決闘を受ける恭夜だったが、愉快そうに笑ったまま続けて口を開く。




「今年はお前でも、そう簡単に勝てるかは分かんねェぞ」


 蒼は現在二連覇中の、学園の絶対王者。にも関わらず、その盤石の勝利を疑うかのような恭夜の忠告に、蒼は訝しげに声を返した。


「へェ……何か面白ェ未来でも視えてんの?……あ、ひょっとして恭夜君の教え子が俺に勝つとか?」

「フフッ、どうだろうなァ」


 恭夜が担当している一年生の数人ならば、蒼を上回る未知数の成長性、或いは潜在能力を隠している可能性もある。しかし蒼の問いに対しても恭夜は、相変わらず逸らかすように笑うのみ。




「まァいいよ。俺の喉笛喰い千切るよォなヤツが出て来るなら……ソレはソレで面白そうだしな」


 蒼はそう言い残し、恭夜に背を向け歩き出す。




 "最強"の少年が求め続けるのは、自身を超える"誰か"との闘いだけだった。


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