第17話『Invading Salamander -火竜襲来-』

 恭夜の刀から撃ち放たれた、"第九属性"の魔力による巨大斬撃。


 その一撃は付近一帯ごとJOKER達を吹き飛ばしたが、彼等の僅かな魔力痕跡はまだ残っている。深傷は負わせたが、恐らく辛うじて撤退したのだと恭夜は判断した。


「大丈夫なんスか?野放しにしておいて……強引にでも、捕らえておいた方が良かったんじゃ……」

「問題無ェよ。また襲って来やがったら、そん時ブチのめせば良いだけだ」


(ンなコト出来るのはアンタだけだろ……)


 誰よりも恭夜の実力を知っているからこそ、心中でそう呟く伊織。しかしJOKER達を追うよりも、天音を救出する事の方が最優先だという事もまた、言われるまでも無く理解していた。




「ッ、そうだ……!!桐谷先生、日向が…………!!」


 その時、鎧を足止めする為に日向が残って戦っていた事を思い出す。


「あー、アイツなら心配はしなくていい。もう助けは向かわせてる」


 しかし恭夜はそれも想定内といった様子で、平然としながら天音を起こし抱え上げていた。




「それより、急いでこっから出るぞ。工業地帯ココ、あと数分で爆発すっから」

「…………はァ!?」




 ◇◇◇




 突如姿を現した謎の男により、痛烈な一撃を受け殴り飛ばされる日向。


 地を転がりながらも何とか停止するが、既に日向の体力と魔力は戦いの中で尽きかけていた。




「いきなり出て来やがって……誰だ、お前……」


 鎧を一瞬で焼き殺したその人物へと、立ち上がりながら日向は声を上げる。




「俺は……『結社』の番号刻印ナンバーズNo.7セブン』、紅蓮だ。お前の力を、確かめに来た」


 深紅の髪を掻き上げながら、その青年紅蓮グレンは日向へと返答した。




 結社、ナンバーズ、自身の力。


 それらのキーワードが、重要な事実を指し示している事は分かる。しかし日向は、その意味を理解する事が出来なかった。


「結社だか何だか知らねェが……俺を殺しにでも来たのか?」

「ここで死ぬ事になるかどうかは、お前次第だ。まァとにかく…………見せてみろよ、火の魔力を。俺をココから一歩でも動かせたら、お前の勝ちで良い。一切手は出さずに、立ち去ると約束する」


 紅蓮はその提案と共に、挑発的な態度で両手を広げて見せる。


 依然としてその真意は読めなかったが、鎧と同じ悪意に支配された人間である事だけは感じ取れた。




「舐めてんじゃねェぞ…………!!」


 生き延びるには、ここで戦って勝つ他に道は無い。残り少ない魔力を右腕へと掻き集め、日向は紅蓮へと一気に距離を詰める。




 火属性魔力×強化術式


『爆皇破』


 爆炎を纏い叩き込まれる、日向の最大威力の一撃。響き渡る轟音と共に、衝撃が空間中へと吹き荒ぶ。








 しかし。


「オイ…………フザけてんのかテメェ」


 紅蓮の腹へと激突した日向の拳。荒れ狂う炎を伴ったその一撃は、確かに炸裂した筈。


 にも関わらず紅蓮の身体は、その場から一歩たりとも動いていなかった。




 自身の必殺の一撃が、全く通用していない。その事実に日向が動じる間も無く、紅蓮の右手には魔力が集められていた。


 紅蓮のその表情に見えるのは、抑え切れない怒りの感情。


「この程度が『属性人柱』の力だと……?クソつまらねェ冗談だな……!!」




 その言葉と共に放たれる、紅く輝き燃える灼炎。


「ッ!!」


 咄嗟に相殺すべく、日向もまた火炎を撃ち放つ。




 しかし紅蓮の紅炎は一瞬にして日向の火属性魔力を呑み込み、更にその身体をも炎上させた。


「グッ、アアアアアアアア!!!!!!!!」


 襲い掛かる猛烈な熱さと痛み。炎に耐性を持つ筈の日向を絶叫させる程に、禍々しく燃え上がる魔力。


 同じ性質を持ちながらも、紅蓮の火属性は日向の完全な上位互換だった。炎すらも灼き尽くす、さながら地獄の業火。




…………散々期待させておきながら、こんなモンとはな。拍子抜けも良い所じゃねェか」


 誰かへの苛立ちと日向への失望を露わにしながら、不愉快そうに悪態を吐く紅蓮。対して日向は凄まじい激痛によって、意識を失いかけていた。


 炎としての、純粋な格が違う。


 漸く日向を焼き尽くそうとしていた炎が収まりかけていたが、紅蓮の掌には新たに膨大な熱量が出現していた。




「もうお前に用は無ェよ。ここで…………消えろ」


 日向へと吐き捨てられる、残忍な声。




 そして、紅蓮の業炎は撃ち放たれた。


(クソ…………!!!!)


 日向の精神を埋め尽くす、避けられない死のイメージ。しかし迫る炎を前にして、最早日向は指先すらも動かせない。




 絶対的な悪意を宿した力は、万象を滅するべく進撃し――――消し飛ばされた。





















 そう、




 正確にはその炎は、一刀の下に両断され消失していた。




「――――は?」


 突如として自身の炎が消滅するという理解出来ない光景に、思わず紅蓮は声を漏らす。しかし日向は気絶する寸前、確かにその姿を目撃していた。


 刀を携え、自身の前に現れた一人の人物。




 そしてその剣士は、かつて屋上で日向と出会っていたあの少年だった。






「お前……何者ナニモンだ」




 薄茶色の髪を持った、高校生らしき少年。炎を斬り裂いたと思われるその当人へと、紅蓮が訝し気に開口する。


「…………俺は――――」


 対して彼が応答しようとした、その瞬間。




 紅蓮の手から、再度魔力炎が放たれる。しかしその炎はまたしても、少年が振るった刃によって両断された。


「オイオイ危ねェないきなり……落ち着けよ」

「成程なァ……マグレじゃねェコトは解った。どォやらそこに転がってるザコよりは、いくらか腕が立つみてェだな」


 少年は動揺した様子も無く平然と続けるが、彼の実力を確かめた紅蓮は悪びれた様子も無く愉快そうに笑う。




「まァそりゃ、俺の方が"先輩"だかんな。コイツよりは強くて当然だろ。ンなコトより……お前、『結社』の紅蓮だろ?」

「あ?だったらどォすんだ」

「恭夜君に頼まれててな。コイツ回収するついでに、お前ブチのめして取っ捕まえに来たんだわ」




 そう言った少年は不敵に笑いながら、持ち上げた刀の鋒を紅蓮へと差し向けた。一方で紅蓮もまた笑ってこそいるが、その目には溢れ出さんばかりの殺意に満ちている。


「ハッ…………学生風情が、俺を捕らえる?……ソレはお前如きが、俺に勝つ気でいるっつー認識で良いのか?」

「おう、俺達がな」


 至って軽い口調で、少年は言葉を返す。


 自然に交わされるような、会話の中に紛れ込むワンフレーズ。






 俺




 その瞬間、




「ッ!?」


 轟音と共に紅蓮の左右から、爆発的な質量が激突する。




 何の前触れも無く紅蓮へと襲い掛かったのは、巨大な氷と雷の砲撃だった。


「ハッハッハ、不意打ち返しだ」

「グッ、クソがァッ!!!!」


 少年が笑い声を上げている中、荒々しい叫びと共に爆炎を放出し迎え撃つ紅蓮。全方向への魔力噴出によって、その挟撃を相殺し吹き飛ばす。その視線の先では、少年の左右へ新たに姿を現した二人の人物を捉えていた。




「天堂君に呼び出された時点で、何かトラブルの予感はしていたけど……」


 一人は氷属性の魔力を纏い大鎌を手にしている、黒髪の少女。


「何だ黒乃、戦る気が無ェなら帰ったらどうだ」


 もう一人は大剣を担ぎ全身から放電している、金髪の巨漢。


「やめろやめろお前ら。こんなトコで喧嘩すんなって」


 そして睨み合う二人を諌める、茶髪の少年。




 黒乃クロノ 雪華ユキカ大文字ダイモンジ 獅堂シドウ天堂テンドウ アオイ


 彼等は東帝の中でも突出した実力を有する、『学園三強』と謳われる三人だった。




「師匠ッ!ご無事ですか!!」


 雪華と獅堂の後から遅れて、金髪碧眼の少年が蒼の元へと駆けて来る。腰に刀を提げ蒼の弟子を自称する彼の名は、スティーブ・ジャクソン。


 更にスティーブに続いて、四人の人物が雪華達の元へと歩いて来た。


「そーいえばアッくん、なんで司置いて来たの?連れて来れば良かったじゃん」

「思ったより喧嘩が長引いてな。アイツはまだ『表』で暴れてる」

「あの馬鹿が…………」


 白幡 千聖の問いに応える諸星 敦士、そしてここにはいない人物へと怒りを向けている神宮寺 奏。その背後では最後の一人である、琥珀色の髪の少女が日向の側で屈み込んでいた。


「もう大丈夫だよ」


 柔らかい声色と共に微笑みながら、倒れ伏す日向の傷を魔術によって治療し始める。彼女の名は、綾坂アヤサカ 未来ミライ。東帝の『保健委員会』の長であり、学園の中で最も優れた『回復術式』の使い手だった。


 日向への処置を施している未来を一瞥し、蒼は紅蓮へと向き直る。




「頭数だけは揃えて来やがったッてか……上等だよ。全員まとめて焼き殺してやる」


 紅蓮は蒼達へと挑発するように口角を吊り上げるが、それに真っ先に反応したのは獅堂だった。


「おーおー、面白ェコトほざきやがるじゃねェか。お前ら全員スッ込んでろ、俺が潰す」

「黙れ大文字。奴は師匠と俺が斬る。お前の方こそ下がっていろ」

「二人共、少し慢心が過ぎるんじゃないかしら?流石に今回は全員で戦うべきでしょ」

「さんせーい。てかアタシ前には出ないからちゃんと守ってね♪」

「どうでも良いが……コイツらに連携を望めるような協調性は無いと思うぞ」

「獅堂、少し冷静になれ。黒乃達は味方だ、ここで暴れるな」


 そこからスティーブ、雪華、千聖、奏、諸星が口々に主張をぶつけ始め、最初に口を開いた筈の紅蓮は蚊帳の外へ追いやられている。


「……コイツらホント仲悪ィな…………」


 背後で飛び交う、全く足並みの揃わない仲間達の声。蒼は何とも言えない表情を浮かべながら、刀の峰で肩を叩いていた。


「7対1だけど、悪く思うなよ。つってもまァ、天下の国際指名手配犯テロリスト様が文句なんざ言うワケ無ェか」

「死に急いでんのかテメェ。一人残らずブチ殺すっつってんだろォが」


 蒼の皮肉めいた口ぶりに、滾る憤怒を内包した紅蓮の声が返される。




 しかしその威圧に一切臆する事無く、蒼は剣呑な視線を向けていた。


「テメェこそカン違いしてんじゃねェぞ。


 俺達の後輩に手ェ出したんだ。……生きて帰れると思うなよ」




 蒼の言葉に応じるように、六人もまた紅蓮へと鋭い戦意を向ける。


 日本最大の魔術学園が誇る、若き魔術師達の集結。彼等が放つ魔力は、空間を蝕むような紅蓮のオーラとも鬩ぎ合い拮抗していた。




 しかしその均衡は、すぐに崩れる事となる。






「やァ紅蓮、生きてるかい?」


 突如、紅蓮の背後に聞こえて来る声。


 そこには魔術による高速移動で姿を現した、道化のような風貌の人物――――JOKERが立っていた。そしてその傍らには、同じく恭夜の攻撃を何とか切り抜けて来たと思われるゼロの姿が見える。


「新手か……?」


 紅蓮の仲間らしき新たな敵の登場に、警戒しつつそう呟く諸星。


 しかし傷を負っているJOKERは蒼達には目もくれず、明らかに焦燥が見て取れる様子で紅蓮へと声を掛ける。


「まだ暴れ足りないとは思うけどね。残念ながら、今日はもう撤収だ」

「ンだと……?こんなハンパな所で引き下がるワケねェだろうが。どけ」

「いや、だからさ……!そんな悠長なコト言ってるヒマ無いのよ。"奴"が来た」


 静止の声も意に介さず蒼達と戦おうとしている紅蓮を、JOKERが何とか抑え込もうとしていた。


「桐谷恭夜だ。アレは流石にレベルが違う、ヤバ過ぎる。まともに戦うならあと五人は番号刻印ナンバーズがいないと、多分勝負にならない」

「……………………」


 仮面にヒビが入ったJOKERの説得に紅蓮は暫くの間沈黙していたが、やがて大きく息を吐くと忌々しげに蒼を睨み付ける。




「……で、結局どうすんだ?三人まとめて掛かって来ても、俺は別に構わねェけどな」


 恭夜の介入によってJOKER達が蹴散らされて来たであろう事を察し、蒼は挑発的に笑い掛けていた。しかし紅蓮はその挑発に乗る事は無く、無言で蒼へと掌を差し向ける。




「ツラは覚えた。……テメェはいずれ、必ず殺す」


 そう端的に告げると同時に、紅蓮の手から放たれる火炎。その炎は蒼達の横を通り過ぎ、工業地帯のプラントの一つへと直撃する。






 そしてその直後、周囲の建造物一帯へ波及した衝撃と共に大爆発を引き起こした。


 巻き上がる炎と煙、そして凄まじい振動に千聖や未来が体勢を崩す。そしてその隙を逃さず、JOKER達は鉄柱や電線を足場に脱出すべく走り出していた。


「ッ、逃すか!!!!」


 それに気付いたスティーブが、刀へ魔力を纏わせ鋭く振り抜く。そこから撃ち出されたのは、魔力によって形成された斬撃。しかしJOKERが咄嗟に展開したトランプが、飛来した追撃の刃を阻む。


 更にその状況へ畳み掛けるように、日向を治療していた未来の頭上に資材が落下して来た。しかしその巨大な鉄骨は、即座に反応した奏の上段蹴りにより迎撃され打ち返される。




「かなりマズいな。俺達も今すぐ脱出すべきだ」


 矢継ぎ早に周囲へと、防御障壁の魔術を放っている諸星。冷静さは保っていたが、この場が刻一刻と危険な状況へ向かっている事もまた理解していた。


 紅蓮の炎は連鎖爆発を巻き起こしながら、工業地帯全体を火の海へと変え始めている。各所で建造物は燃え上がり、次々と崩壊しつつあった。


「クソ……この場所ももうじき吹き飛ぶぞ!!」

「うーん……つっても、今から逃げても多分間に合わねェだろコレ」


 奏の怒鳴り声に、蒼は緊張感の感じられない様子でそう応える。


「じゃアどォすんだ!!このまま爆死でもすんのかテメェは!!」

「いや?ここで死ぬ気なんか更々無ェよ。よし、みんな俺の後ろに入れ」


 今度は大剣で爆炎を斬り払っていた獅堂に怒鳴られるが、蒼はやはり軽い口調でそう返しながら刀を構えた。


 彼の考えを最初に汲み取ったのは雪華、次にスティーブがその狙いに気付く。


「まさか、師匠……!!」

「おう。逃げ場が無ェならブッた斬ればいい」




 そう言って刀へ魔力を収束させている蒼の背後では、既に雪華が氷属性魔力による防御壁を形成し『準備』を済ませていた。


「自信の程は?天堂君」

「まァ何とかなるだろ。心配すんな」


 どこまでも楽観的な態度を崩さない蒼。しかし不安な表情を浮かべている人間は、誰一人としてその場にはいなかった。


 それは、学園最強たるこの男の能力への、絶対的な信頼。




 そして全員が、雪華の氷壁の中へと飛び込むと同時に。


 工業地帯基幹部から漏れ出た魔力が、紅蓮の炎により誘爆した。




 夜空をも閃光で染め上げる、超巨大爆発。


 視界を埋め尽くすような、炎の壁が向かって来る。仲間を背後へ回らせた蒼は、膨大な魔力を宿した刃を振り上げていた。




 無属性攻撃術式


斬界ザンカイ




 世界をも斬る、一撃。


 炎を、魔力を、そして空間を斬り裂く剣が振り下ろされる。


 刹那の激突と同時に――――






 ――――光が全てを呑み込み、覆い尽くした。



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