第18話『Meaning of Living -生きている意味-』

 ――――思い起こされる、かつての対話。




『俺は――――父親と母親を殺した人間を見つけてェんだ』


 日向から告げられた目的に、鎧は僅かに狼狽した様子を見せながらも問いを投げ掛ける。


『それは…………復讐の為かい?』

『…………いや、どうだろうな。俺さ、ガキの頃からずっと爺ちゃんに預けられてたんだ。だから親とは殆ど会った事も無かった。……殺した奴を恨んでねェワケじゃねェけど、別に大して思い出みてェなモンも無ェんだよなー……』


 悲嘆するような記憶も無いと言った様子で、淡々と言葉を続ける日向。


『ただ、もしソイツを見つけたら…………俺は自分が何をするのか、全く想像つかねェ』




 日向がそう零した時、鎧が微かに浮かべた表情の意味が判らなかった。


 だが、今ならその感情の正体を理解出来る。






 あの時、鎧は嗤っていた。


 日向の心の奥底に仄めく、暗い感情に気付いていた。




 ◇◇◇






「ッ!!!!」


 意識を取り戻し、目を開ける日向。


 そこは東帝学園の、医務室のベッドの上だった。




「あ、春川君起きてる!」

「やっと目ェ覚ましたかバカ野郎」


 天井を見上げていた日向の視界に、横にいたと思われる啓治と沙霧の姿が映り込んで来る。


「いやー、命あって何よりやでホンマに」

「そうだな。助かって良かった」

「ずっと寝てたね〜……」


 少し視線を下げると、陣、創来、凪もベッドの側に揃っていた。




「そうだ……俺……死に掛けて……そんで……」


 全身に巻かれた包帯に気付き、そこから少しずつここに至るまでの出来事を思い出していく。




 鎧との戦い、紅蓮の急襲。そして刀を携えた少年の介入。日向の記憶は、そこで途切れている。




 啓治達の話によると、彼だけでなく雪華や獅堂も自分を助けに来ていたらしい。そして日向は全身大火傷の上に意識不明の重体だったそうだが、未来による適切な初期治療が功を奏し奇跡的に一命を取り留めたとの事だった。




 自分の事ながら雲を掴むように実感の無い話を聞いていたが、ふと日向は最も重要な事を思い出す。


「ッ、そういや……伊織達はどうなった……!?」

「安心しろ。あのバカと藤堂さんはちゃんと無事だ」

「桐谷センセーがキッチリ助け出しとったで。今は別の部屋で療養中や」


 啓治と陣から無事に伊織と天音も救出された事を知り、日向は安堵の溜息を漏らしながら脱力した。


 そこでこれまであまり口を開かなかった凪が、敢えて皆が触れなかった話題を口にする。




…………連続殺人にも関わってたらしいね」




 凪が言及していたのは、言うまでも無く日向や天音を殺そうと目論んだあの少年の存在。彼女達学生は断片的な話しか聞かされていなかった為に、彼が一連の事件とどこまで関係があるのかは分からなかった。


 ただ一つ確かな事は、天城 鎧は紛れも無い魔術犯罪者であったという事実。




 僅かな時間とは言え仲間だった人物がこの凶行を引き起こした事に、誰もが複雑な心情を抱いていた。しかしその中でも特にこの事件との関係が深い筈の創来は、感情を乱す様子も無く静かに口を開く。


「……アイツが何者だったのかなんて、今更どうでもいい。大事なのは、日向も伊織も天音も無事に生きてたってコトだ。今はその事を喜ぼう」

「キミがそこまで割り切っとるんやったら、ボクらは何も言えへんわ」

「つーかテメーがまとめてんじゃねーぞコラ」


 かつて冤罪を被りかけた事は一切気に掛けず、穏やかな口調でそう語る創来。陣や啓治が言葉を続けるが、啓治はやや苛立ち気味に日向へと目を向ける。


「大体なァ……あんな無茶をしでかすんだったら、何故俺達に一声掛けねェ。少なくとも俺なら、御剣なんぞよりよっぽどスマートに解決出来ただろうよ」

「あー、それはゴメン……でもお前はケガしてたし、創来達はどっか行ってたし……」


 憤慨する啓治に弁明する日向へと、沙霧は柔らかな表情で笑い掛けた。


「みんな心配してたから……これからは、私達の事も頼ってね」


 沙霧の言葉に同意するように、他の三人も頷く。


 力を貸してくれる仲間が、確かにいる事。その存在を胸に刻み込み、日向は笑って頷き返した。


「あァ……今度は手ェ貸してくれ」




 そして、沙霧が見舞い品の中にあったバスケットを手に取る。


「そうだ、春川君お腹空いてない?果物剥こうか?」

「俺はあのパパイヤってのが興味あるな」

「テメーはちょっと引っ込んでろ漆間。つーか多分マンゴーの間違いだろ。……いやお前コレパイナップル…………ドリアンじゃねーか!!誰だこんなモン買ってきた奴!!」

「創来と陣が『モーニングスターだ』とか言って購買で……」

「いや凪ちゃんも結構乗り気やったやんけ。え、何やアカンかった?」

「たりめーだバカじゃねーのかお前ら。室内だぞボケ」


 カゴの周りで騒がしく言い合っている啓治達を眺める日向。




 ――――彼等はきっとこの先も、変わらないでいてくれる。


 そんな予感と共に、日向は林檎に齧り付いていた。




「春川!皮くらい剥け!」


 ◇◇◇



 別の病室にて、窓際から外の景色に目を向けていた一人の少女。




「……目ェ覚めたか」


 ベッドの上の天音に声を掛けたのは、入り口のドアに寄り掛かっていた伊織だった。身体各所に包帯を巻いてはいるが、大きな傷を負っている様子は見られない。


「……春川は……?」

「心配すんな、ちゃんと生きてるよ。アイツもさっき意識が戻ったらしい。空条達もそっちにいる筈だ。……呼んで来るか?」

「いや……大丈夫」


 一人戦いに残っていた日向の無事を伝えられ、微かに安心したような声を漏らす天音。しかしすぐにまた表情を曇らせるが、その心中を伊織は大方察していた。


「…………ねえ、御剣――――」

「……申し訳ねェとでも思ってんなら、俺に謝るより日向に礼を言えよ。お前を見つけたのも、天城を倒したのもアイツなんだからな」


 日向へ感謝するように告げるが、天音は首を横に振りながら言葉を返す。


「それは……そうなんだけど。私が謝りたいのは、その事じゃないの。……"あの時"の事を、アンタに謝りたかった」


 そう言った彼女が思い起こしていたのは、傷だらけになりながら自分を守り続けた伊織の姿。




「私が死にたかったのは……アンタの言う通り、逃げ出したかったからだって……今なら分かる。けど、それじゃ最後まで敗けたままで終わっちゃうって……アンタが教えてくれた」


 無力さに打ち拉がれていたあの時、天音の心を動かしたのは紛れも無く伊織の言葉だった。同じ絶望を背負いながらも、伊織の魂は決して折れなかった。


「だから私はもう、戦いから逃げたりしない。生きて、自分と向き合うって決めた。……そう思えたのは、アンタのおかげ」

「…………そうか」


 確かな決意を感じさせる天音の声に、伊織は静かに応える。




「うん。…………ありがとう、御剣」


 感謝の言葉と共に、笑顔を浮かべる天音。その時伊織は、かつて恭夜と交わした会話を思い出していた。




 ◇◇◇




『…………恭夜さん』

『んー?どうした』


 街を歩く、青年と少年。


 まだ幼さの残る風貌の御剣 伊織に、前を歩いていた桐谷 恭夜が声を返した。



『俺ってさ……魔力が無いから捨てられたんだろ?』

『…………そうかもな』


 伊織が不意に零した呟きに、恭夜は静かに応える。




『俺は…………必要ない、人間なのかな』



 魔術都市――――彼等が生きるこの街では、魔術が全てを司る絶対の秩序。


 そんな世界で魔力を持たずに生まれた伊織は、異端の烙印を押された存在だった。誰からも肯定されず、生家の人間ですらも彼を見放した。そしてまだ幼かった伊織は、この場所以外に生きる世界を知らなかった。




 ――――自分が生きる意味を、見出せずにいた。




 立ち止まり、振り返った恭夜は伊織へと歩み寄って行く。そして屈み込み、サングラスを外して伊織と目線を合わせた。


 今まで一度も見た事が無かった恭夜の瞳。右眼は淡い影のような紫色、そして左眼は空のように透き通る青色だった。




『確かに……今のお前にはまだ、何の力も無いかもしれない。…………けどな』




 嘘偽りの無い、真っ直ぐな言葉。




『…………どんな人間も、意味と理由を持って生まれて来るんだ。お前だってそうだよ』


 恭夜は、絶対に伊織を否定しなかった。


『俺は、戦う事しか教えられない。……けど、お前を絶対に強くして、誰かを守れるような人間にしてやる。そしたら……お前を必要としてくれる人が、きっと現れる』

『なんで…………そんなこと、分かるんだよ』


 そう信じて疑わないような口ぶりの恭夜に、僅かな不安を隠すように言い返す伊織。


 しかし立ち上がった恭夜はサングラスを掛け直しながら、伊織の頭に手を乗せ応えた。


『分かるさ。俺には――――』






 ――――『未来』が視えるんだからな。




 ◇◇◇




 師の言葉を信じ、戦い続けて来た。


 探し続けて来た、生きる意味。天音の笑顔が、それを教えてくれた気がした。


 伊織が天音を救ったように、天音もまた伊織の心を救っていた。




 自分を認めてくれた少女へと、少年もまた笑顔を返す。




「――――なら良かったよ」




『生きていてくれて、ありがとう』と。肯定してくれた誰かの為に生きよう。そう決めた伊織の過去は、確かに今、報われていた。




 ◇◇◇





















「待てよ」


『表』の東京、某所にて。


 誰かを呼び止める一人の声が、薄暗い夜の路地に響く。


 その男――――桐谷 恭夜が声を掛けたのは、彼もよく知る人物だった。




「あら?桐谷先生やないの。奇遇やねこんなトコロで。何してんの?」


 振り返った少年、一文字 陣は恭夜の登場に軽く驚いたような様子を見せる。




「あーお前、まだしらばっくれるカンジ?まァいいわ。…………日向と鎧をカチ合わせたの、お前だろ?」

「?」


 唐突な恭夜の指摘に、陣は思わず面喰らっていた。


「結社の介入を狙ってたんだろうが、残念ながら出て来た番号刻印ナンバーズはお前らが追ってる『フェイスレス』じゃなくて『紅蓮』だった」




「ゴメンな桐谷先生、ちょっと待ってもろてええ?……ナニを言うとるんかホンマに解れへんのやけど……ひょっとしてボクのコト、誰かとカン違いしとらん?」


 理解が追いついていないような表情で問い返す陣だったが、恭夜は一つ息を吐きながら言葉を続ける。






「お前なァ…………『一文字 陣』なんて人間の戸籍は。国のデータベースを改竄するとは、中々手の込んだマネしてくれたじゃねェか。もう全部バレてんだ、ヘタクソな芝居はやめとけよ」

「……………………」




 恭夜の口から語られていく事実。そして沈黙する陣へと、恭夜は核心に踏み込んだ。




「お前のコトも朔夜サクヤから大方は聞いてる。国防省の技術研究部門が、魔術科学の粋を集めた"改造人間"…………確か……『シルバーProjectバレット:Silver計画Bullet』だったか」




 言及される、"彼"の正体。






 その瞬間、一文字陣と思われていた誰かは、恭夜へと銃口を向けていた。


 一瞬の内に取り出され構えられる拳銃。しかし直後、ゆっくりとその銃身が音を立て地に落ちた。


 恭夜は一歩たりともその場から動いていないが、その手には魔力で形成された刀が握られている。


「……もう一度だけ言うぞ。やめとけ」


 圧倒的な速度で瞬く間に銃を斬り捨てていた恭夜は、静かに相手へと忠告した。




 対してその謎の人物は銃を捨てると、自身の体表に展開していたある魔術を解除する。




偽装カモフラージュ』解除


 外見を変えていた幻術が解かれた事で、彼の本当の姿が現れていく。




 そこに立っていたのは、銀色の髪を持った一人の青年だった。




「ハハッ、そんな警戒すんなよ。別に事を荒立てるつもりは無ェ」


 青年からの鋭い視線を向けられながらも、恭夜は身構える様子も無く話を続ける。


「俺から一つ提案があるんだが…………お前ら、しばらくこっちには手ェ出さねェでくれねェか?」


 恭夜から提言されたのは、この国で起こり得る事象への不干渉だった。


「これから起こる戦いで、お前らに好き勝手やられると少し面倒なコトになりそうなんだわ」

「…………その要求を、こちらが受け容れる理由があるとでも?」


 そう説明される青年だったが、依然として彼が臨戦態勢を崩す事は無い。


「…………力尽くで合意させても構わねェが……お前はどうだ?戦り合うつもりなら、相手にはなってやるけどよ」


 掛けられた不穏な言葉に対し、恭夜は刀で肩を叩きながら不敵な表情で返答する。全てを見通すような笑みを浮かべる恭夜と、暫し睨み合っていた青年。




「…………そちらの条件を聞こう」

「んん、建設的な取引が出来そうで何よりだ」


 しかしやがて青年は対話の姿勢を見せ、恭夜は刀を形成していた魔力を解いた。


「今後『ベロニカ・バーンズ』を捕らえた場合、彼女は米国アメリカに引き渡す。ただし、それ以外の番号刻印ナンバーズを拘束した場合、処遇は俺達に一任させてもらう」

「…………」


 ある少女の名前を出しながら、話は進んで行く。


「安心しろよ。お前らのトコから流出した例の技術は、今更手に入れてもどうこうする気は無ェ。凪やら徹彦やら、『術式移植』の被験者はもう何人も保護してんだからな」

「…………一度協議し、情報を精査した上で回答する」


 一通り聞き終えた青年は、一度帰投し判断を仰ぐべく恭夜に背を向けた。


「そうしてくれ。こっちとしても、こんな事が発端で戦争になんのは勘弁だからな。…………聞いてんだろ?オリバーさん」




 その時、歩き出そうとしていた青年が足を止める。この場にはいない"誰か"へと、語り掛けるように言葉を続ける恭夜。

 

「貸しを作りたくねェのは分かるが、今度からは正式な手続きを踏んだ上で協力を持ち掛けてほしいモンだな」


 恭夜の声に反応するように、青年が着けていたインカムのランプが赤く点滅した。




 しかし青年は沈黙を貫いたまま、再び歩き出す。そして魔術を用いた『瞬間転移テレポート』によって、音を立てる事も無く姿を消した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る