第16話『King of Blaze -爆炎の王-』

 光+闇属性攻撃術式


『オルタナティブ・ペネトレイター』


 純白と漆黒の螺旋を纏った、魔槍の一撃が放たれた。唸りを上げ迫り来る槍撃を前にしても、日向は立ち止まる事無く最高速度で疾走する。


 そして真正面から突き進み、接触の寸前。




 その脚で蹴り下ろすようにして、槍の穂先先端へと踏み込んだ。




 術式によって実体を得た、魔力の槍。収束していたそのエネルギーの真上を足場に、一気に距離を詰めるべく駆け抜ける。


 既に鎧の眼前まで肉薄していた日向の右腕には、膨大な火炎の魔力が集められていた。しかし、その全てが計画の既定路線。




「ッ!?」

「ハハッ、一手遅かったなァ!!」


 瞠目する日向の視線の先では既に、鎧は槍を手放している。そしてその両腕には、光と闇の魔力がそれぞれ纏われていた。


 双属性魔力に槍は必要無かったと気付くが、最早回避は間に合わない。僅かではあるが、鎧の攻撃が届くタイミングの方が確実に速い。




 光+闇属性攻撃術式


『ツインズ・セイバー』


「――――詰みチェックメイトだ」


 光と闇の魔力を帯びた、左右の手刀が突き込まれる。双属性で形成された諸手の刃は、日向の胸を――――貫いていた。
















「――――お前がな」


 筈だった。


 真横に視線を向けるまでもなく、日向の渾身の一撃が迫っている事を察知していた鎧。彼の手刀が突き刺さっていたのは、日向が一瞬にして脱ぎ捨てていたパーカーだった。




 忍法『空蝉』。


 最後まで切り札を隠し持っていたのは、日向もまた同様だった。




 火属性魔力×強化術式


爆皇破バクオウハ


 イメージするのは、獅堂との決闘で繰り出したあの一撃。膨大な魔力を一点に集中させ、拳の内側へと封じ込めていく。限界を超えた窮地の中で、日向の魔力はあの爆炎を鮮明に再現していた。




 爆発的な火力を纏い、叩き込まれる炎の拳。




 横腹をノーガードで捉えたその一撃は、炎撃を遥かに凌駕する威力で鎧を吹き飛ばした。


 猛烈な速度で鎧の身体は、建造物の外壁へと叩き付けられる。響き渡る轟音と共に壁はヒビ割れ砕ける中で、鎧は膝から崩れ落ち倒れ伏した。




 目の上から滴る血を拭い、ふらつく足で何とか踏み留まる。


「俺の…………勝ち、だ……」


 血を吐く鎧を見下ろしながら、日向は静かにそう口にした。


「巫山戯るな……僕はまだ、敗けていない……死んで、ないんだ…………!!」


 鎧は憎悪に満ちた目で日向を睨み上げながら、起き上がろうと捥いている。




「俺は……お前とは、違う。命は奪わない。……生きて罪を償い続けろ。死ぬまでな」


 冷淡な声で言い放たれた日向の宣告に、鎧は最早執念じみた意志で言葉を続ける。


「何故理解出来ない……魔術師僕等は自身の在り方を、再定義しなければならないんだと……!!人類は何度でも失敗する、愚かな本質を抱えているからだ!!だからこそ奴等を支配し、統制する為の存在が必要なんだ!!そしてそれは、僕等が為さなければならない責務だろうッ!!」

「勝手に言ってろ……お前はその愚者以下の、敗者でしかねェんだからな」


 どこまでも不遜な大義を騙る、鎧の理想を唾棄する日向。






「まだ……止まれないんだ……紫苑さんが、目指した世界を…………あの人の、意思を…………!!」




 それでも尚、足掻き続けていた鎧だったが――――




「下らねェなァ……自分自身が、悪意に塗れた負の側面そのものだって気付いてねェのか」




 ――――次の瞬間、一人の人物の手によって刺し貫かれていた。




「な……に……?」

「ッ!!」


 余りに唐突な出来事に思考が追い付かず、鎧は半ば呆然とした様子で声を上げる。突如としてこの場に姿を現した謎の男は、愕然としている日向の前で鎧の背中から右腕を引き抜いた。




 その手の中に掴み取られていたのは、溢れ出す鮮血に塗れた心の臓。




「度し難いクズだが……同時に、どうしよォもなく『人間』だったよ。お前は」


 そう言って抉り取った心臓を放り捨てると、鎧へと差し出すように手を向ける。




 そこから放たれたのは、紅く燃え上がる灼熱の炎。


 叫びすら上げず、鎧の全身は瞬く間に焼き尽くされ消滅していった。




 理想の世界を追い求めた少年の、無惨な最期。その様を嘲笑うように眺めていた青年だったが、ふと日向の視線に気付きそちらへ目を向ける。黒のジャケットに深紅色の髪と瞳、そして全身から立ち昇る魔力。






 瞬時に警戒を引き上げる日向だったが、既に遅い。




「オマエが……春川日向か?」


(速――――)


 一瞬の内に眼前に現れた青年は、そう問い掛け日向の肩に手を乗せていた。


 桁違いの速度を認識した、その瞬間。日向の身体は、為す術も無く吹き飛ばされていた。






 ◇◇◇




 伊織が戦いで二刀流を多用しなかった理由は、至って単純だった。


 二本の刀を同時に操るこの高難度な戦闘技術は、極めて高い集中力を要する。師である恭夜は二本の刀を自在に操っていたが、伊織には一刀流の方が適性があった。


 しかし不得手という訳ではなく、二刀流の方が隙は増えるが攻撃能力は確実に高くなる。リスクを負う事で自らを強化するこの剣術を、伊織は短期決戦用の戦術切り札として扱っていた。




 無属性攻撃術式


『スピッド・イン・ジ・オーシャン』


 JOKERが放った無数のカードが、殴り付ける雨の如く伊織へと殺到する。


 その全弾に向かって、一切の回避行動を取る事無く歩を進める伊織。




 退魔二刀流・『波浪ハロウ




 持ち上げられた刀の鋒が、飛来するカードへと僅かに触れる。その一瞬の干渉によって、変化した軌道は伊織の背後へと通り抜けて行った。


 次々と襲い来る魔術の尽くを、刃へと滑らせ受け流す。水波の如く、全ての力を流動させる『柔』の剣、その極意。


 文字通り無傷で"斬り抜けた"伊織は、カードの雨を突破すると同時に地を蹴った。一気に接近戦へと持ち込まれたJOKERは、大鎌を振り下ろし迎え撃つ。


 横殴りに振り抜かれる、伊織の刀刃。その剛力を以てしても、JOKERの鎌刃は止まらない。




 しかし、間髪入れずそこへ繰り出される二の太刀。正確無比な精度で初太刀と全く同じ箇所へと叩き付けられた剣撃は、JOKERの大鎌の刃を斬り砕いていた。




「ッ、やるね……!!」


 JOKERの武器を破壊し、更に追撃の蹴りを叩き込む伊織。




 二刀流ならば、カードによる遠距離攻撃術式には全て対応出来る。それを見越してJOKERは、魔力によって強化した体術で仕掛けて来るだろう。




 その接近の瞬間を、カウンターでる。




 恐らくこの戦いの中で、残りのチャンスは一度しか無い。極限の緊張の中で、全ての意識を剣へと集中させていく。




「これで…………終わりだ」

「フフ……それはどうかな?」


 二刀を構える伊織と相対し、JOKERは右腕へとトランプと魔力を結集させていた。



 無属性魔力×強化術式


『エルダーハンズ』


 先に動き出したのは、JOKER。鉤爪のような五指が、刀ごと伊織を引き裂くべく迫り来る。




「退魔二刀流――――」


 対して伊織は一切動きを見せず、刀を手にしたまま静止していた。力を強く押さえ付け、封じ込めるかのように。



 そして、JOKERが間合いへと踏み込むと同時に、




「――――・『虚空コクウ』」




 その全てを、解放した。




 伊織の膂力によって振り抜かれる、超高速の連続剣撃。繰り出された無数の刃を一点収束させる事で、瞬間的に空間をも削り取る密集斬撃と化す。


 JOKERの命を喰い千切る、伊織の最強の剣技。




 敵を斬り潰さんとする、刃の連撃は――――突如、止まった。




「なっ…………!?」


 目を見開く伊織の前に立っていたのは、戦闘を静観していた筈のもう一人の敵。伊織の剣は、割って入ったゼロによって受け止められていた。


 掴まれた刃は、伊織の力でも全く動かせない。その動揺も意に介さず、ゼロの手によって伊織の刀は握り潰され、粉砕された。




 あらゆる魔術を打ち破って来た伊織の剣術を完封する、規格外の実力差。JOKERをも遥かに凌駕する、圧倒的な強者だと本能が告げていた。


 気力が尽きたかのように、折れた刀を手放した伊織が地に膝を突く。




「漸く……万策尽きたと言った所かな?」


 遂に敗北を悟ったように見える伊織へと、JOKERが術式を解きながら言葉を掛けた。






 しかし。


 不敵な笑みを浮かべた口元が見えた。伊織の目から、戦意は消えていない。




「…………残念だったな。テメェらの敗けだ」


 その言葉の真意を読み取れず、JOKERは警戒と共に訊き返す。


「それは……どういう意味かな?」

「万策尽きたのは、テメェの方だって言ってんだよ。時間切れだバーカ」




 その瞬間、空間全てを呑み込むかのような、巨大な魔力の出現を感知する。




「…………よく凌いだじゃねェか、伊織」


 JOKER達の『時間切れタイムアップ』を告げる、飄々とした声が響く。聞こえて来たその声に伊織は、息を吐き出しながら小さく笑った。


 伊織の『勝利条件』は、この結界から脱出する事では無かった。"この男"がここに辿り着くまで、生存してさえいれば良かったのだと気付く。






「褒めてやるよ」




 魔術によってこの空間へと姿を現したのは、サングラスを掛けた黒髪の青年。"最強"の魔術師、桐谷 恭夜の登場だった。




「キミが出て来る前に勝負をつけたかったが……ここまで速いとはね。少し想定外だ」

「フッフッフ、出し抜けるとでも思ってたか?俺の生徒は連れて行かせねェよ」


 最も介入させてはならなかった男が結界を突破して来た事に、JOKERは僅かな焦りと共に言及する。恭夜の眼と情報網は、伊織達の危機を正確に察知していた。


「……もう少し早く来れなかったんスか」

「悪かったよ。別件が色々立て込んでた」


 伊織の緊張感の無い問い掛けに、恭夜が笑い混じりに応える。それと同時に伊織と天音の身体が、瞬く間に恭夜の背後へと転移していた。


 圧倒的な魔術の発動速度にJOKERは言葉を失うが、次の瞬間その空間に異変が生じる。




 押し潰されるかのような、全身への圧力。それが恭夜から放出される、濃密過ぎる魔力波動による物だと気付くまで時間は掛からなかった。




「どうした?苦しそうだな」


 その中で恭夜は、人を食ったような笑みで悠然と語り掛ける。


 半端な力では、この男の前で動く事すら儘ならない。伊織の勝利への確信は、恭夜の実力への絶対的な信頼故だった。


 結社の最高幹部『番号刻印ナンバーズ』。その称号は、S級魔術師ランカーウィザードにも匹敵する力の証左。しかし自分達をも超越する魔術師の存在を今、JOKERは目の当たりにしている。




 眼前で嗤うこの男こそが、次元を異にする真の『怪物』だと理解した。




 恭夜の手の内へ収束していくのは、黒く蠢く異質な魔力。その力は、光をも断つ暗色の刃を備えた一本の刀を型作る。


 魔力×形成術式


暗刃アンジン


 そしてその刀身へと、更なる魔力を纏わせていく恭夜。



「まァ、俺の教え子に手ェ出したんだ。何はともあれ……まずは一回、死んで来い」


 笑みを崩す事無く、そう言い放った恭夜の刀は振り抜かれる。




 影属性攻撃術式


斬影龍刀ザンエイリュウトウ


 影によって創り出された、龍の如き巨大斬撃。




 放たれたその一撃は、一瞬にしてJOKER達を喰らい尽くした。



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