第4話 帝国が攻めてきました

 ……うーん、うーん、うーん。


 ひたすら唸っても悩みは解決しない。

 鉱山生活には慣れてきたのだが、毎日のように幻聴が聞こえてくるのである。

 少しも治る様子はなく困っていた。

 体には異常がないので、死んだ囚人の幽霊が喋っているのかと思ってしまう。


 そんなのいるのか?


 俺は見たことがないので幽霊のたぐいは信じていない。

 ただ、そいつは確かにいる。寝てる時に語りかけてくるので間違いはなかった。


「……見つけました」


 などとほざいてくる。

 他にもゴチャゴチャと訳のわからんこと言ってくるのだが、朝の目ざめとともにほとんど忘れてしまう。

 単なる悪夢なのかもしれない。俺は我慢して過ごすしかなかった。

 


 ――運命は回る。



 人生なにが起こるか分からない。俺に転機がおとずれる……が、良いことではなかった。

 鉱山にきてから二か月が過ぎた頃、警笛と鐘が辺りに鳴り響く。これは危険を知らせる合図。

 監視塔にいる看守が大声で叫んでいる。

 

「帝国軍が攻めてきたぞー!」

「囚人達は牢屋へ戻れ! 勝手に動くなよ!」

「あわわわわわわわ!」


 鉱山内は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなる。みんなが右往左往してパニック状態。

 帝国は魔石を狙って攻めてきたのだろう。鉱山を奪えば戦いが有利になるからな。

 東の王国と西の帝国は何百年も戦い続けていて、ずっと覇権を争っていた。

 さらに北には魔物達が住む、「魔国」があって人類の脅威となっていた。今は戦乱の世である。


 平和ってなーに?


 鉱山の近くには王国の守備隊が駐屯してるはずなので、攻めて来ても撃退できるはず。守ってる兵士の数は多い。

 なので慌てなくてもいいはずなのに、どうも様子がおかしかった。

 俺はコッソリと近づき看守達の会話を聞く。大声を出してるので聞き漏らすことはなかった。


「なんてこったー! 守備隊がいない時に攻めてくるとは!」

「帝国の陽動に引っかかったんだよ!」

「敵軍はおよそ三〇〇〇、鉱山は完全に囲まれてもう逃げ場はない。皆殺しにされるー!」


 看守達は真っ青な顔でなげいていた。


(うわあ! こりゃーマズいかもしれん)

 驚いた俺は慌てて口を手で押さえ、声を出さなかった。

 鉱山にいる看守は三〇〇人しかおらず帝国軍との差は十倍。それと兵士ではないので、実戦を経験した奴はいないだろう。

 囚人をイビるのが仕事なので冒険者にも劣る。かなり弱い。


 鉱山に王都のような城壁はなく、どこからでも侵入できるのでなだれ込まれたら終わり。

 占領されても俺達囚人は、そのまま鉱山で働かされるかもしれないが、安心はできない。

 捕虜になっても身代金が取れなければ皆殺しなのだ。帝国軍は甘くない。


「うわーん! 死にたくねーよー!」


 看守達は泣きわめき始める。虐められてきたので、ざまあみろと思いつつも俺はどうしたらいいか考え込む。

 鉱山は囲まれているので外には逃げられない。となれば坑道の奥に逃げ込んで、隠れるしか手はなかった。


(ん?)


 いつのまにか例の三人組が看守達の側にきていた。怪しい……。 


「なんだお前ら! 牢屋に戻れと言っただろうが!」

「まあ待てよ。このままだとお前ら全員死ぬぞ。帝国軍は情け容赦なく敵を皆殺しにする。だから俺らが戦ってやるから、この首かせを外せ!」

「俺達がいれば帝国に勝てる!」

「へっへへへ、俺の魔法はすごいぞ」


 三人はニタニタと笑いながら看守と掛け合う。これはヤバイ取り引きだ。

 かと言って、隠れてる俺がしゃしゃり出るわけにもいかない。

 様子をうかがいながら、いつでも逃げ出せるように身構えていた。


「信用できるか! お前らは凶悪犯だ!」

「なら、お前らだけで頑張りな。あっと言う間に殺されるだけだ。俺らは隠れるとしよう」

「うぐぐぐぐぐ」


 そこに別の看守がやってくる。


「おーい、大変だー! 看守長の姿が見当たらん。たぶん逃げやがった!」

「なんだとー! あの野郎! 俺達を置き去りにしやがったな!?」

「いよいよ後がなくなったな? もう時間はないぞ、早く決めろ!」

「けっけけけけけけけけけけけけけ!」


 追い詰められた看守達は、冷静ではいられなくなる。

 ワラにもすがる思いで、持っていた魔法鍵で三人の首かせを外してしまう。


「ふう、だいぶ楽になったぜ」

「魔力が体に満ちあふれてくる。この感覚は久しぶりだ」

「まだだ、戦うには武器がいる! 他の連中の首かせも外して呼んでこい!」

「わ、分かった」


 看守達は言われるままに動く。いつの間にか立場が逆転していた。

(やれやれ、アホだな……)

 と俺は思うだけ。この後の展開は分かりきっている。


 やがて囚人達が集められ武器が配られる。受け取った途端に目つきが変わっていた。

 あーあ。


「さあ言うとおりにしてやったぞ。お前ら帝国軍と戦え!」

「バカめ! 死ぬのはてめえだ! くらえファイヤーボール!」

「ぎゃあああああああ!」


 首輪を外された野獣達は、看守に襲いかかった。

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