先輩の告白
三河遥
第0話
「付き合って、欲しいの」
放課後、体育館裏に呼び出されたと思うと、先輩は私にそんなことを宣った。
「別にいいですけど、わざわざ呼び出してってことはそんな後ろめたい場所なんですか?」
これは別にボケたわけじゃなくて、先輩が私に告白するなんて考えられなかったから、要するに素の反応だった。
「そうじゃなくて……」
先輩は頬を赤らめる。
先輩のことは好きだったし、何かに付き合うのはやぶさかではなかった。時折恥ずかしがりなところのある先輩だから、わざわざ呼び出して迂遠な言い方をしたのだろうという程度にしか思わなかった。
まあでもなるほど、場所は体育館裏。漫画や小説なんかでは告白スポットとしておなじみの場所だ。
そうじゃなくてと言われれば、選択肢なんてひとつしか残っていなかった。
「……好きって言ったんだよ、君のこと」
「……」
先輩が、私のことを、好き?
ふむ。
なるほど。
「え、本気で言ってます?」
「こんなことで嘘なんてつかないよお!」
「……ッ!」
先輩は私をポンポンと叩く。同じ文藝部に所属する先輩は、私より二回りほど背が小さい。これは先輩の身長が低いのもあるけれど、私の身長が高いのもあった。そのおかげで、先輩の叩く位置が絶妙にみぞおちを刺激していた。仕草こそかわいいけれど、勘弁願いたい。
「あの先輩、痛いです」
私は先輩より長い腕で先輩を引き離すと、呼吸を整えた。
「えっと、それは告白ってことですよね」
「……」
コクリと頷いた。本の虫だった先輩が恋をするなんて意外も意外だ。なんてことを考えている場合ではなくて、私は先輩の告白に応えなければいけなかった。
「……えっと」
先輩は私の答えを待つ。期待しているというより、怖がっているみたいだった。小動物のように上目遣いで私を見上げる。
正直に言えば、私は先輩のことが好きだ。けど、それが先輩の言う恋愛感情かと聞かれたら、わからなくなってしまう。
これで断ってやっぱり恋愛感情でしたって後から言いたくはないしそれは先輩に失礼だし、かといって受け入れてこれはやっぱり恋愛感情ではありませんでしたと先輩をフってしまうのも嫌だった。私は感情の天秤がどちらに振れているのかを考える。先輩はいつも笑っていて、面白かった小説を語ってくれる。私はそんな時間が好きだったし、先輩の勧めてくれる小説はみんな面白かった。
友人としての愛情なのか、恋人としての愛情なのか。簡単に判断できるはずもない。
「……私は」
恋人になったら、何が変わってしまうんだろう。言うなれば、私と先輩の関係の全部が変わってしまう。そこに恋人という称号がひとつ挟まるだけで、私と先輩の周りにある空気は一変する。
これまでは同性だからと思っていた距離感が、一気に意味が変わってしまうということだ。
恋愛小説を読んだ時は、告白シーンは甘酸っぱいと思っていたけれど、こうして体験してみると、随分苦いものだなと思う。
「先輩のこと、恋人として見れるかって急に言われたら、難しい、と思います」
素直に言葉を紡ぐ。先輩は一瞬うぐと言った顔をしたけれど、私の言葉にはまだ続きがあると察して、元に戻った。
「でも、先輩のことは好きです。これが先輩後輩としてなのか、恋人になりたいという好きなのか、私にはまだ、わかんなくて」
「……だったら」
「だから、試用期間を設けたいと思うんです」
「……試用期間?」
「一度、恋人になって、数か月……三か月くらい、過ごしましょう。そこで、答えを出します」
私にできる精一杯がそれだった。わからないから、恋人関係を、本物と言わなければいい――だなんて、酷い逃げだとも思ったけれど。
恋人の出来たことない私には、その答えが限界なのだ。考えているだけじゃ答えに辿り着けないものなんだ。そう、自分に言い訳する。
「……うん。わかった。真剣に考えてくれて、ありがとう」
先輩は頭を下げた。わかったということは、認めてくれたってことでいいんだろうか。
「三か月の間に、絶ッ対、本気にさせて見せるから」
先輩は私に向かってニッと笑いかけた。私は今恋人になった先輩の笑顔を見て、うっとたじろいだ。恋人になった瞬間に、先輩の笑顔は違ったものに見えた。
これが恋人になるってこと、なのかな。
試用期間。私はこの間に先輩に抱いている感情が恋愛感情なのか判断しなければいけないわけなのだけれど――
試用期間が始まってものの十秒で、もしかすると私は既に落ちているのかもしれないと思った。
先輩の告白 三河遥 @mikawa_haruka
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