侯爵令嬢は今日もあざやかに断罪する
続編番外編
ヒルシェール改造計画
「………これを飲むのかい?」
ヒルシェールは出された杯の中を確認し、正面のエマールを見た。
「そうです。これを今日から毎日一杯、朝に飲むようにとの事ですわ♪」
ニコニコと微笑むエマールは、動きやすいからという理由で、男性用の衣服を着用している。
ヒルシェール一人で運動するのは辛かろうという、エマールなりの配慮である。
「………エマ。これ、ものすんごく、奇妙な匂いがするのだが……」
色は泥のようだし、香りは薬草を煮詰めて焦がしたような匂いがする。
「………一応、それでも原液の二十倍に薄めていますけど…」
「待って。薄めてこれなのか?」
「薄めてこれです!」
キッパリと言いきられ、ヒルシェールは鼻をつまみ、涙目で飲み込んだ。
「-✰~↑○↘○*#<♪←✰」
言語がおかしくなった。いや、味覚が死んだ。
とにかくあまりの不味さに口から出そうとすると、
「ちなみに飲み干せないと、次は十倍で飲むことになります……」
無情な発言に、ヒルシェールは頑張って飲み干した。
おかげで口の中に不味さが残っているせいか、朝餉はいつもの半分しか食べることが出来なかった。
「……これなら食事は予定通り減らして大丈夫みたいですね…」
エマールの後ろには、リネットから付けられた書記官が、色々と記録を取っている。
「……………」
出だしから飛んでもない目に合わされて、ヒルシェールは遠い目になっている。
「ヒルシェール様!次は運動ですよ!!」
走らされるのかと思ったが、庭園を何周か歩くだけだと言われ、そのくらいなら…などと思った自分が呪わしい……。
のんびりと歩くことは許されず、背筋を伸ばして、エマールの手拍子に合わせて歩かされている。
いや、小走りではないのか、この速さは?
二周目が終わりかける頃には、ヒルシェールはヒハヒハと肩で呼吸を始めていた。
服はもうビッショリと汗を含み、ポタポタと雫が地面に染み込んでいく。
「はい。一旦休憩ですわ。お水を飲んでくださいませ」
差し出された杯から、グビグビと水を飲み干していく。
いや、待て。一旦休憩とか言わなかったか?
呼吸が落ち着き、汗が引き出した頃、ギギギ…と音がしそうに首を向ければ、にっこりと愛らしく笑っているエマールがいる。
「……エマ。つかぬ事を聞くのだがね?」
「…今日の予定が終わってからお伺いしますわ♪では、再開しましょう!」
ヒルシェールは昼餉の時間まで、それを五回繰り返した。
「………無理、吐きそう……」
用意された食事に首を振れば、杯を持ったエマールが戻ってきた。
「食事が無理なら、せめてこれだけでも飲んでくださいませ」
今度のは緑緑と主張していた。そして、青臭い……。
「痩身の際に必要な栄養素が全て入っているそうです。食事が無理なら、必ずこちらを飲むようにとの事です!」
「……うん、飲むよ。飲まないと、他のとんでもない物が出てきそうだもんね……」
ヒルシェールは頑張って飲み干した。朝の茶に比べればマシだった。
ちなみにコレを飲まなかったら、虫を食べさせられるとこだったと知り、ホッとした。
今度は風呂に放り込まれた。
汗を落とすと、台にうつ伏せにされて、カラディル家から来た専門家とやらに、身体中に色々塗りこまれ、あちこちを揉みまくられた。
特に足の裏を揉まれた時は、護衛が飛び込んでくるくらいの悲鳴を上げた。
洒落にならないくらい痛かった。
護衛も試したところ、声を上げることは無かったが、涙目になって震えていた。
うん、痛いということで間違いない。
それが終われば、ゆっくり湯に浸かれると喜んでいたのだが。
「……湯が少なくないかい?」
ヒルシェールは肩までじっくり浸かるのが好きだった。しかし、目の前は座った自分の胸くらいまでの湯量しこない。
「全身で浸かるより、こちらの方が血行が良くなり、基礎代謝が上がるとの事でございます……」
湯女にそう説明され、これも約束なのだからと渋々湯に入る。
「……………はっ!」
思わず眠りそうになったヒルシェール。
またもや台の上に乗せられ、塗る揉むの繰り返しで、少しの間午睡をした後、夕餉の時間まで執務をする。
そして、出された夕餉はいつもの量より少ないだけだった。
「……こんなに食べてもいいのかね?」
「構わないそうですわ。朝と昼にあまり食べられなかった分の補足だそうですから」
にっこり笑って向かいに座っているエマールがそういうのを聞き、ヒルシェールは大人しく食べた。
「寝る前にこれだけお飲み下さいね」
杯一杯の水を就寝前に飲むように伝え、エマールは侯爵家に帰っていったーーはずだった。
「………なあにをなさっておりますの、ヒルシェール様?」
「はっ!?」
深夜、空腹になったヒルシェールは食料庫に無意識で来ていた。
手にした果物を口にしようとしたところで、背後からエマールに声をかけられ正気に返った。
「あれ?え?あれ?」
帰ったはずのエマールの姿にも驚いたが、自分が手にしている果物にも驚いた。
「始めてしばらくは無意識に食事を求めるそうです。夜間は食料庫に見張りを置くようにしましょう」
そうして、ひと月くらい見張りが立った。
そんな日々を繰り返して、半月を過ぎる頃には半分近くまで細くなっていた。
ここからが正念場らしいと、リネットから教えられ、ヒルシェールは頑張った。
舌がバカになるような味のお茶も、一気に飲み干せるようになり、息切れをしながら歩いていた庭園も、軽やかに走れるようになった。
食事の量も一般的な量になり、施術のおかげで、肌艶も良くなっていた。
痩せてからは、筋肉をつきやすくするという方向に変わり、ヒルシェールは半年で、完全に別人へと生まれ変わった。
逞しい好中年の出来上がりである。
今まで散々バカにしていた女達は、近づこうにも隣にいるエマールに睨まれ近寄れず、話しかけても過去の所業を覚えているヒルシェールに遠回しに覚えていると言われて引き下がった。
「……エマ。吾が頑張れたのは、エマが親身になって支えてくれたからだ。お前の父と変わらぬ年の吾だが、吾の妻にと望んでも良いだろうか……?」
「っ!?」
ヒルシェールは真っ赤になりながら、皇族や大臣の集まる中で、エマールの手を取り告白した。
「~~~~っ!!」
エマールは泣きながらヒルシェールに飛びつき、ウンウンと頷くことしか出来なかった。
こうして、十九も年の離れた若妻を、ヒルシェールは手に入れたのであったーーーー。
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