第4話

「母様。亡くなる前にしっかりとお二人に誓約書まで書かせたんですよ」


 ダニエルが苦笑しながら、その時の事を思い出す。


「父様もエクレア母様も、大泣きしながらサインしてましたものね……」


 ウンウンと頷きながら、アディエルが続ける。


「…侯爵はそれで本当に納得したのかい?」


 呆れと驚きに包まれながら、カイエンは言葉を発した。


「まあ、殿下。我が家は侯爵家ですわ。しかも、侯爵家。我が家に女主人は必要です。父は仕事でほとんど領地を回りまくっておりますから…」


 その言葉になるほどと、ノクタール侯爵家の治める領地を思い出す。


 本来の領地以外にも、爵位返上で戻ってきた財政難の直轄地の数々も、侯爵がこまめに確認に動いてくれているので、国内がとも言えるのだ。

 別に管理するのが面倒だからと、二妃に相談したマクスウェルが、侯爵家に丸投げした訳では無い、一応……。


 とにかく留守中にも送られてくる書類の数々を、家内のことも捌きながら動かなければならない。

 そして、後妻となったエクレア夫人は、経営能力に長けた女性であった。


 だからこそ二人の母親は、自分亡き後、安心して夫と子供だけでなく、領地と領民を任せられる人物としてエクレアを指名したのだ。

 生まれた時から彼女の人となりを知っている姉弟は、だから反対しなかった。

 母親のように接してくれていたエクレアに文句の付けようがないし、寧ろ、「妹欲しい!」とさえ、思っていた二人であった。


 妻の願いなら何でも叶えてきた侯爵である。妻の最期の願いとはいえ、どうしたものかと思っていたが、実際の生活を顧みれば夫人の存在は必須であり、なんなら人柄も能力も知っているし、子供達も懐いているしで、寧ろ何のしがらみもなく後妻が見つかったことに納得した。


 夫人は嫁ぎ先から実家へ戻ったものの、実家での扱いは酷く、親友の忘れ形見を、親友に出来なかった分まで見守ろうと思っていたところに、親友からのである。

 侯爵がどれだけ親友を愛していたかを知っているだけに、断ろうとしたら泣き落とされた。


「そんなに彼が嫌がられるとは思わなかったの!ごめんなさいぃ……」


 嫌ってはいないと必死で伝えた。子供に悪いと新たに伝えれば、


「他人の子供なんて見たくもないわよね…?」


 と、涙ながらに嘆かれて、どれだけ二人が可愛らしくて聡明なのかを語って聞かせた。


 亡くなった夫を見送った時のように、親友にも穏やかな最期を迎えて欲しかった彼女は、同志として侯爵を支えると親友に誓った。


 そして、そんな二人が契約書にしっかりと署名するのを見届けて、セリナは天の階段を上っていったーーーー。


 葬儀の日。墓にすがりついて号泣し続ける二人の姿に、姉弟がドン引いていたことは内緒である。


 そうして、喪が明けるとすぐに再婚した二人に、姉弟は母の願いだったからと、二人が根負けするまで、妹コールを繰り返したのだったーーーー。




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