第5話


「……踊れたじゃないか…」


 踊り終わって、王妃達の元に向かいながら、つまらなそうにカイエンが呟く。


「…私、と申しましたけど、苦手とは申してませんわよ?」


「確かに…」


 何となく悔しくなったカイエンである。


「アディッ!カイエン様っ!二人とも素晴らしかった!!」


 興奮している三妃は、少しが出かけていたし、二妃に至っては喜びのあまりか涙目になり、ハンカチを握りしめて震えていた。


「…アディエル嬢。カイエンと私達の我儘に付き合ってくれてありがとう…」


 穏やかに微笑む王妃に、アディエルは困りつつも笑みを返して頭を下げた。


「……カイエン様、話が違いませんか?」


 さらに二年後の十歳の誕生パーティーでも、アディエルはカイエンと踊らされていた。

 その頃には二人とも互いに名前で呼ぶようになっていたし、大半は二人が婚約するのは決定だと信じていた。


「アディ。文句は母上達に頼む…」


「…くぅ…」


 アディエルから言えるはずもなく、カイエンが言うはずもない。

 そんな訳で都度都度、ファーストダンスの相手は必ず互いのままになるのだ。


「周りからも私の婚約者はアディで決定だと思われてるのに、どうして断るのかなぁ…」


 踊りながらのため、どちらも笑みを浮かべたままの会話である。


「王家に嫁ぐのはお断りします!」


 にこやかに、いつも通りにきっぱりと断る。


「ふむ…」


 踊り終えて挨拶もし、カイエンはそのまま庭園へとアディエルを連れて移動していく。

 四阿に着くと、隣合って腰を下ろし、カイエンは人払いをした。

 声の聞こえない距離まで、使用人も護衛も離れていく。


「ねえ、アディ。私は今まで君に婚約して欲しいと言い続けてきたよね?」


「そうですわね」


「いつも断られてるけど…」


「そうですわね」


「…エイデンにね。『何で断られてるの?』って言われて、アディから理由を聞いてないことに気づいたんだ…」


 ハアと溜息をつきながらそう言ったカイエンに、アディは不思議そうな顔を向けた。


「ねえ、アディ。私の婚約者になるのは、どうして嫌なの?」


「……私は、両親に憧れてますので…」


「侯爵?ああ、夫人と仲がよろしいね。理想の夫婦と言われてると聞いてるよ?」


「…二妃様と三妃様のお話も聞いています…」


「……なるほど…」


 アディエルの言葉に、カイエンは理解してしまった。

 王家に嫁ぐと、必ずと言っていいほど、『位持ちの側妃』という存在が発生する。

 しかもこの国では、『位持ちの側妃』は『王妃』を支える存在でなければならない。

 故に、側妃を選ばなければならないのだ。

 過去には王妃を支えるために、愛する者と別れた側妃もいたという。

 自身が信じている者といえど、自分の夫にならないのだ。

 自分から飛び込んで行った、二妃と三妃のような例など滅多にない。実際、初めての事案だったほどである。


 そして、ノクタール侯爵夫妻は政略結婚なれど、周囲が羨むほどの仲睦まじさである。


 つまり、アディエルは、『一夫多妻制はお断りします』と言うことなのだ。


 しかし、カイエンはもうアディエルしか選ぶつもりはなかった。


「うん。じゃあ、私はアディエルしか妻にしないと誓おう!」


「……は?」


 突然、アディエルの両手を握りしめ、にっこり笑ってそう告げたカイエンに、アディエルはポカンとなってしまった。


「ははっ♪アディのそんな顔、初めて見たよ」


「っ!?」


 嬉しそうに笑ったカイエンに、アディエルは自分の顔が赤くなったのが分かって動揺する。


「よし、決めたっ!婚約を申し込むことができる十二歳になるまでに、王妃一人でも認めさせれるような法を考える!そしたら、婚約を受け入れて、手伝ってくれるかい?」


「……一緒に…ですの?」


「うん!一緒に、だ!!」


「……し、仕方ありません。カイエン様がそこまで仰るなら…。ですが私に認められなければ、お受けしませんからねっ!!」


 悔しそうに真っ赤な顔で答えたアディエルに、カイエンは絶対に認めさせると、その日から合間合間に法律関係の事を調べ始めた。


 これに協力したのは、当然、二妃エリアナである。

 三妃は残念ながら、方面には弱かったので、根回しに関することは引き受けていた。


 当然である。

 この二人。どうしても、どーーーーしても、アディエルとカイエンが一緒になるのを見たかったのだから。


 原因である王妃は不思議そうにしていたが、国王マクスウェルは知っている。

 何気なく王妃が何気なく漏らした一言が原因だったのだと。


『まあ。アディエル嬢は聡明なばかりかとても愛らしいですわね。あのような子がカイエンに嫁いでくれればよいのですが…』


 エリアナの所に来ていたアディエル。たまたま通りかかった王妃エリザベスが、その様子を見て、隣にいた三妃イザベラに話しかけていたのだ。


 当然、その場にエリアナがいなくともイザベラから伝わった。

 カイエンとの初対面になるはずだったあの日。

 エリアナはのドレスを、わざわざ作らせてアディエルへと送っていたのだ。

 結果としては、着ることなくカイエンの興味を引いた訳なのだが…。


 二人が王妃の為にとしている事を咎めでもしたら、自分の身が危うい。


 命、大事。ホント、大事っ!


 長年の付き合いで骨身に染みていた国王マクスウェルは、カイエンが無事に婚約出来ることをただ祈るのみであった。


 国王、無力ーーーー。


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