第4話


「君。影を使えるの?」


「……何の事でございましょうか?」


 告げられた言葉に、体の離れたアディエルは、右頬に手を当て、コテンと首を傾げた。


 六歳なれど、王太子としての教育を受けているカイエンは、武の名門である三妃の実家トワイデン侯爵家に対して、智の名門がノクタール侯爵家であると知っている。


 ノクタール侯爵家がその知識と智略に使う存在が、『影』と呼ばれていること。また、その『影』を使うにも、能力的に認められなければならないということも、カイエンは既に学んでいたのだ。

 だから、気がついた。

 令嬢であるアディエルには無理でも、アディエルが影を使蛇を操れるのではないかと。


 この年で影を使える令嬢なんて、面白いっ!


 しかも自分カイエンの婚約者として最有力候補であるのに、媚びを売ることもない。寧ろ、関わるまいとしている節がある。

 それだけではない。

 彼女は自分に向かって走ってきたグレインに対し、すれ違いざまにさりげなく足を引っ掛け、カイエン以外に気づかれず池の中にいたのだ。


 カイエンの興味はひたすらアディエルに向けられた。


「母上っ!私はアディエル嬢を王妃にっ!!」


 カイエンは茶会が終わるなり、王妃に面会を申し込んでそう伝えた。


「……カイエン?それはアディエル嬢にも了承を得ているのですか?」


「いえ、まだです。ですが、これから婚約を受け入れて貰えるように動きます!!私は何としてでも、彼女を妻にしますからっ!」


 このカイエンの発言を後押ししたのは、二妃と三妃である。


 二妃は自分からの贈り物を届ける際の使者としてカイエンを侯爵家へと向かわせ、三妃は己の息子を侯爵家の嫡男と学ばせていた剣術の場に、アディエルを招くことでカイエンと出会う機会を与えた。


「やあ、アディエル嬢。私と婚約してみないか?」


「まあ、殿下。私は相応しくございません。お断りしますわ♪」


 にっこり笑って断られた。


「ねえ、アディエル嬢。私の婚約者となって、支えて欲しいんだけど…」


「申し訳ございません、殿下。私には荷が重いです」


 きっぱりと断られた。


 そんな感じの攻防を繰り返すこと二年。

 八歳の誕生パーティー(小規模)に、ノクタール侯爵姉弟を招いた。


「アディエル・ノクタール!お前、生意…、ふがっ!!」


「グレイン様。少しあちらで話があります…」


 アディエルを見かけるなり絡みに行ったグレインは、言い終わる前に三妃に口を塞がれ連行された。ちなみに、側妃は招待されていなかった。


 そしてグレインは、二年が過ぎてもアディエルへのアピールを間違えていることに気づかない。


「やあ、来てくれたんだね。アディエル嬢、ダニエル」


 挨拶に現れた姉弟に、カイエンはにこやかに微笑んで出迎えた。


「「本日はおめでとうございます」」


 二人が揃って挨拶をすると、当たり前のようにカイエンはアディエルの手を取り、自分の側へと招こうとした。


「プレゼントはアディエルでいいのかな?」


「まあ、殿下。お年を随分誤魔化されておいでですの?」


 両者、笑顔での応酬が始まる。


 いつもの事と見慣れたダニエルは、第三王子エイデンに招かれ、そちらに移動する。

 巻き込まれては洒落にならない。何事も我が身が一番大事である。


「ところで、ファーストダンスの相手をお願いしても?」


「え?イヤです。お断りします」


 悩む間もなく断られた。本来なら、不敬と言われるのだろうが、この二年のやり取りで、カイエンがそんな真似をしないとアディエルは、にこやかに断った。


「んー。でも、楽しみにしてるがいるんだよねぇ…」


 苦笑しながら向けるカイエンの視線の先を、アディエルも追いかけて後悔した。


 笑顔全開の二妃と三妃がいる。

 その真ん中に扇で口元を隠した王妃が、不安気な瞳でこちらを見ていた。

 国王よりも権力を握っていると言われる三人である。断る訳にはいかない。


「……踊ったら婚約成立…とか、申しませんよね?」


「私としてはそうしたいけど、二妃様と三妃様が間近で見たいと仰ってるんだよね…」


「…………」


 アディエルは右頬に手を当て、コテンと首を傾げた。


「致し方ありません。ファーストダンスの件、承知致しましたわ…」


 少しの間だけ悩んだアディエルは、落ち込んだ顔で承諾した。


「……えっと。そんなにイヤなら…」


 初めて見る表情に戸惑うカイエン。


「ダンスはありませんの…」


 ほうっと溜息をつくアディエルに、カイエンは目を瞬かせた。


「へぇ、君にもそんな事があるんだね…」


「…殿下は私を何だとお思いですの?まだ八歳ですのよ?」


「いや、私もだけど…」


 その時、側でその会話を耳にしていた使用人達は、心の中で呟いた。


 お二方とも、普通の八歳じゃありませんよ……。


 そうして、ホールの中央で二人は踊り始めたのであるーーーー。


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