第3話


。私、父の娘ではありますが、二妃様と同じノクタール家の血を引く者でもございます」


 ニコッと愛らしく微笑み、アディエルが言葉を続ける。


は誰よりも理解しているつもりです」


「っ!」


「家訓…?」


 アディエルの言葉に二妃はパチパチと瞬きをし、カイエンは首を傾げてノクタール侯爵家の家訓を思い出す。


 ノクタール侯爵家の家訓は、『差し出された右手には必ず左手を返せ』と言うものだったな。と、カイエンは首を傾げた。

 意味が分からずに二妃に訊ねたことがあったからだ。


 簡単に言えば、転んだ時に差し出された右手助けに、左手感謝を返せという意味らしいが、それがこの場に何の関係があるのだろうか?と、カイエンは考え込んでいた。


 そう。カイエンは知らないが、この家訓には続きがあるのだ。


『差し出された右手に左手を返せ。打たれた右頬には両頬を打ち返せ』


 ※(訳)助けられたならば恩を返し、攻撃されたなら倍以上にしてやり返せ


 つまり、やられたら《倍返し以上》でやり返せという家訓である。


「あらあらぁ。アディは本当にお利口ですわねぇ♪」


 コロコロと笑いながら、二妃は二人に近づく。


「二妃様より賜りましたドレスは、近日招かれておりますとのお茶会で使わせていただきたく思っております…」


「「っ!!」」


 この言葉に二人は驚いた。

 二妃エリアナは、溺愛している王妃と、我が子よりも可愛がっているアディエルが揃う場面があるということに。

 そして、カイエンは自分の知らぬ間に、王妃母親彼女アディエルを選んでいるらしいということに。


「な、な、なぁんてこと……。わたくし、急ぎの用を思い出しましたわぁ。カイエン様。アディのエスコートをお任せしますわねぇ♪」


 フルフルと身体を震わせながら、カイエンの手を握ってそう言うと、二妃はそそくさとその場を後にした。


 何かしらの手配に向かったな…と、二人はそれぞれの心の中で呟いた。


「…ではアディエル嬢。茶会の場までよいだろうか?」


「よろしくお願いいたします…」


 差し出されたカイエンの手に指を乗せ、二人は会場に再び戻った。


 しばらく共に行動していたのだが、ふと気づけばアディエルはカイエンから離れた場所で、数人の令嬢と彼女の弟に囲まれていて、カイエン自身は再び鼻息の荒いギラついた目の令嬢達に包囲されていた。


 先程と違うことは、カイエンの視線が時折アディエルに向けられていることだろう。


 そんな折、グレインが大きな声で話しながら、池の側で話しているアディエルに近寄ろうとしていた。


「…すまない。少し兄上のところに用ができた…」


 引き止めようと包囲を逃げ出し、グレインとアディエルの間に入ろうとした瞬間だった。


 ボトリ。


 グレインの足元に、何かが降ってきたのである。


「?」


 カイエンは視線をそこに向けた。そこに居たのは、大きな蛇だった。


「う、うわああぁぁっ!!」


 蛇とはいえ、かなりの大きさであったし、突然頭上から落ちてきたのだ。

 グレインはパニックになって、叫びながらあちこちに走り出した。


 そして、蛇は逃げていくグレインだけを追いかける。


「危ないっ!」


 誰の叫びだったのか、そちらを向いた瞬間に、バシャーンと水音が耳に届いた。


「まあ、大変。ずぶ濡れですわ」


 アディエルの言葉に目を向ければ、グレインが少し前に自身がアディエルを突き飛ばした池の中に突っ込んでいる。


 グレインを追いかけていた蛇は、池に落ちると興味を失ったのか、植え込みへと消えていった。


「あのままでしたら、(周りの人が)大怪我をしていたかもしれませんでしたが、冷静になられたようですわね♪」


 右頬に手を当て、コテンと愛らしく首を右側に傾げてそう言うアディエルに、周囲は頬を染めながらも頷いていた。


 しかし、カイエンだけはアディエルの本音が聞こえたような気がしていた。


「…兄上。怪我はないですか?」


 池に向かって声をかけると、正気を取り戻したのか真っ赤になって身体を震わせた。


「お前、さっきの仕返しかっ!?」


 カイエンを押しのけ、グレインはアディエルへと手を伸ばした。


「恐れながら殿下は、私が蛇を操れるとでも仰るのですか?」


 手首を掴まれたアディエルが、首を傾げてそう聞けば、グレインは彼女を芝生へ引っ張り倒した。


「お前じゃないとおかしいだろっ!絶対、お前が何かしたろっ!?」


「そのように仰られても、蛇など操れません…。調べていただいてもかまいません。私の体の何処に、蛇を操るような物がございますか?」


「ぐ……」


 怯えて言い返すアディエルに周囲の視線は同情的である。当たり前だ。蛇を操ることは出来ない。


「くそっ!濡れて気持ち悪いっ!!カイエン!俺は着替えに行く!後はお前がやれ!!」


 自分に都合の悪い雰囲気に、濡れたシャツを脱ぎ捨てながら、グレインはそう怒鳴って会場を出ていった。


 お前がやれも何も。元から茶会なんだけどね……。


 呆れながらもカイエンは芝生の上で座ったままのアディエルの所に向かった。


 気になることがあったからだ。


「アディエル嬢。度重なる兄上の無礼、申し訳ない」


「いえ、お気になさらずに…」


 差し出した手に手を置かれた瞬間、カイエンはグイッと力を入れた。


「っ!」


 そうして自分の胸にアディエルが飛び込むと、そっと内緒話をするように、耳元に口を寄せた。

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