第2話


「この俺に意見するとは、生意気な女めっ!!」


 六歳の時に開かれた王家主催の子供だけのお茶会。

 将来の自分の妻達と側近候補を選ぶためのその集まりに、嫌気を覚えていたカイエンは、突然異母兄である第一王子グレインのその叫び声の後に、続く水音に驚いてそちらを向いた。


 バシャーン!と派手な音を立てた噴水のある池には、一人の令嬢がずぶ濡れで座っていた。


「ふん!そこで頭を冷やしてろっ!!」


 グレインはオロオロとする周囲の者を引き連れ、そのまま歩き去っていく。


「………」


 池の中で静かに座っている少女の姿に、カイエンは近づきながら彼女が誰なのかを思い出していた。

 今日招かれた中に、の者など、二人しかいなかった。

 その内の一人は、自分より一つ下の侯爵家の嫡男で、もう一人はその姉だ。


 貴族の筆頭、ノクタール侯爵家の令嬢。


『ノクタール侯爵家の黒真珠』と呼ばれ、父である侯爵はもちろん、一族の者からも溺愛されているという才女であった。


 カイエンの婚約者候補の中でも、最も高い評価を受けている少女だが、彼女自身は他の候補の少女達と違い、カイエンの側には寄らなかった。

 しかし、彼女は二妃の身内でもある。

 世間的にはおっとりと穏やかで大人しい性格と言われている二妃エリアナだが、その内面は父である国王すらほどに容赦がない。

 王妃である母からも、二妃が令嬢を可愛がっていると聞いているのだ。


 兄上は二妃様に殺されたいのかっ!?


 急いで池に近寄り、駆けつけてくる使用人達より早く、カイエンは池に入り、アディエルへと手を差し伸べた。


「アディエル・ノクタール侯爵令嬢。兄上が大変申し訳ない真似をした…」


「……いえ。お気になさらずに…」


 そう答えて、差し伸べられた手に指を乗せ、顔を上げたアディエルに、カイエンは言葉を失っていた。

 透けるような白い肌に、淡く色づいた桃色の頬。薄く紅い唇。頬に張り付く髪を指で払いながらも、自分を見上げてきたエメラルドのような色の瞳に。

 カイエンは惹き込まれていた。


 …これは。グレイン兄上が、ちょっかいをかけるわけだ……。


 母親は違えど、それなりに共に育ったからだろうか?もしくは、同じ父親の血のせいか。

 カイエンとグレインは、女性の外見の好みが似ているとこがあった。


 目の前のアディエルは、自分も目が離せなくなるほどに、好みそのままだったのだ。


 恐らく彼女に話しかけたものの、彼女の興味を引けずに苛立ったグレインが、彼女を突き飛ばしたのだろうと、見ていなかったというのにカイエンは正確に事態を当てていた。


「部屋と着替えを用意させる」


 池から出たアディエルを、タオルを持って駆けつけてきた侍女達に任せ、自身も濡れた身体を侍従に拭かせながら、アディエルに声をかけた。


「いえ、申し訳ありませんが、このまま退席させていただきたく…」


「そうですか。では私は、ずぶ濡れのままで君を帰らせてしまったと、お詫びに伺わねばなりませんね」


「……お言葉に甘えさせていただきます…」


 身内である二妃の性格を理解しているらしいアディエルは、カイエンが言葉に含めた意味を正しく気づいてくれ、瞬時に意見を翻してくれた。


 可愛いがっている令嬢を、濡れネズミのままで侯爵家に帰してしまったと、二妃に謝りに行けば、やらかした本人グレイン共々カイエンは叱られるし、可愛がっているアディエルに、頼られないまま帰られたと、次に会った時に延々とアディエルは愚痴られる。


 両者の意見が一致した瞬間であった。

 ちなみに周囲の使用人達は、「この二人。まだ六歳のはずなのに、中身の年齢おかしいよなぁ…」などと思っているが、この時の二人はそこまでの判断は出来ていない。なんせ、まだなのだから。


 濡れた衣装を着替え、会場に戻ろうとしていたカイエンは、一人で会場とは逆方向に向かう令嬢を見かけた。


「……どちらへ行かれるのですか?」


 令嬢の着替えにしては早くないか?


 そう思いつつ、声をかければ、


「……いえ。嫌な予感がしたものですから…」


 アディエルが答えるが、その視線は彼女自身の背後へと向けられていた。


「?」


 首を傾げてそちらを向いたカイエンは、そちらを見たことを後悔した。


「ご機嫌よう、カイエン様。あらぁ?アディはわたくしの用意したドレスは気に入りませんでしたのぉ?」


 視線の先にいたのは、ニッコリと微笑む二妃エリアナである。


 終わった…………。


 二人はこの瞬間、互いに同じ事を思っているとは知らなかった。


「お久しぶりでございます、二妃様。賜りましたドレスは、今日よりも相応しき日にと思い、別の物を身につけて参りました…」


 頭を軽く下げて挨拶をし、二妃に答えるアディエルに、カイエンは二妃のドレスを着てくれてなくて助かったと安堵した。


「そうねぇ。、わたくし悲しくなってしまうわぁ♪」


 あ、バレてる。もう、バレてるぞ、これ…。


 今日初めて会ったばかりなのに、二妃をよく知る二人の心中は重なっている。


 アディエルが可愛い二妃は、溺愛している王妃の子である第一王子カイエンも可愛がっているのだ。

 そんな彼女が二人が揃う今日という日に、配下を忍ばせていないわけが無い。

 グレインの所業も既に詳しく知らされた上で、ここに来たのだ。


 そして、二妃は位のない側妃であるグレインの母を、とんでもなく嫌っている。

 グレインだって、王妃が庇っているからなのだ。


 困った異母兄ではあるが、そこまで嫌ってないカイエンとしては、今日の事はなるべく便に済ませてもらいたい。


 どうしようかと悩むカイエンの隣で、口を開いたのはアディエルだった。






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