月都市アリアムーン

 ナインスとエインス。二人の大事な家族ができた私はコロニーを脱出していた。仮に攻めてきても返り討ちに出来そうだったが、襲われないに越したことはないだろう?


 駐屯していたオーダー軍から三人が乗れる手頃な戦闘機を奪い取り(インビジブルモードがあるため簡単に奪えた)、今は月へ向かっている。


 この世界にも月は存在していて、それなりに重要だ。宇宙へ沢山のコロニーを建造するのに貢献した衛星で、宇宙人や兎ではなく人間が住んでいる。その人たちを月人、ムーンノイドと呼ぶらしい。


 ムーンノイドは聡明と有名で、卓越した科学力から独自の軍を築いているようだ。勿論、空気はおろか水もないので、月の表面というよりは地下が正しい。

 ナインスによれば地下にはアリアムーンと呼ばれる大都市が形成されていて、火星に引けを取らないくらい発展しているらしいのだ。


「あの……フォースさん……」


「んー? お姉ちゃんでしょ?」


「お、お姉ちゃん、私の、その、触るのをやめてください」


「不可抗力よ。二人用の戦闘機に無理矢理三人が乗っているんだから我慢しなさい」


 確かに私の手がエインスの太腿に触れているが、これは態とではない。一人の用の席に二人が座っている弊害なのだ。彼女の体温、香りを全身で楽しめて、それでいて太腿を触れてラッキーなんて微塵も思っていない。


「いや、絶対態とです。やっぱり私、ナインスさんと乗ります」


「今更変えられないわよ?」


「ちっ……」


 露骨な舌打ちだ。エインスは私の膝の上に乗っているため、嫌でも聞こえてしまい、萎えてしまう。

 一体何がいけないのだろう。妹に嫌われた時の対処法が分からない。こうなるなら図書館でその手の本を読んでおけば良かった。


「お姉ちゃん、月都市が見えてきました」


「え!? 本当!?」


「ちょっ! 暴れないでください!」


 身を捩らせてエインスとくっつきながら窓の外を見てみると、ナインスの言う通り、そこには月があった。とても大きくて丸い。それでいて太陽が当たらないところは真っ黒で、どこか不気味に感じてしまう。

 しかし、そこは確かな月なのだ。過去に、アポロが月に旅立って幾千の刻が過ぎただろうか? 

 月の表面に見える巨大な膜はガラスだ。その中には月都市ムーンアリアと言われる、人類が宇宙へと進出した証が存在している。


「どさくさに紛れて胸を触らないでください!」


「不可抗力よ!」


 そう、私はただ初めて見る月都市に興奮しているだけだ。決して、それが建前で、本心はエインスの小ぶりな胸を触ろうなんて思っている訳ないだろう。

 いや、しかし、姉として妹の健康に気を遣わないといけないのでは? もしも、発育が悪いならきちんと正してあげないと!(使命感)


「ちょ、何をして――」


「なにってマッサージよ。私が身体の隅々まで改造して、ぼんきゅっぼんでセクシーな肉体に仕上げてあげるわ」


「余計なお世話ですッ! やめてください!」


 私は無心でエインスの身体を擽り、凝りがあれば重点的にほぐしていく。ふふふ、紳士モードは攻略した! 前は閃光弾の所為でイケなかったが、今度は大丈夫だ。戦闘機の中という密室……邪魔する者はおらず、エインスが逃げることもできない。私の勝ちだ!


「お姉ちゃん……あと、十秒で爆発します……」


「へ? ナインス……? 今、なんて……」


 この後、爆発に巻き込まれた。





 私のインビジブルモードを有効活用して、無事に港から月都市へと闖入した私たちは小さな喫茶店で、ひっそりとお茶会を開いていた。

 ジャンク屋で稼いだお金を使って、私は珈琲を嗜み、ナインスとエインスはそれぞれパンケーキと紅茶を楽しんでいる。

 仰げば広がっている広大な宇宙。絶景だが、真上には地獄のような環境が渦巻いていると思えば落ち着かないし、先ほどの事もあって釈然としない。


「全く……どうしていきなり自爆するのかしら?」


「あのまま入港していたらオーダー軍だと勘違いされる。だから証拠隠滅して、密行する必要があった」


「いや、それでも予告もなしに爆破はないでしょう? まあナインスが守ってくれたお陰で、私は何ともないけど……」


 言い淀んだ私は真横に座っている、不貞腐れた様子のエインスを一瞥する。


「全くです。咄嗟に変身したのはいいですが、ダメージを負いました」


 エインスの判断は正しかっただろう。即座に変身して、スピードという持ち味を活かしたお陰で軽傷だ。

 しかし、それを良く思っていないのか、ナインスは「ちっ……」と舌打ちをする。薄々思っていたが、もしかして二人は仲が悪かったりするのだろうか?


「あ、そ、そういえば私たちって宇宙でも呼吸が出来るのね」


 険悪な雰囲気に耐えきれなくなった私は話題を変えた。


「私たちは兵器ですよ。宇宙戦に対応しています」


「グローマーズのお陰……変身している時は呼吸ができる」


「ふーん……って初耳よ。咄嗟に変身してなかったら死んでいたわ」


 原理は分からないが、まあ体内にあるグローマーズのお陰らしい。

 火星で取れる特殊なエネルギーがグローマーズだと図書館で知ったが、いくら何でも便利が過ぎる。ガスや電気に代用できるだけでなく、こうして体内に宿すことで宇宙空間でも生きていられるなんて……大きな力にはそれなりの代償が伴うものだ。

 しかし、二人に聞いてみても、知らないのか首を傾げるだけ。人道に欠けたフリューゲルが私たちを作ったのだ。何かしらのデメリットがあっても不思議ではない。

 この前、エインスをたぶらかしていたオーダー兵に尋問すればよかったと後悔してしまう。


「お姉ちゃん」


「何かしら?」


 考え込んでいるとナインスがもじもじとしている。その手にはホットケーキが刺さったフォークが握られていて――


「あーん……」


「ファッ!? あ、あーん……」


 汚い声を上げてしまったが、まさかナインスからあーんをされる日が来るとは……これほどまでに生きていて良かったと思った事はない。

 この世の神、否美少女に感謝をして、私はあーんを受け入れ――なかった。いや、正確には出来なかった。


「んぐっ……私のと変わりませんね」


 何故なら、隣に居たエインスに盗られたからだ。

 エインスは淡々とした様子で感想を述べているが、味が変わらないのは同じホットケーキを頼んだからだろう。

 ナインスは珍しく目を丸くして吃驚している。そして、次の瞬間にはグローマーズを解放してマギアソードをエインスの喉元に突きつけた。


「元同僚だからって調子に乗らないで」


「調子に乗ってないです」


「敵前逃亡した癖に……」


「ちょっ! こんなところで! 不味いわよ!」


 騒ぎを起こすのは不味い。私たちは闖入者なのだ。

 聡明な二人なので、それくらい重々承知している筈なのに……それほど頭に血が上っているのだろう。変身している以上、魔力は放出しており、もしかしたらオーダー軍か月軍のレーダーに掛かってしまうかもしれない。

 兎に角、止めようと思ったが、他のお客さんから注目されている今、武力で解決する訳にはいかない。

 機転を利かせるのだ。この場を丸く収めるために、私が演技をすればいい。


「も、もう! 私を巡って争うのは止めて! 私は二人とも大好きだから!」


 その一心で叫んだ。

 辺りに訪れるのは静寂。重々しく、店員さんやお客さんは手を止めて、ただこちらを見つめている。

 あまりの居心地の悪さに頭の中が真っ白になった。もはや自分が何を発言したのか正確に憶えていない。

 そんな時、最初に動いたのはナインスだった。

 彼女は照れているのか、顔を真っ赤にするとそのまま何処かへ飛んでいってしまい、一方でエインスは――


「何を言ってるんですか? 変態は嫌いです」


 そう言って鼻を鳴らし、何事もなかったかのようにホットケーキを再び食べ始める。

 ああ、これでは私がフラれたようではないか……周りの人たちがヒソヒソと笑っているのは幻聴だと思いたい。


「解せぬ……」


 最近、私の口癖が解せぬになっているのは気のせいだろうか……

 しかし、無駄ではなかった。ナインスがグローマーズを解放していたが、それよりも私の失恋現場のインパクトが強かったようで他のお客さんは大して気にしていないように見える。偶に目が合ったら憐みの眼差しを向けられるのは釈然としない。


「エインスはもうちょっと私に優しくしてくれてもいいのよ?」


「変態には厳しく接します」


「どうしてあーんを邪魔したの? 折角のナインスからの愛だったのに……」


「それは……な、何となくです……」


「ふーん……」


 エインスの目は泳いでいる。もはや嘘を吐いていると言っているようなものだ。


「ちょっとあんたたち」


「えっと……」


 不意に、嫣然たる態度で話し掛けて来たのは知らない女性。それも、上から見てぼんっきゅっぼんな如何にも大人らしい妖艶さに、私は辟易としてしまった。


「貴女ッ!」


「へっ? 知り合いなの?」


 顔を顰めたエインスに、状況を理解できない私はエインスと謎の女性を交互に見る。


「彼女は私と同じ研究所に居ました……」


「そう、私の名前はテンスさ。魔力反応があってビックリしていたらあんたたちを見つけてね。同郷のよしみさ。忠告してあげようと思って」


 ニコリと笑みを浮かべて、テンスは口元を私の耳に近づけた。

 まさか、耳をペロペロしてくれるのか? と期待から胸を熱くしていたのだが……


「死にたくなかったら此処から離れな」


 初対面でそんなことをしてくれる訳もなく、殺意の籠った脅しを受けた。

 あまりのショックに気を失いかけていると、テンスはまたニコニコと笑みを浮かべて店から出て行ってしまった。


「不味いです。此処に彼女が居るということは……」


「エインス……」


「不安なのは分かります。兎に角、此処を離れましょう」


「耳をペロペロしてくれないかしら?」


「……はぁ?」


 エインスの冷めた目つき。まるで汚物を見るかのような、背筋がゾクゾクとして、それはそれでまた心地よい。

 ああ、このまま襲ってもいいだろうか? テンスと言われる女性の脅しに耐えたご褒美として、少しくらいならいいんじゃないか?

 よしそれじゃあ早速エインスの身体を堪能して、いたたたっ! やっぱり紳士モードというものは害悪だ。どうにかして臓器のように摘出できないだろうか? いや、やっぱり手術は嫌だな……兎に角無心無心……

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