エインス逃亡

 ナインスからエインスの情報を聞き、フリースの正体がエインスだと知った私は彼女を守るためにこっそりと家へ忍び込んだのだが……まあ普通に見つかってしまった。


 ち、違うのだ! 天井に張り付いていたのは彼女の可愛い、天使のような寝顔を拝むためだ。誰だって綺麗な物は見て楽しむだろう? 絵画だって花だってそうだ。私は決して邪悪な心で涎を垂らしていた訳ではない。その証拠に紳士モードだって発動していない!


「はっ! 意識が遠のいていたわ」


 いつまでも現実逃避をしている場合ではない。

 私の目の前にあるのは紛れもない宝物。まるで大海賊が隠した財宝のように輝いているのはフリースのパンツだ。それも大分使い古しているようが……


「いや、しかし……! でも……!」


 私の中の悪魔が囁く。

 どうせバレないから盗んじゃえ! 後で色々と楽しめばイイよ、と……


 それとは裏腹に天使は言う。

 それはいけません。人の物、それも下着を盗むなんて変態で最低な行為だ、と……


 心の葛藤の末、私は結論を出した。


「誰も見てないならいいんじゃ……そうだわ。ここで楽しんでから後でエインスに返せばいいのよ」


 今まで無垢な美少女を演じてきたが、今は誰も見ていない。つまり、此処で下着を楽しんでから、後でエインスに「下着、落ちていたわよ」と何食わぬ顔で返せばいいのだ。


 そうと決まれば早速実行する。

 どうやって下着を楽しめばいいのか? 匂いを嗅ぐ? それとも履いて関節キス? いや、この場合の最適解は――


「やっぱりパンツは被ってなんぼよね!」


「いたぞー!」


 結論を出してパンツを被った瞬間、至福の時を邪魔するかの如く、オーダー軍が突入してくる。もう此処にはエインスはいないのに……元より私が目的か?


「大人しくしろ! お前がフォースだということは分かっている」


 ふむ、やはり正体はバレているらしい。

 しかし、私のテンションは最高潮だ。これもエインスのパンツのお陰であり、もう何も怖くない。


「ふふふ、私はフォースとかいうダサい名前ではない……イチゴ仮面よ!」


「このっ! 変態が! 撃て!」


「見られてしまったからには生かしておけないわね! 美少女たちの為に研究していた技を見せてあげる!」


 格好をつけて指パッチンをし、インビジブルモードへ移行する。

 私の姿を見失ってきょろきょろと焦っている兵士たちの背後に回り込んで叫んだ。


「秘技ッ! 月の乱舞!」


 マギアソードで兵士たちの装備だけを切り刻む。細心の注意を払い、肌に触れない程度に服ごと、刃を振り下ろしていき、その姿は月へと誘われた蝶の乱舞だろう。

 やがて、何をされたかも理解できない兵士たちは互いに顔を見合わせ、漸く身に起こったことに気づいた。


「お、俺の装備がっ! どうして!」


「って全員裸になっているぞ! くそっ!」


 月の乱舞とは、私が美少女の裸体を見るために数日修業して開発した技。マギアソードとインビジブルモードのコンボで、さっくり服を切り落とす単純な技だが、その難易度は計り知れない。

 少しでも手元が狂えば美少女の柔軟な肌が傷つく可能性があり、恐らく私のような化け物でしか扱えない必殺技。

 それでも失敗する可能性はあったため、こうしてオーダー兵士で試した甲斐があった。全裸乱舞は無事に完成した。


「あはははははははっ! ざまあみなさい!」


 これから美少女の裸を見られると思えば胸が熱くなり、私は愉悦から叫んだ。

 そして、エインスの後を追う。

 兵士たちは放置しても大丈夫だろう。装備だけでなく服、下着までも私が切り刻んだので撤退せざるを得ない筈だ。





 で、だ。

 こうしてエインスを助けたのは良いが、胸が、張り裂けそうだ。

 原因は分かっている。つい、私がパンツを被ってエインスの前に現れたからだろう。それもその下着は彼女自身の物。

 明らかに紳士的ではなく、エインスの瞳は軽蔑に満ちている。折角、助けてあげたのに好感度がだだ下がりだ。


「こ、これは違うのよ! ちょっと手が滑っただけで!」


「手が滑ったとして、どうして私の下着を被って? というかノリノリでしたよね? ね?」


「うぐっ……」


 否定できない私は項垂れて、その拍子に被っていたパンツは墜落する。

 すると今まで私を苦しめていた痛みはスッと消えてしまう。紳士モードめ……


「えっと……それじゃあ急いでいるので失礼します……」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 私が四号機であることを知って尚、避けようとするとは良い度胸だ。

 それほど嫌われているという事だろうか? 

 兎に角、私はエインスと友達になりたい一心でじりじりと近づくが、距離を縮めるに連れて彼女も後退ってしまう。

 やがて口を開いたのは彼女だった。


「助けてくれたのは感謝します。だけど変態と関わるつもりはありません」


「わ、わわ、私は変態じゃないわよ。ただ、貴女と友達になりたくて!」


「それにしては下心が丸見えです。いくら同じ研究所出身で、貴方が四号機だとしても近づきたくないです。さようなら」


「ま、待ちなさい! あ、ほら! 落とし物よ!」


 苦肉の策として、当初の予定通り落ちていた下着を差し出すが、彼女の足は止まらない。いや、それどころか早くなっている。


 これでいいのか?

 目の前に美少女がいるのに、何もしなくていいのか?

 諦めてナインスに泣きつくのか?


 否、違う。私には全世界の美少女を守るという野望があり、それは私の矜持でもある。こんな場所で挫けている場合ではないのだ。


「私たちは……家族よ……」


「……は?」


 私の呟きが意外だったのか、エインスは足を止めて首を傾げた。


「私には記憶がない。だから貴方たちが研究所でどんなに酷い目に遭ったのかは分からない……だけど同じ研究所出身だったのは確か」


「何が言いたいの?」


「貴方は八号機で私は四号機。私は貴方の姉よ」


「ッ! 変態の姉なんていらないです!」


 凄みを利かせ、身体を震わせたエインスは手にマギアソードを生やす。

 知らずのうちに彼女の琴線に触れてしまったらしいが、今更引くわけにもいかず、こちらもその想いに応えるかの如くマギアソードを出力する。


「汗だくじゃない。このまま決闘でもするのかしら?」


「はぁはぁ……ええ、そうしましょう。私が負けたら友達でも家族でもなんでもなってあげます」


「ん? 今なんて?」


「だからなんでも――「なんでもしてくれるの!?」……飽くまで常識の範囲内です」


 ふむふむ、それならぎりぎり規制が入らないところまでならいけるか……? いや、でもまた紳士モードに邪魔される可能性が……っ!


「……いきなり攻撃するのは卑怯じゃないかしら?」


「戦争はよーいドンでは始まりませんよ?」


 何とか回避できたが、思考を巡らせている時にバルカンで不意打ちは卑怯だろう。後少し反応が遅れたら蜂の巣になっていたかもしれない。

 それにしてもニヤリと笑ったエインスは子供っぽくて可愛らしい。思わず見惚れていると、彼女に手に松ぼっくりのような形をした鉄塊を取り出した。


「私、怖いんです。戦いが、死ぬのが……だからいつも逃げてきた……卑怯は常套手段です!」


「なっ……くぅ閃光弾ね!」


 強烈な爆発音。不覚にも諸に喰らってしまい、視界いっぱいに光芒が広がって埋め尽くされる。

 そんな中、不意に背筋が凍るような邪気を感じた私は上体を逸らした。そのまま後ろへと跳び、流れるかのように身体を翻す。


「嘘っ! 目は見えていない筈なのに!」


「私は生きる。まだ夢への一歩を踏み出したばかりなのよ!」


 視界が見えないとしても、エインスの機動力が格上だとしても、私はこの勝負に負ける訳にはいかない。

 両目は使えないが、それでも嗅覚や触覚は生きている。それらをフルに使ってエインスの位置、ほんの少しの挙動でさえ読み取って、私は攻撃へと転じた。


「まさか見えているんですか?!?」


「ええ……貴方が私の妹になる未来が見えているわ」


 もはやエインスの動きは見切った。

 先ほどの逃げ続けている発言は本当のようで、戦闘に関しては素人だ。まだナインスやオーダー兵士の方が様式美を分かっている。今の彼女は行き場のない怒りを、私へぶつけているだけなのだろう。

 魔力出力はナインスと同等程度で、それは全て機動力に振り当てられているようだが、技量が無ければ宝の持ち腐れだ。


「どうして! どうして当たらないの!?」


「これでトドメよ!」


 私はマギアソードを大きく振り上げて、エインスではなく、起き上がろうとしている“フリューゲル兵士”へ向けた。


「月の乱舞ッ!」


「ぐわわあああああああ……って俺の服がああああああああああ!」


 全裸になったフリューゲル兵士は余程ショックだったのか、涙を流しながら街中へと逃走していく。いい気味だ。これもエインスをたぶらかした天罰である。

 しかし、漸く、視界が回復してきた私は落胆した。

 本当は、纏めてエインスも裸にするつもりだったのだが、紳士モード先輩の妨害で阻害されてしまったのだ。くそっ! 血も涙もない!

 不貞腐れて頬を膨らませていると、エインスが変身を解いた。それに応えて私は武装解除する。


「貴女からは逃げられそうにありません。私の負けです。煮るなり焼くなり好きにしてください……」


「ワッツ!? いいの!? やったわ!?」


 敗北感を味わっているエインスと違って、テンションマックスな私は彼女を路地裏の奥へと、奥へ、絶対に人が来ない場所まで誘導する。


「あの……どうしてこんなところに?」


「んー? 追手がまた来るかもしれないでしょ?」


「質問を変えます。ここで何をするつもりですか?」


「それはねー……」


「ひゃっ!」


 彼女の肩に手を当てて、揉むようにじっくりと解す。


「マッサージに決まっているじゃない。大丈夫。脳内トレーニングをちゃんとしてきたから自信はあるわ」


「マ、マッサージを、さ、される資格なん――んあっ! や、やめっ!」


 先ず肩だ。肩凝りという言葉あるように代表的なその部位を重点的に解し、徐々に手を落としていく。背中から腰にかけての緩やかな曲線を楽しみ、性感帯を探るように弄り回す。

 するとどうだ。エインスは人に見せられないような、蕩けた表情で顔を朱色に染めている。

 いいぞ。私も興奮してき――いや、落ち着け。私は最近、とある事実に気がついた。


 紳士モードは”美少女”を前にした時、”官能的”な気分によって左右されるということだ。

 つまり、何が言いたいのかと言えば、性的興奮を我慢して、平常心さえを保てればいくらでも美少女にエッチなことを強要できてしまう欠陥品だったのだ。


「ひゃんっ……あっ……」


「気持ちいいでしょう?」


 飽くまで普通のマッサージをしている。そう、私はただの整体師。

 紳士モード、ここで破れたり。

 興奮しないように、ほぼ無心で手だけを動かしていると、エインスの胸から何かが落ちた。


「これって……」


 ピンが抜けた閃光弾だと分かった時には、私は視界を失っていた。

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